03.12.団欒

 「そういえば、深雪みゆきちゃんの家庭教師なんだけど、引き受けてあげられないかなあ」


 「は?」


 実家での最後の夜、母の口からとんでもない言葉が飛び出しだ。

 深雪みゆきというのは、夏休みに勉強を見て欲しいという事で会わされ、何故か人気のない山道に置き去りにしていってくれた雪村ゆきむら 深雪みゆきという女の事である。そらとしては女の子とか女子とか呼びたくもない存在だ。ニュースで犯罪者の事を “男” とか “女” というのと同じである。


 「雪子ゆきこから改めて頼まれちゃったのよ」


 雪子ゆきこというのは雪村ゆきむら 深雪みゆきの母にしてそらの母とは高校の同級生。夏休みに例の件を企てた仕掛け人の一人で、受験勉強に託つけてそら深雪みゆきをくっつけようとした張本人である。態々自分が見合いした店を貸し切りにしてまでもだ。


 「向こうはその気が無いみたいだし、自力で頑張ればいいんじゃないのかなぁ」


    正直、あの女には関わりたくない


 「それに僕には……」


 「勿論家庭教師以上のことは望まなわわよ、可愛いお嫁さんたちもいることだしね。雪子ゆきこにも伝えてあるから今回は純粋に勉強見てほしいってだけなの。とおるの大学、そこそこ難しいんでしょ? 一人で大丈夫なのかしら?」


    知ったことか


 「今回は?」


     真耶まや、そこは聞き流してくれてよかったんだけどな……


 「あら、そらから聞いてない? 夏休みに二人をくっつけようとして会わせてみたんだけど上手くいかなかったのよね。二人とも人見知りだからもう少しサポートしてあげなきゃダメだったのよね」


 「それって……、そらを山ん中に置き去りにしたあの女の事か?」


    絵梨菜えりな、余計なことを……


 「置き去りって………、どういう事なの? そら


 「……」


    もう終わったことだし、今更穿り返さなくても……


 「そら?」


    しつこいな、母さん……


 「黙ってるなら雪子ゆきこに訊いてみるしかないわね。貴方、深雪みゆきちゃんに何かしたんじゃないわよね」


 「してないって。喫茶店でもって向かった先が人気のない山道でそのまま置き去りにされただけだよ。母さんたちの企みが気に食わなかったみたいだよ。それを僕が頼んだことだと思ってたみたいだけどね。つまり、母さんたちが変な事を企んだばっかりに酷い目に遭いそうになったってだけ」


 「本当なんでしょうね」


 「息子を信じようよ」


 「じゃあ何で言わなかったのよ!」


 「これ以上関わり合いたくないからだよ。母さんたち仲いいみたいだし、揉め事にしたくないだろ? それに、偶々通りかかった絵梨菜えりなが連れ帰ってくれたから実害は無かったからいいんだよ」


    絵梨菜えりなっていうよりゆいさんなんだけど

    話がややこしくなるから絵梨菜えりなって事でいいや


 「あたいは斎藤さいとうさんに言われた通りにしただけなんだけどな」


    絵梨菜えりな……


 「誰なの? 斎藤さいとうさんって。ちゃんとお礼したんでしょうね」


 「ちゃんとしたよ。母さんは心配しなくていいから」


 「しっかり体で払った」


    琴乃ことの……


 「体で? そう……、よくわからないけどお礼をしてるならいいわ」


 「兎に角、その件はもう終わったことだから。今更蒸し返さないでよね。家庭教師、受ける気ないから」


 「そらがそう言うなら仕方ないわね。でも、そんな事するお嬢さんには見えなかったけど、深雪みゆきちゃん。それより絵梨菜えりなさん、そらを救けてくれてありがとね! お料理も上手だし、将来が楽しみだわ!」


