04.03.鉢合せ

 「さて、仕事の話をしようじゃないか」


 そらから あずさを引き離したところで来夢らむがそう切り出した。そもそもその話をすると言ってそらを連れ回したのである。

 なんでも、サービス開始日は決まってるのに仕様が固まっていないのだとか。しかも、依頼元は自分たちが作りたいサービスのイメージすらできないらしい。そこで、先ずはプロトタイプを作り、そこに肉付けしてく感じで進めたいということなのだが、そらが渡されたのは1枚の紙っぺら。それもほとんど真っ白でサービス名程度しか書かれていない何の役にも立ちそうにない代物だった。


 「まさか、これだけですか?」


 「そうだな。依頼元からはこれしか出てきてないんだ」


 「……他あたってもらえますか」


 あまりにも酷すぎる。サービス名だけでシステムを開発しろと言われているようなものだ。こんな案件を受けてしまえばろくなことにならないのは目に見えている。


 「そこを何とか頼めないか? 報酬もはずむっ。そうだな、月200でどうだ?」


 「SES、月40時間でいいなら受けます」


 SESとは、System Engineering Service の略であり、特定の業務に対して技術者の労働を提供する形態の契約となる。労働時間を提供するだけなので、成果物に対する責任を問われることはない。

 普段そらは請負契約で案件を受注している。これは労働時間ではなく成果物の完成をもって対価を得るもので、短期間で完成させれば時間的拘束を受けることなく効率的に稼ぐ事がができる。

 だが、今回そらが紹介されているようなサービス名しか決まっていないような案件は、受注段階で規模が見積もれないため成果物を約束するのは難しいのだ。間違って受けでもしたら完成までずるずると付き合わされ、ただ働きさせられる可能性すらある。故にSESなのだ。


 「神月こうづきくんの1時間はうちの社員の20時間分だからな、それなら全く問題ない」


 「20時間分は言い過ぎですけど、こんな条件でもいいなら受けてもいいですよ」


 「決まりだな。ただ、条件が1つあってだな、デザイナーと連携して進めてほしいんだが」


 「まあ、そうでしょうね。僕だけで作ったらイメージ湧かないでしょうから。ってことは井川いかわさんの会社で一緒に作業する感じですかね」


 残念ながらそらにはデザインセンスがないのだ。したがって、そら一人で受けた場合クライアントの制作意欲を削ぐ結果になってしまうことは間違いない。来夢らむが提示した条件は妥当であり、そらもそれは理解していた。


