04.04.第六条

 「で、どんな娘だったのですか?」


 来夢らむと仕事の詳細を詰めたそら真耶まやと共に家に帰る途中だった。真耶まやそらの左腕を掴み、体を押し付けている。


 「プラチナブロンドで目が青くて――」


 「へ、へえー、黒髪が好きというわけではないのですね」


 「まさかと思うけど、髪、黒くなったのって……」


 「……そうですよ。絵梨菜えりなが黒く染めたら嬉しそうに見てたじゃないですか。だから私も……。私の髪って茶色いんですよ。高校には地毛証明書も出してたんですから」


 そら来夢らむの所に行ったきりになっている間に染めてきたのだ。そらが黒髪が好きなのなら自分もと、自分も絵梨菜えりなの様に見てもらいたいと、そんな思いで染めてしまったのだった。

 ちなみに、地毛証明書とは生まれついての髪質である事を保護者に保障させるもので、流石に無理やり黒く染めさせたりストレートにさせたりということはなかったものの、真耶まやの通っていた高校では茶色の髪や癖毛の生徒全員に提出が求められていた。


 「絵梨菜えりなは中学の時の印象が強くてね。別に黒が好きってわけじゃないんだけどさ、懐かしくてつい……」


 「染めなきゃよかったです……」


 「無理に染めたりしなくても自然なままがいいんじゃないかな。似合ってたし」


 「もう、早く言ってくださいよ」


 「ごめん……」


 「それはそうと、四人目にするつもりなんですか? その女の子」


 「まさか。まだ高校生みたいだしさ」


 「高校生?」


 「16歳って言ってたかな」


 「ありえないです、そんなの!」


 「う、うん。勿論だよ。別に何もしてないしさ」


 「井川いかわさんの言い方が気になります。本当に何もなかったのですか?」


    何もなかったとは言い切れないかも……

    あんな所に座ってたわけだし……

    あんな状態だたんだし……

    でも……


 「僕は何もしてないよ」


 「僕はって、向こうから何かされたみたいじゃないですか」


 「目が覚めてからはそれもない」


 「覚める前は?」


 「わかると思う?」


    あんな夢見たのって何かされてたからなのかな……


 「確かにそうですけど……、また増えてしまうのでしょうか」


 「だからそんなつもりは無いんだって。酔っ払って寝てただけ。仮にだよ、仮に何か起きてたとしても僕の意思じゃないから」


 「そんな事言ってますけど、そもそもそらから女の子に声掛けたことありましたか?」


 「……ないですね」


    ゆいさんも……

    琴乃ことのも……

    真耶まやも……

    絵梨菜えりなも……


 「なのにこうして三人もお嫁さんがいるのですよ? 自分で言うのも何ですが迫られたら断れないんです、そらは」


 「そんなことは……」


    ないとは言い切れない


 「だから心配なんです。また押しかけてきてしまうのではないかと」


 「真耶まや……」


 真耶まやは二人で居る時の方が幸せそうな顔をする。それはそらもわかっていた。他の二人とは二人きりになることは殆どないが、真耶まやとは大学でも一緒に居るしスーパーへの買い物も二人で行く。その時の真耶まやは本当に幸せそうだ。だが、今は悲しげな、不安げな顔をしている。


 「このまま、ホテル……行きませんか。汗臭いですよ、そら。私が洗ってあげます」


 「風呂なら家に帰ってから――」


 「家には琴乃ことのさんと絵梨菜えりながいますから……」


    逆の立場だったら嫌なんだろうな……

    真耶まやに別の彼氏がいたりしたら……

    そいつらと一緒に真耶まやを抱けるのか?

    ……無理だろうな

    二人きりでしたいよな、そういうことは


 「そうだね。行こうか、ホテル。二人きりで」


 「いいんですか?」


 「そういうのも大切だよね」


 「はい!」


 腕を掴む真耶まやの力が強くなった。けれど、痛いわけではなく、寧ろ優しい温もりだった。頬を赤らめて幸せそうな表情を浮かべる真耶まやとホテルに向かうそら。二人きりで愛し合う為に。


 「そら、大好き……。ううん、愛してます」


 「真耶まや……、僕も真耶まやの事が……」



    ◆◆◆◆◆ ❤❤♂♀❤❤ ◆◆◆◆◆



 少し寄り道したものの、二人一緒に家へと帰り着く。


 「連絡もしないで何処行ってたんだよ(怒)」


 待っていたのは鬼の形相の絵梨菜えりなだ。料理の途中だったのか、右手には包丁が握られている。


 「ごめん、依頼元に一晩中連れ回されてそのまま仕事の打ち合わせしてた。連絡は……電池切れてた」


 「で、何で真耶まやと一緒なんだ? 真耶まやも仕事だって出掛けてったよな。まさか二人きりで……」


 「た、偶々だよ、次の仕事、規模が大きいからデザイナーと一緒にやることになったんだけど、そのデザイナーってのが偶々真耶まやだったってだけで……」


 「そ、そうですよ。近々契約書も送られてきますから見せてあげます」


 「怪しいな」


 そらに近づき、鼻をクンクンさせる絵梨菜えりな


 「やっぱり! 一晩中連れ回されてた奴から石鹸の匂いなんてするわけないだろ!」


 「真耶まや、どういうこと」


 琴乃ことの真耶まやを凝視する。それはもう、石化してしまうのではないかという鋭い眼光だ。


 「これはその……、私が洗ってあげました。汗臭かったものですから……」


 「二人でイチャコラしてきた」


 「……はい」


 「ずるいぞ、真耶まやっ」


 「うぅ……ごめんなさい」


 「ごめん、僕が誘ったんだ。たまには二人きりってのもいいかなって……。だから真耶まやは悪くないんだ。僕の要望に答えてくれただけなんだから」


 「なるほど……。絵梨菜えりな真耶まやと出かけて」


 「はあ? 何でだよ」


 「神月こうづき家の家訓改定。第六条、時々嫁とサシでエッチすること。最低でも週に二時間は必要。附則、家訓の改定には過半数の嫁の賛同が必要。賛同を求める」


 「そういうことなら納得だ。二時間後はあたいの番って事でいいんだな」


 「当然。これで全会一致」


 既に二人きりで過ごしてしまった真耶まやには発言権が認められないようだ。

 こうして、神月こうづき家の家訓に新たな条文が付け加えられてしまった。


 「僕の賛同とか必要ないんだ……」


 「必要ない」


    必要ないんだ……

    今追加されたのは嫌な条件でもないからいいんだけど、

    この先どんな改定されるのか不安なんだけど……


 「よし、出かけるぞ、真耶まや


 「えっ、ちょっと絵梨菜えりな……」


 そらの心配などお構いなしに真耶まやの手を掴んで家を出ていく絵梨菜えりな


 鋭い眼光のままの琴乃ことのそらだけが残されたのだが、とてもそんな事を始められるような雰囲気ではない。


 「あの……、琴乃ことの?」


 「脱いで」


 「……はい」


 何が待っているのかわからないが、脱げと言われれば脱ぐしかないのだ。

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