04.02.梓ラインフェルト

 「井川いかわさん、着きましたよ。起きてください」


 酒が回ったのかタクシーの中で二人肩を寄せ合って眠ってしまっていた。


 「う〜ん、ここは何処だ?」


 「井川いかわさんが指定した場所じゃないですか。覚えてないんですか?」


 「あー、そうだったな。降りようか」


 タクシーを降りて向かったのは、ごく普通のマンションだった。建物の大きさに対してポストが多い、おそらくはワンルームマンションなのだろう。来夢らむはエントランスに進むと誰かを呼び出す。


    知り合いの家?

    帰りたくないって言ってたし


 『こんな時間に誰? って来夢らむさんじゃないの。どうしたの?』


 「浮気された。帰りたくないから泊めて。ヒック」


 『しょうがないなー。だいぶ酔ってるみたいだけど大丈夫なの?』


 「大丈夫、大丈夫。ヒック」


    大丈夫そうじゃないんだけど……

    僕が肩貸さないと歩けない状態だし


 エレベーターホールへと続くドアが開き、フラフラの来夢らむを支えながら目的の部屋まで来たところでドアが開く。


 「あずさー」


 「えっ、ちょっと」


 そらから離れ、ドアの先に現れた少女に抱きつく来夢らむ

 身内というわけでは無いのだろうか、来夢らむとは似ていないが美少女であることは間違いない。腰まで伸ばした髪はプラチナブロンド、タンクトップに薄手のショートパンツという姿で現れた少女だ。酔っ払って泣き崩れていく大人にしがみつかれ、困り顔で青い瞳をそらに向けている。


 「ちょっと、アンタ。手伝いないさいよね」


 少女と協力し、来夢らむを部屋の中へと運び込みベッドに寝かす。やはりワンルームマンションのようだ。とにかく、これでそらの役割りは終わり。来夢らむはそのまま眠ってしまったようだし仕事の話も無理だろう。


 「はー。やっと開放された。じゃあ僕は失礼させ――」


 「はぁ?」


 ここに居ても用はない、そう考えたそらは帰ろうとしたのだが、不機嫌そうな表情に変わった美少女に引き止められてしまう。


 「えぇ?」


 「こんな酔っ払いを私に押し付けて帰ろうとしてるわけ? 意味わかんないんだけど」


 「そうは言われてもね。流石に女の子の部屋にってのは……」


 「ばっかじゃないの? そんなフラフラなのに私を襲えるとでも思ってるの?」


    そういえば井川いかわさんに付き合って結構呑んでるんだった

    正直、家に帰り着く自信もない……

    タクシー使えば何とかなるかな……


 「これでも飲んで大人しくしてなさいよね」


 不機嫌そうなのだが、そらも酔っぱらっているのだと気付く水を差し出してくれるのだった。



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 「もう少し我慢よ、そら


 「ゆいさん……、はいっ、頑張ります……。あれ、ゆいさん? ゆいさん……」


 小鳥の鳴き声で目を覚ましたそら

 少女に手渡された水を飲み干し、そのまま眠ってしまっていたのだ。


    夢……


 そらゆいの夢を見ていた。ゆいと体を重ねている夢だ。こういう夢を見る時は夢の中で射精するのと同時に夢精してしまっている事がほとんどなのだが、この日は未遂で済んだようだ。


    よかった……


 既婚とはいえ29歳の美人を枕にし、美少女の部屋で夢精したなどと考えただけでゾッとする。


    暖かくて……

    柔らかくて……


 そう、そら来夢らむを枕にしてしまっていたのだ。仰向けだったのが幸いなのだが、視野の両端には来夢らむの太腿が見えている。両頬にはストッキング越しの温もりを感じている。来夢らむの両足で顔を挟まれるようにして、天井を眺めていたのだ。


 「お、起こしちゃったかな……」


 足元の方から聞こえた声。そらが声のした方へと視線を向けるとプラチナブロンドが朝日を浴びてキラキラと輝いていて、その持ち主である少女がそらを見つめていた。どこか申し訳無さそうに、投げ出されたそらの足の間にちょこんと座っていたのだ。


 「な……、何してるの……」


 「なんか苦しそうだったからさ。救けてあげたのよ、こ、この子を……。べ、別に何もしてないから。しようともしてないんだからねっ。 ……それより、来夢らむさんとはどうい関係なのよ」


 「仕事関係だけど、そういう君は?」


 「来夢らむさんは叔母なのよ。叔母さんって呼ぶと怒るんだけどね。で、ただの仕事関係なの? セフレとかだったりしないわよね?」


 「そんなんじゃないよ。純粋に仕事関係だよ」


 流石に騒がしかったのか、来夢らむも目を覚ましたようだ。


 「んーーー、頭痛ーーーーい……何してるんだ、お前たち……」


 何とも言い難い苦悶の表情が驚愕のそれへと変わる。無理もない、二日酔いの視界に飛び込んできたのは自分の股間を枕代わりにし、姪にを足の間に座らせているそらの姿だったのだから。


 「何もしてないわよ。これからしようとしてただけ。来夢らむさんのセフレじゃないなら、私がもらてもいい?」


 「貰うって、ダメだ、そんなことされたら兄さんに会わせる顔がない」


 「普通に彼氏にするだけよ。セフレにするわけじゃあるまいし……、それに黙ってればいいだけじゃない」


 「とにかく、駄目ったら駄目だ。神月こうづきくんも、相手は未成年なんだぞ? どういうつもりなんだ?」


    井川いかわさんには言われたくない……


 「僕も今起きたところですから。これは彼女が勝手に――」


 「ひどいっ、その気になってたくせに」


 「どんな気なんだか……」


 「う、ううっ……、そんな……」


 両手で顔を覆い、肩を揺らして泣き始める少女。


    泣きたいのはこっちだよ


 「なーんてね。あらためまして、私はAzusa ラインフェルトReinfeldt、16歳。JKは好きでしょ!」


    まあ、否定はしませんけど……


 「どうも、神月こうづき そら、19歳。大学生です」


 「よろしくね!」


 「よろしく……」


 「いいから早く仕舞え」


 そらも二日酔いで頭が回っていなかったのだろう。来夢らむに指摘され、Azusaに救出された状態のままになっていたを漸く仕舞ったのだった。

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