 「そうなな。だが喜べ、すごい美人だぞ」


 「間に合ってますから」


 「神月こうづきくん、彼女いるのか……。昨日は悪いことしたな」


 「嘘……、彼女いるのに私にあんな事……」


 深夜に突然酔っ払いに押しかけられ、早朝から意味不明な言葉が飛び交う中、この部屋の主でありながらぽつんと取り残されていた少女が割り込んでくる。


 「何かしたみたいな言い方やめてね。仮に何かしてたとしても君が勝手にしたことなんだから」


 「酷いよ、そんなの……」


 顔を押さえ、肩を揺らして泣いているのか。いや……


 「あーずーざー、嘘泣きだってのはわかってるからな。少し黙ってて貰えるか?」


 「なによ、ここ、私の家なんですけど?」


 「登記上の所有者は私なんだが?」


 「ちぇっ……」


 ふてくされて部屋の隅で体育座りしてしまうあずさ。家主というのに可哀想なことだ。


 「神月こうづきくんも彼女がいるならあずさには手を出すんじゃないぞ。私なら構わないが」


 「どっちも出しませんから」


 「そうか……。まあいい、今日ちょうどデザイナーの彼女と会う約束があるから神月こうづきくんも一緒にどうだ、顔合わせってことで」


 「構いませんけど……」


    その前に三人に連絡しとかないとな

    昨日は連絡もしないで外泊しちゃったし

    心配……というより、怒ってるだろうな、きっと

    でも第四条には抵触してないからね


 「電池切れか……」


 「私のを貸そうか? 生憎ケーブルは持ってないんだ。あずさのもiPhoneみたいだしな」


 「連絡先覚えてないので一旦家に帰ってから出直すことにします」


 「あー、時間が無いんだ。10時の約束だからそろそろ出ないと間に合わない」


    酔っ払って遅くまで寝てたみたいだから仕方ないか……

    顔合わせだけならそんなに時間もかからないかな


 「わかりました。顔合わせだけしてすぐに帰りますね」


 「それで問題ない」



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 やって来たのは来夢らむの会社近くのファミレス。約束の時間の10分前の事だった。

 そらはW目玉焼きWソーセージの朝定食、来夢らむは焼鮭の朝定食を食べながらデザイナーの到着を待つことにしたのだが、15分過ぎても待ち人は現れなかった。


 「そら?」


 デザイナーは現れなかったが、代わりに見知った美人がそらの名を呼んでいる。


    何でこんな所に……

    GPS? 電池切れてるしな

    あれ? 髪の毛、黒くない?


 「帰ってこないと思ったら、こんな所で女の人と一緒だったんですね……」


 「いや、これは仕事で……」


 「朝比奈あさひなちゃーん、遅刻だぞ。どうしたんだ、その髪。明るいほうが似合ってたと思うんだが」


 「えっ、井川いかわさん?」


    ってことは、デザーナーって真耶まやだったの?


 「念の為確認なんだが、今の会話から想像するに……、二人は付き合ってるってことでいいのか?」


 「「はい」」


 「しかも同棲してると?」


 「「はい」」


 「だったら話が早い。神月こうづきくんはこの仕事受けてくれるみたいなんだが、朝比奈あさひなちゃんも受けてくれるだろ?」


 「……」


 不満、不服、それに少しばかり怒りを混ぜ込んだ視線を来夢らむに向ける真耶まや


    起こった顔も綺麗だな……


 そんな事を考えている場合ではない。その矛先がそらに向くのは時間の問題だ。


 「何か問題でもあるのか?」


 「昨夜は……そらと一緒だったんですか?」


 「あー、そのことか。私事なのだが旦那に浮気されてしまってな、悔しいから神月こうづきくんを誘ってホテルにでも行こうと思ったん――」


        バン


 「ホテルっ!?」


 テーブルを叩き、身を乗り出して来夢らむに迫る真耶まや


 「落ち着いて最後まで聞かないか。行こうとは思ったんだが頑なに拒否されてしまったよ」


 「じゃあ、何もなかったんですねっ!」


 「そうだな、私とは無かったな」


 「私とは?」


 その一言で矛先がそらに向いてしまった。


    井川いかわさん、余計な事を……

    この案件、コケても知らないからね

    真耶まやも “頑なに拒否した” ってとこで感心してよ

     “私とは” なんて些細なことに気付かなくても……

    魅力的な顔だけど……怖いって、やっぱ


 「何も無かった……と思う」


    自信ないけど……

    あったとしても意識のない間に起きた事なんだし

    僕の所為じゃないというか……


 「誰と?」


 「何もなかったから――」


 「誰と?」


 「井川いかわさんの姪」


 「……」


 無言でそらを見つめる真耶まや


    怖いです……反省してます……


 「ごめんなさい……」


 沈黙に耐えきれず、自覚もないのに謝ってしまうそら


 「はぁ……、井川いかわさん、私、この案件受けます。この案件だけじゃなくて、今後そらに依頼する仕事は私とセットでお願いします」


 「いいだろう。こちらとしてもそうしてもらえると助かる」


 「二度とこんな事が起きないようにずっと側に居ますから」


 「私も朝比奈あさひなちゃんに詫びないといけないな。彼氏を引きずり回して済まなかった」


 「もう二度とそらを唆さないでくださいね。こうみえて貪欲なんですから」


 「貪欲って……」


 結果的に、真耶まやも同じ条件で契約することになった。期間は6ヶ月。完成しなければ更に延長もあり得るとのことだ。

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