 「えっ、そうですか♪ 元気な赤ちゃん産んでみせますよ!」


 調子に乗って出産宣言する絵梨菜えりな


 「期待しちゃうわよ!」


 どうやら母は絵梨菜えりながお気に入りらしい。


 「私も! 私も卒業したらそらの赤ちゃん産みますから、楽しみにしていてください」


 「まあ、真耶まやさんまで。神月こうづき家は安泰ね!」


 「琴乃ことのもいっぱい産む予定」


 「楽しみだわ! いったい何人孫ができるのかしら♪ 楽しみですね、お母さん。ひ孫ですよ、ひ孫♪」


    皆んな何宣言しちゃってるんだよ……

    母さんもいいのかよ、それで……


 「家庭教師といえば茅野かやのさんのお孫さんもそらの大学受けるみたいでな、そらに勉強みてもらえないかって言われたよ。なんでも、好きな男を追いかけて同じ高校に行ったんだとかで、大学まで追いかけていくつもりらしいのよ。そらの知り合いだったりしないのかい、その想い人は」


 深雪みゆきの件はこれで終わったと思ったのだが、家庭教師の話を蒸し返す祖母。ついでにどうでもいい情報まで付け加えて。


 「そらじゃないですよね」


 そんな余計な情報に反応する真耶まや。疑いの眼差しだ。


 「婆ちゃん同士が仲がいいってだけで僕はそのお孫さんとは面識ないし、勉強みてあげるつもりもないから」


 「深雪みゆき茅野かやの、これでゆいを貰いに行ける」


 「第五条はどうなったんだよ琴乃ことの。厳正な審査は審査は? 名前も碌に知らないのに無理だよね、そんなの」


 「この際細かいことは気にしていられない。兎に角これで五人」


 第五条、嫁を追加するには厳正な審査が必要であり、容姿、性格、性癖を考慮して琴乃ことのが判断する事になっている。琴乃ことのが判断という部分は満たしているが、よく知りもしない女の子を嫁にされても堪ったものではない。


 「いやいや、気にしてよ。そもそもこれ以上増やす気なんてないから」


 「増やすって……、お兄ちゃん、サイテー」


 8歳離れたそらの妹の真琴まことだ。嫁三人が神月こうづき家を訪れたことで借りてきた猫の様に大人しくしていたのだが、先程からの常識を逸した会話にとうとう我慢できなくなったようだ。


 「あっ、やっと喋ってくれましたね。宜しくお願いしますね、真琴まことちゃん」


 「ふん」


 「こら、真琴まこと


    人見知りなのはしかたないとして

    その態度はだめだろう


 「お兄ちゃんなんて大嫌い!」


 真琴まことはそのまま自室に篭ってしまった。何故か琴乃ことのを睨みつけながら。


 「嫌われてしまいましたかね……」


 「気にしない。小姑はそういうもの」


 琴乃ことのが切り捨てる。この二人、二人とは琴乃ことの真琴まことの事だが、背丈も殆ど変わらず、顔だけ見れば同い年に見えなくもない。それだけに真琴まことはライバル心を燃やしているのだろう。

 どこから来るのか、いや、その巨乳故の優越感なのだろうが、琴乃ことのはそんな真琴まことの態度も気にする様子もないのだが。


 「ごめんなさいね、反抗期みたいで色々と難しいのよ。気にしないで」


    親父もそんなこと言ってたな

    夏休みあたりから色々面倒臭くなったって


 「反抗期かー、あたいもあのぐらいからだったかなー。とくかく親父が鬱陶しくてさー、まあ、今は死んでほしいぐらい邪魔な存在なんだけどさ」


    清楚に見えた新井あらいさんにもそんな時期があったんだな

    反抗期拗らせてこんな感じになっちゃったんだろうか……


 「そういえば、絵梨菜えりなさんは実家に顔出していかなくていいの?」


 「いや、そのー、また今度というか……」


    墓穴掘ったな、絵梨菜えりな


 「その時はそらもちゃんと挨拶してきなさいよ。どんな顔して挨拶するかは知らないけどね♪」


    こっちにも飛び火した

    でも、実際どんな顔して挨拶しにいくんだろうか……


 お嬢さんを僕に下さい。嫁の一人としてですけど、などと言えるのだろうか……


 「で? その斎藤さいとうさんってのは誰なの?」


 「それは……」


 「今度連れてくる。その時のお楽しみ」


 琴乃ことのの中ではゆいは既に手中に収めているようだった……

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