03.10.共有か独占か

 ファミレスに残されたそらゆい。先程までの修羅場にしか見えない様相とは異なり、隣り合って座るカップルのようである。


 「どうしようか、そら……」


    このまま私を連れて逃げて!

    なんて言える雰囲気じゃなさそうよね……


 そらに振ってはみるものの、本心ではそう思っていたゆい


 「僕は今でもゆいさんの事が好きみたいです。こうして会ってみてそれがわかりました。昨日までは考えてなかったんですけどね、会えるだなんて。ゆいさんに連絡したのも琴乃ことのが勝手にした事なんです。僕にはゆいさんに会う勇気がなかったのに……」


 「そら……」


 「だってまともじゃないですもんね、同時に三人も。琴乃ことのはああ言っていましたけど、五人なんて手に負えませんし、ゆいさんが五人って言ったのもそういう意味じゃないんですよね。順番にって意味だったんですよね。でもそんな事をしてたらゆいさんはお見合いして他の人と結婚してしまうんだろうな……。何年かかるかわかりませんから、5人となんて。だから諦めろって事だったんですよね」


 「違うの、そらっ」


    本当に彼女つくれって意味じゃなかったのに!


 「いえ、確かにそう言ったかもしれない……」


    そうよ、言っちゃったのよ、私……


 「でも、妊娠したらって……、そしたらそらに責任取ってもらうって……」


 そらの手を握りしめるゆい


 「ゆいさん……、でも現実を考えればそれも無理な話だって事がわかったんです。収入の安定しない僕なんかじゃ生活していけませんから」


 「私が働けばいいだけよ。私が働いて私が一人で育てる。そらには迷惑掛けないから――」


 「一緒に生活するにあたって琴乃ことのが色々とルールを決めました。その中に妊娠したら一人で勝手に育てろってのがあって……、でもそんな事出来るわけないじゃないですか、僕の子供なのに。それで気付かされました。妊娠させて結婚してもらおうなんて馬鹿げてたんだって。それに、今は誰とも結婚しない理由ができましたから」


 今更繋ぎとめようとするゆいだったが、時既に遅し。さきに言われたときにこうしておくべきだったのだ。そらゆいしか見えていない間にしっかりと捕まえておくべきだったのだ。琴乃ことのが居て、真耶まやが居て、絵梨菜えりなが居る今のそらにはゆいだけを選ぶという選択肢はない。再開したことでゆいを想う気持ちが残っていることを認識してしまた。できればゆいにも嫁になってほしい。だが、面と向かってそんな事を言えるわけがない。複数いる嫁の一人になってくれなどと。


 「ゆいさんはどうしたいですか?」


 だからゆいに問う。ゆいはどうしたいのかと。五人にはまだ達していないが、家訓第五条がある。ゆいにその気があるのなら琴乃ことのの独断と偏見により新たな嫁を迎え入れることができるのだ。五人集めて迎えに来るなどと言っていたのだ、琴乃ことのゆいを受け入れてくれる可能性は極めて高い。全てはゆいの気持ち次第なのだ。三人を裏切ってゆいを選ぶという選択肢はない。三人を失うぐらいならゆいを諦める。そらはそう決めていた。

 本当に只のセフレだったのか、それも含めてゆいの気持ちを確認したいのだ。


 「私は……」


    そらとエッチしたい!

    でも……、そらが喜ぶならなんて考えなかった

    彼女たちは違うのよね


    セフレの年増女とそらの事大好きな若い女の子かぁ……

    さきの言った通りになっちゃったな……

    選ばれないわよね、私は


 ゆいには三人の嫁たちのようにそらするという考えは無かった。自分一人でそらを独占したかった。寧ろそれが普通だ。


    そもそも何で態々私に報告しに来るのよ……

    惨めじゃない、こんなの


    コテージ?

    そらとエッチしてる所を見せつけたいの?

    あんな自信満々に……

    そらが自分たちを選んだんだって、

    私は用済みなんだって思い知らせたいの?


    行けるわけないじゃない、そんなところ


 「お見合い、受けることにしようかな」


    これ以上待ってもそらは迎えに来てくれないんだ……


 「そうですか……」


 「折角コテージも予約したんだから、彼女たちと楽しんでね」


 「勿論、そのつもりです」


    だよね……


 「ゆいさん」


 「何?」


    お見合いなんかしないでって言ってよ

    僕と逃げようって言ってよ、そら


 「お見合い、頑張ってください」


 「う、うん。ありがと……」


    そんなわけ無いか……

    私がそらに言ったんだもん、セフレだって

    こうなっても当たり前だわよね……


 ゆいを残し、そらは寂し気に去ってしまった。



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 「セフレはどうしたの?」


 一人で店から出てきたそら琴乃ことのが尋ねる。


 「ゆいさんは来ないよ」


 「いいのかよ、そら。好きなんだろ? 斎藤さいとうさんの事」


 「どうなのかな。好きだったのは間違いないんだけど、今も好きなのかわからない。少なくともゆいさんの方にはそんな気持ちがないことはわかったかな。……最初から無かったのかもしれないけどね。お見合いするんだって、ゆいさん」


 「そら……、元気だしてください。そらには私がいます。琴乃ことの絵梨菜えりなもいますから」


 「ありがとう、 真耶まや。僕もそんなに未練はないかな。だって、只のセフレなんだから」


 未練がないといいつつも、その背中に何かを感じてしまう琴乃ことの


    大丈夫

    琴乃ことのが何とかする


 そう決意し、ゆい獲得を目標に行動を起こすのだった。



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 「さきぃ、さきぃぃぃぃ」


 「ど、どうしたの、ゆいそらくんと何かあったの?」


 恒例となってしまったロッカールームでの一幕。ゆいは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしてさきにしがみつき、さきはその頭を優しく撫でる。鼻水が制服についてしまいそうだが泣き崩れる友人を前にそんなことも言っていられない。


 「そらに彼女紹介された。しかも三人」


 「それはまた……、でも自分で言ったんでしょ? 最低でも五人って。そらくんなりに頑張ったんじゃないの? っていうか凄いねそらくん。この短期間でいきなり三人もかぁ」


 「そうなのよっ! 三人同時に付き合っちゃうなんてありえないわよねっ! 挙句に皆んなそらの嫁だって言ってるのよっ、上手くいっちゃってるみたいなのよっ。私のそらなのに!」


 「同時ってところはちょっと引くけど……、でも言ったじゃない、捕まえときなさいって」


 それはゆいもわかっている。嫌と言うほど思い知らされた。今更だが捕まえておかなかったことを後悔している。


 「私、どうしたらいいの? ねえさきぃ、どうしたらいい?」


 「どうしたらって……、あと二人じゃない。待ってみれば?」


 安易な手段だ。そら、というより琴乃ことのと言うべきなのだが、五人揃えて嫁に貰いに来ると言ってくれている。それに乗っかれば目出度くそらと一緒に暮らせる事になるのだ。


 「そんなことしてたら6番目になっちゃうじゃない!」


 だが、ゆいはそれでは満足しないのだ。1番ならまだしも、6番目なのだ。寧ろ順位の問題ではない。自分だけのそらで居て欲しいのだ。


 「じゃあ無理やり奪い取ってみる?」


 「三人とも大切な存在なんだって。私なんか選ばれないわよ……」


 それはそら本人から告げられている。誰とも結婚する気はないとも。


 「だったら諦めて4番目になるしかないわね」


 「嫌、独り占めしたい。私だけのそらにしたい~~~」


 現時点ではさきの提案が最善の手のように思えるのだが、それでも決心はつかなかった。

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