04.+JK

04.01.酔っぱらい

 ある日の夕方、そらは発注元のオフィスを訪れていた。

 元々案件紹介サイトで仕事を探していたのだが、この会社の担当がそらを気に入ったようでサイトを通さず直接発注してくれるようになっていたのだ。直接発注してくれるようになってからもこれまで通りメールやチャットでのやり取りだけで納品まで済ませていたのだが、今日は次の案件の相談もしたいからと呼び出されていたのだ。


 「仕事が早くて品質も文句なし。感謝してるぞ、神月こうづきくんには」


 「ありがとうございます」


 「こうして態々来てもらったのは大きめの案件が立ち上がりそうだからなんだが……」


 そらが話しているのは井川いかわ 来夢らむ。まだ29歳なのに部長だ。部長と言っても100人程度のIT企業で、内30名程が来夢らむの部下である。

 部下がいるというのにそらへの発注は 来夢らむから直接行われていた。開発途中の打合せも、納品時の対応も勿論 来夢らむだ。


 「その話は呑みながらってことで、大丈夫なんだろ? この後」


 「お酒が飲める歳ではないですけど」


 「気にもしてないだろう」


    確かにそうだけど……


 そらが不安そうにオフィスを見渡す。来夢らむの部署と思わしき一帯には誰もいないのだ。途中で合流するとかなら別として、このままだと来夢らむと二人でということになってしまう。


 「ああ、イベントに出展しているからな、みんな出払ってるんだ。オバサンと二人だけだが結婚してるから気にしなくていい。襲ったりはしないから」


 そらが誰もいない部下たちの席を見ていることに気付いた来夢らむが心配はいらないとばかりにそう告げる。


 「オバサンだなんてそんな」


    美人だし……


 「29のオバサンだ? で、どうなんだ? 行くのか? 行かないのか?」


 「ご一緒させていただきます」


    家訓第四条に抵触しないならいいかな


 神月こうづき家家訓第四条、浮気禁止。変な病気をもらってこられても困るという事で、嫁以外との性交渉は禁止されているのだ。


 「宜しい!」


 こうして来夢らむの行きつけの居酒屋に繰り出した二人。2時間程を過ごし、何事もなく帰宅する予定だった。


 「あ゛? もう帰るだと? もう一軒ぐらいいいだろう、付き合ってくれるよな」


 半ば強引に高そうな寿司屋に引っ張っていかれるそら。支払いで諭吉が三枚出ていった事に驚くそらだったが、全部来夢らむ持ちだ。


 「カードだと旦那に見つかりかねないからな。じゃあ次、行くぞ」


 この日は金曜日ということもあり、これで来夢らむが止まることはなかった。


 「でも……」


 「もう一軒。もう一軒だけだ。いいだろ?」


 そらがここまで付き合うのは次の仕事を受注する為だ。だが、一軒目も二軒目もハプニングも無ければ仕事の話しも無し、一方的に話し続ける来夢らむの愚痴を聞いているだけだった。


    旦那さんに浮気されたんじゃ仕方ないか……


 「もう一軒だけですよ」


 「よし、じゃあ行くぞ!」


 これも仕事の為と割り切り、更にもう一軒行くことに。


 「私とはしない癖によ、何で若い女とは寝てるんだよ」


 しかし、結局仕事の話とはならず、来夢らむの愚痴が続く。


 「そうだ、神月こうづきくん、私としてみないか?」


 「ダメですよ。井川いかわさん既婚者じゃないですか。姦通罪とか嫌ですから」


 「いつの時代の人間だ?」


 「じゃあ、淫行条例?」


 「19歳だろ?」


 「準強制性交罪?」


 「心神喪失してるようには見えないし、抵抗しようと思えばできるだろう」


 「じゃあ、強制性交罪」


 「暴行も脅迫もしてないんだが?」


 「とにかく、良くないですよ、そういうの」


    酔ってるくせに頭がまわるんだな……

    面倒臭い事にならないわけないから関わりたくないんだけど……


 「何でだ! 旦那は良くて私はダメなのか?」


 「それは確かにおかしな話しですが……」


 「わかった。やっぱり私がオバサンだからだな」


 「こんな綺麗な人にそんなこと思うわけ無いじゃないですか」


 「綺麗って……、本当か?」


 「本当ですよ」


 「だったら、私の裸、見たいか?」


    目が座ってるんだけど……

    どうしたらいいんだろ……


 「なあ、見たいのか? 見たくないのか?」


 「もちろん見たいですって」


    僕も大分酔がまわってきてるな……

    井川いかわさんの裸は……見たいな、うん

    見るだけなら第四条には抵触しないし


 「よしっ。見せてやろう」


 「え〜、そこは “本気にするな、この童貞野郎” って言うところなんじゃ」


    でも裸なんか見せられたらそのままずるずると……

    琴乃ことのに怒られそうだ


 「童貞なのか?」


 「違いますけど」


 「だろうな。女の子が放っておかないだろうなって事で、私も放ってはおけないのだ」


 などと言いながらそらの下の方を見つめる来夢らむ


 「どこ見てるんですか」


 「この子はしたいって言ってるみたいなんだが? ホテルに連れてって〜って声が聞こえるぞ」


 「言ってませんよ」


 「なに? もっと大きくなるのか♪ 次の大型案件、神月こうづきくんに任せやってもいいんだが……」


 ここで漸く仕事の話が出たのだが、来夢らむの目は一か所に釘付けのままだ。こいつで相手をしろ、そう要求している。


 「脅迫ですよね、それ」


 「何を言う、提案だ」


 「……」


 「では、もっと静な所で詳細を詰めるとしよう」


    どうしよう……

    次の案件は欲しいけど……

    頭がくらくらする……


 「今日は帰りたくないな〜。あんな浮気男の居る家になんて。やだな〜」


 「そっちが本心なんじゃないですか」


 「当たり前だ。浮気されたんだぞ、私は。しかも、私達の寝室で。酷いと思わないか?」


 「酷いとは思いますけど」


 「だったら今夜は付き合ってくれてもいいだろう。ちゃんと仕事の話しもする」


    こんなに酔っ払ってて仕事の話しなんて出来るんだろうか……


 「そうだ、いい所がある。とりあえず、ここを出るぞ」


 「ホテルじゃないですよね?」


 「違う」


 半ば無理やりタクシーに押し込まれ、来夢らむの指定した住所へと向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る