04.06.初めてへの拘り

 「ふ、二人きりなんて初めてだな、そら


 「震えてるけど大丈夫?」


 「あ、ああ。何か緊張するな、こういうの」


 琴乃ことのとの時間が終わり、今はこうしてベッドで絵梨菜えりなと向かい合っているそら

 そらはいつもと変わった様子はないが、絵梨菜えりなの方は両腕を抱え、そらと目が合うと直ぐにそらしてしまう。


    なんだ、この初々しさは……


 「や、やっぱ柄じゃねえな、こういうのは……。あーーー、もう全部脱い――」


 大声で騒ぎ始めた絵梨菜えりなの唇をそらが塞ぐ。


 「ん〜〜〜」


 そらの腕の中にすっぽりと収まる絵梨菜えりな。先程までの不安そうな様子は姿を消し、安心した表情でそらのことを見つめている。


 そらが初めて絵梨菜えりなを意識したのは中学の入学式の朝。別々の小学校に通っていたため会うのはこの日が初めて。つまりは初めて会ったその時から心を惹かれていたということだ。

 昇降口で見かけた時、心臓を撃ち抜かれた感覚を覚えた。サラサラの黒髪、平坦な顔立ち、切れ長の目に薄い唇。彼女の周りだけ空気が澄み切っているようにさえ思えた。

 式の間もずっと絵梨菜えりなの後ろ姿を見ていた。出席番号は名前順。絵梨菜えりな新井あらいそら神月こうづき、生徒数も少ないため割と近くにいた。しかも、式の間は男女別々に並ぶ為、斜め前に彼女が居たのだ。

 教室へと移動してからもそうだった。絵梨菜えりなは右側の一番前の席。そらは右から2列めの四番目。だからずっと見てた。翌日も、翌々日も、授業が始まってもずっと見ていた。だが情けないことに、在学中、絵梨菜えりなとは一言も言葉を交わしたことがなかった。

 当時の絵梨菜えりなは大人しい性格だったこともあるのだが、切欠もないまま一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、三ヶ月目にはそらは “静江しずえちゃん” や “しーちゃん” などと呼ばれるようになってしまっていた。顔も知らない相手と付き合っているという噂が流れたのだ。


 「あの件がなければ僕は絵梨菜えりなとどうにかなってたのかな」


 「あの件? ああ、しーちゃんの事か。そうだな、しーちゃんさえいなきゃもっと早くこうなってたのにな。初めての相手はそらだったんだろうし、今頃子供の三、四人は産んでたんじゃないのかな。両想いだったんだからなあたいたち」


    流石に三、四人は多すぎるけど……

    絵梨菜えりなも入学式のときから僕の事が気になってたんだよね

    だったらそういう可能性だってあったかもしれない……


 何かの切欠があれば人見知りのそらと大人しい性格の絵梨菜えりなにもそんな可能性もあったのかもしれない。


 「でもわりい、結局そらにはやれなかったな……」


 だが、二人がこうして抱き合っているのは、別々の高校へと進学して絵梨菜えりなの性格が変貌した事が大きく影響している。他の選択をしていたら今こうしていなかったかもしれないのだ。だから、それもめぐり逢う為の代償に過ぎない。


