03.13.初出勤

 朝、生理現象と共に目覚めるそら

 それを目覚まし代わりにしている絵梨菜えりなそらよりも少し早く起きていて、そらが起きたことに気付くとそっとベッドを抜け出す。

 続いてそらも二人を起こさないように抜け出して、絵梨菜えりなと共に朝食の準備にとりかかる。


 「おはよう、そら


 「おはよう、絵梨菜えりな


 キッチンで挨拶を交わし、軽く口づけを交わしてから調理に取り掛かる。

 いつもは着ているものを脱ぎ捨て、そらの為に裸エプロンになる絵梨菜えりななのだが、今朝は着衣のままのようだ。いや、背中が見えているから、上半身は裸なんだろう。そんないつもと違う絵梨菜えりなが気になるそら


 「どうした、そら


 「いや、別に……」


 絵梨菜えりなの綺麗なお尻が見られないのも残念だ。


 「あー、これか。生理が来そうだからな」


 「そうなんだ。珍しく履いてるからどうしたのかと思って」


 「すまねえな。でも胸は揉み放題でいいぞ♪」


 「朝からしないから」


    そんなことしてたら二人も合流してきて出掛けられなくなる……


 絵梨菜えりなが来る前は卵と無塩せきウィンナー、それに味噌汁とご飯というとてもシンプルだった朝食だったのだが、ヒジキやら豆やら煮物といったそらがあまり必要としないメニューが追加されたのだった。「野菜も食べないとだめだぞ」と怒られるので、仕方なく食べているそら。ちなみに、絵梨菜えりなはチーズ入りのオムレツが好みだ。

 調理担当はそらから絵梨菜えりなへと変わり、そら絵梨菜えりなが調理している隣で四人分の弁当を用意する。勿論、弁当にも絵梨菜えりなによって問答無用に野菜が投入される。


 朝食後、そら琴乃ことの真耶まやの三人は大学へ、絵梨菜えりなはバイトに出かける。連休前から探していたようなのだが、そら真耶まやがよく行く大型スーパーのレジ担当で、今日が初出勤だ。


    大学の帰りに寄ってみようかな


 短大は退学してしまったようで、これでよかったのかとそらも何かと心配のようだ。



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 講義が終わり、真耶まやと共に大型スーパーへと向かうそら


 『スーパー行く?』


 『帰る』


 いつものように琴乃ことのは同行しないのだが、今日は余計な者が着いてきた。


 「神月こうづき、奇遇だな。お前もスーパー行くのか?」


 「えっと……、天田あまだくん」


    だったかな……


 「さっき聞いたんだけどさ、レジにすっげー可愛い娘が居るらしいぞ……っつっても朝比奈あさひな深川ふかがわさんがいる神月こうづきには関係ないんだろうけどな」


    だといいんだけど……

    絵梨菜えりなじゃないよね……


 「多分あのレジだな」


 大型スーパーだけにレジはかなりの数が並んでいるのだが、一箇所だけ長い行列ができていた。並んでいるのはそらの大学の学生と思しき二十歳前後の男たち。ここは大学から近いこともあり、学生が利用することも多いのだが、今日はいつのにもまして男どもが多い。


 「じゃあ僕達は買い物してくるから」


 「おう、俺はあのレジに並ぶ!」


 普通に買い物を終え、レジへと向かったそら真耶まや。先程の行列は一向に掃ける様子はなく、寧ろ長くなっている程だった。


 「人気みたいですね……」


 「そうみたいだけど……」


 残念ながら、ここからではレジ担当の姿は見えない。


 「隣のレジにしようか」


 一箇所に客が集中している為、他のレジは暇そうだ。特に目的もないならそちらを選ぶのが賢明だろう。


    並んで何かいい事あるんだろうか……


 並んだところで握手してもらえるわけでもなく、支払いは全部機械任せだ、釣り銭を渡す時に手が触れるなどという事も起こり得ない。笑顔のサービスなどとも無縁のスーパーだ。

 隣のレジではすんなりと順番が回ってくる。そして、ここからなら混雑しているレジの担当の姿も見ることができる。


    絵梨菜えりな……


 そらが目にしたのは淡々とバーコードをスキャンしていくだけの絵梨菜えりな。「いらっしゃいませ」の一言も無ければ、無表情で退屈そうだ。


    皆んなこれを見たいのかな……

    中学のときもこんな感じに近かった気はするけど……


 「そらっ! こっちに並ばないのか?」


 そらの存在に気付いた絵梨菜えりなの表情がぱっと明るくなる。運良く自分の順番がまわってきていた小太りの男はその表情に一瞬喜ぶが、その理由がが隣のレジで会計している男にあるのだと気づくと恨めしそうな目をそらへと向けてくる。


 「そっちは時間かかりそうだし」


 小太りの男には真耶まやの姿も目に入っただろう。それを見て安堵の表情へと変わる。なんだ、只の知り合いかよ、と。そらが彼女連れと見て安心したのだろう。まさか同時に両方と付き合っているなどと夢にも思わないのだ。


 「そうか。じゃあまた後でな。今夜はそらの好きなトンカツだぞ」


 しかし、その一言で小太り男の心は再びざわつく。小太り男だけではない。レジに並んでいた男たち全員が同じような目つきでそらを睨んでいる。今夜は好物のトンカツ? まるで一緒に暮らしているかのようではないか、と。


 「おい、あれ、神月こうづきじゃねえか?」


 「神月こうづきだな。朝比奈あさひなさんと腕なんか組みやがって」


 「今夜はトンカツってどういうことだよ」


 例の残念な三人組だ。


    どうもなにも、豚カツは僕の大好物だよ

    そうか〜、今日は豚カツか〜

    そうだ、エビも買ってきたんだった


 「ついでにエビフライも頼める?」


 カートの中の冷凍エビフライを手に取るそら。衣まで着いていて後は揚げるだけとなっている冷凍食品だ。高校時代、そらの弁当には必ず入っていた思い出の品で、今でもこれが大好きなのだ。


 「いいけど、なんで冷凍のやつなんだよ。エビフライぐらい普通に作れるのに」


 「これが好きなんだよ」


 そんな話をしている間、絵梨菜えりなの手も止まってしまっていた。二人の会話に気持ちも萎えてしまったのか半分ぐらいの客は他のレジへと移動していく。なおも諦めずに並んでいる客からは不満の声が漏れ始める。


 「仕事の邪魔になっているみたいですよ」


 「そうだね……」


 仕方なく、絵梨菜えりなに軽く手を振ってスーパーを後にすることにしたそら。そんなそらの後を追う男がいた。


 「神月こうづき、お前……」


 「天田あまだくん……」


 「なあ、あの娘もお前の毒牙にかかっちまったのか?」


 「毒牙って……」


 寧ろ向こうからやってきたのだが……



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 「ただいま〜」


 「おかえり、絵梨菜えりな。遅かったね」


 「いやー、通用口でキモい男どもに囲まれちまってさぁ。店長いなかったらヤバかったぜ。そんなことより飯だ飯。直ぐに作るから楽しみに待っててくれ!」


    明日から仕事終わりに合わせて様子を見にいこうかな……

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