 「そんなつもりで言ったわけじゃないから。ただ絵梨菜えりなに出会った頃の事を考えてただけだよ」


 そらもそこに拘るつもりはない。ただ、起こりもしなかっただろう別の可能性を考えていただけだ。


 「そらはあの頃のあたいの方が好みなんだろ?」


    あの頃の絵梨菜えりな……

    清楚で可憐な絵梨菜えりな……

    でも本当にそうだったんだろうか


 「僕は当時の絵梨菜えりなの事を何も知らないから。話したことも無かったんだからね。憧れてたのは勝手に思い描いた理想の絵梨菜えりなだったんだと思う」


 「ごめんな、理想をぶっ壊しちまって。色々あったんだよ、高校で」


 「僕は今の絵梨菜えりなしか知らないし、今の絵梨菜えりなが大好きだよ」


 絵梨菜えりなの目を見つめながらそらは続ける。


 「見た目はあの頃の雰囲気を取り戻してくれてるからそれだけで僕は満足かな。性格とのギャップも絵梨菜えりなの魅力の――」


 「ああ、もう照れくさいんだよ。さっさと始めるぞ!」


 そらの腕の中から抜け出すと、仁王立ちになって豪快に着ていたものを脱ぎ去る絵梨菜えりな


 「絵梨菜えりな、今結構いい感じだったと思うんだけど台無しじゃん……」


 あくまでそらの評価基準においてはなのだが。ただ、折角二人きりなのにいきなり事を始めるというのは違う気がしていたのだ。


 「いいんだよ、そんなの。ほら、そらもさっさと脱いでくれよ」


 だが、絵梨菜えりなの方はそんな状況が照れくさいようで、強引にそらを脱がすとベッドに押し倒したのだった。



    ◆◆◆◆◆ ❤❤♂♀=3❤❤ ◆◆◆◆◆



 「な? 始めちまえば関係なかっただろ」


 そらの腕の中、余韻に浸りながら色っぽく囁く絵梨菜えりな


 「そうだけどさ……」


 「そういうことだ。それより……、真耶まやから聞いたんだけど、見つけたんだって? 四人目。斎藤さいとうさんまであと一人だな」


 「誤解だって言ったのにな……」


 「違うのか? でもヤっちまったんだろ? 相手は納得してるのか、それで」


 「何もしてないって。何かあったとしても彼女が勝手にした事だし」


 「ヤられたのか……」


 「違う……、と思う。けど、目が覚めた時には何もしてなかったから」


 「そうか……。でも羨ましいよな。16で好きな男見つけて、しかもそれがそらなんだもんな。あたいもあの頃に戻れたら……。なあ、やっぱヴァージンなのか、その女の子」


 「知らないよ。そんなこと訊けるわけないだろ」


 「それもそうだな」


 「そもそも、気にしてないから、初めてかどうかなんて」


 「本当かよ。斎藤さいとうさんには未練ありそうだし、真耶まやの事も特別扱いしてるだろ? 初めてだっんだってな、そらが……」


 そらに薄い胸板に顔を擦り付けながら回した腕に力を込める。


 「あれは……、たまたま同業者だったってだけだし、スーパーに行くのだって琴乃ことのが一緒に行きたがらないからで」


 「まあ、スーパーに関してはあたいも接客する側だからな、仕方ないけど……、でも何か真耶まやだけ贔屓されてる気がするんだよ。やっぱ初めてだからじゃないのか?」


 「だったら、朝起きて最初にキスするのは?」


 「あたい……だな」


 「僕が起きる前に何かしてない?」


 「それは……、ちょっとだけだ。あんなになってるんだから仕方ないだろ……」


 「ほらね? その後も一緒にキッチににいるしさ、ほら、お尻に……。絵梨菜えりなだけだよ、そんな事してるの」


 「確かにそうだけど……」


 「それに絵梨菜えりなは初恋の相手なんだ。僕にとっては特別な存在だよ」


 「……そうか。そうだな。そらが人生で初めて好きになった女なんだよな、あたい……」


 「お互いね」


 「そうだな。よしっ、もう1回しようぜ! 今度はこんなの使わねえ。あたいがそらの最初の赤ちゃん産んでやるっ!」


 「いいねっ、それ。絵梨菜えりなが僕の子供を産んでくれるのか♪ どんな子なのかな♪ 楽しみだね!」


 「……いいのかよ、そら


 「勿論! そういうことなら急がないと。二人が帰ってくる前に」


 「え……、いいのかよ、ムードとかはよ……」


 やはりゆいを妊娠させようとしていた時の影響が残っているようだ。子供を産んでくれる、それだけで興奮してしまうそら


 「待てって、そら……、そんな、いきなり……、きゃあ……」



    ◆◆◆◆◆ ❤❤ε=♂♀❤❤ ◆◆◆◆◆



 「良かったんだな、ほんとに……。妊娠しちまうかもしんねえぞ」


 少しだけ申し訳無さそうに、いや、不安げに呟く絵梨菜えりな。勢いでしてしまったものの、実際に妊娠するかもしれないと思うと不安に思えてくるのだ。


 「ああ、絵梨菜えりなは一生手放さない。そっちこそ、覚悟はできてるの?」


 そんな不安を払拭しようと、そら絵梨菜えりなを抱きしめる。


 「当たり前だろ。あたいもそらから離れてやんねえからな。可愛い赤ちゃん期待しとけよ」

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