03.08.帰省

 シルバーウィーク初日。

 目覚めたそらは右腕に違和感を感じる。そこにあるべき軟らかな存在が感じられないのだ。


 「あれ……、琴乃ことのがいない……」


 「着替えて、出かける」


 リビングから声がする。琴乃ことのの声だ。


 「おっ、起きたかそら。朝ごはんできてるぞ」


 「うううーん、今日は休みなのにぃ……」


 真耶まやも目を覚ましたようだ。


 「珍しいね、琴乃ことのが早起きしてるなんて」


 「バスに乗り遅れる。急いで」


 「バス? どこ行くの?」


 「そらの実家。ご挨拶」


 「聞いてないんだけど……」


 「今言った」


 「それに、いきなり行っても……」


 「連絡しておいた。勿論、そらから」


    それって、僕のスマホ勝手に使ってるって事じゃん……


 寝室を共にしている者のとって生体認証など有ってないようなもの。その可能性に気付けず対策を怠ったそらが悪いのだ。指紋認証を有効にしてしまっていたばっかりに、寝ている間に琴乃ことのにロックを解除され、勝手にメッセージを送信されてしまったのだ。


 「無難に友人を三人連れていくとだけ伝えてあるから泊めてくれるはず」


    全員彼女だよって言ったら気絶するかもね……


 琴乃ことのの勝手な計らいにより、実家に帰省することになってしまったそら。嫌だと言っても琴乃ことのが受け入れるわけもなく、絵梨菜えりなが用意した朝食を食べ、琴乃ことのが詰めたバッグを持って実家へと向かうのであった。


 ちなみに絵梨菜えりなそらの足の間で丸まって寝ることにしたようなのだが、そらが起きるころにはキッチンに立っているため、寝ている間に何をされているのかはそらにはわからない。



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 電車とバスとタクシーを乗り継いでやってきたそらの実家。

 そらの母を前に、嫁たちが三者三葉の挨拶をする。


 「深川ふかがわ 琴乃ことの


    琴乃ことのっぽい……


 「始めまして、朝比奈あさひな 真耶まやです。お世話になります」


    安心できるな、真耶まや


 「お久しぶりです、中学で同じクラスでした新井あらい 絵梨菜えりなです」


    普段もこういう話し方してくれるといいんだけどな……


 「えっと……、お友達って聞いてたんだけど……、一人ぐらいそらの彼女だったりしないの? だったらお母さん嬉しいんだけど」


 「その事なんだけど――」


 「琴乃ことのそらの嫁」


 「ずるいです琴乃ことのさん、私もお嫁さんですから」


 「勿論あたいも」


    絵梨菜えりな……、もう戻っちゃうんだ、話し方……


 「……」


 母が唖然とするのも無理はない。友達を連れてくるとだけ聞いていたのに全員が女の子、しかも全員が嫁だと言い出したのだ。大学生にもなって彼女の一人もいない事を気にしていたというのにだ。


 「母さん言ってたよね、彼女の一人や二人連れて来いって。だから連れてきたんだけどさ……」


 だから三人連れてきたというのは無理がある。只々唖然とするだけの母。

 そこにタイミング良くそらの父が山から帰ってきた。どうやらキノコ採りに行っていた模様。


 「いいところに、そらが彼女を連れてきたのよ、三人も」


 涙ながらに訴える母。


    やっぱそうだよね……

    三人ってのは……


 「そうか」


 「もう、それだけなの? 彼女よ? 三人もいるのよ? もっと喜んでもいいんじゃない?」


    まさかの嬉し涙……


 「そらを頼みます」


 その一言に、こちらこそと答える嫁たち。


    いいんだ、父さんも……


 「は~、そらに彼女がね~。でもお友達って聞いてたから離れに三人分のお布団用意したの。そらも一緒の方がよかったかしら?」


 「無理でしょ、狭いから」


 「そう? じゃあお風呂の説明してあげて。詳しい事は夕食の時に聞かせてね」


 そらの実家には六畳の離れがある。当然ながら母屋からは離れていて、多少大声をだしても聞こえたりすることはないだろう。それを確認した琴乃ことのがぽつりと呟く。


 「これなら平気そう」


 何が平気かは置いておくとして、一旦荷物を運び入れ、続いて風呂へと向かう。この風呂というのも別棟になっていて、こちらも六畳ほどの広さがある。そらの曾祖父が趣味で建ててしまったもので、天然石をそれっぽく並べた岩風呂となっている。

 高く積み上げられた石の天辺付近からは滝のように水が流れ出すギミックも。お湯ではなく水というのが曲者で、湯舟に流れ込んでしまうため、温度が下がってしまい、殆ど使われることのない代物だ。

 当初は薪だけだった風呂釜は薪と灯油のハイブリッドに改修され、屋根に太陽光温水器が乗せられたことで元々あった蛇口の隣に混合栓が追加された。更に、冬にもシャワーが使いたいからと給湯器が追加され、温水器の隣にもう一つ混合栓が増えた。この他に滝の水量を調節するバルブがあったりと、蛇口回りが多少複雑になっている。

 母が説明を、と言っていたのはこのことで、捻る蛇口を間違えると冷水を浴びてしまうことになりかねないのだ。


 「こっちも平気そうだな。そらも一緒に入ろうぜ」


 そらが説明していると、既に下着姿となった絵梨菜えりながそんな事を言ってくる。


 「これだけ広ければ平気」


 琴乃ことのまでも。


 「声が聞こえちゃいますよ……」


 真耶まやは躊躇しているようだ。


 「出さなければいい」


 「そういうわけにも……」


 「僕も流石にここでは無理かな……。声が聞こえなかったとしても勝手に想像されそうだし」


 残念そうな絵梨菜えりな琴乃ことのの視線を振り切り、母屋へと戻るそら


 「で、どの娘が本命なの?」


 戻ったら戻ったで母から質問攻めとなり、居場所のないそらは自分部屋へと籠ってしまう。


    どの娘がって言われてもな……

    選べないよ

    全員じゃ……駄目なのかな……


 結局夕食の場であれこれ訊かれ、三人の女の子と同棲していることは両親の知るところとなっていまうのだった。


 「お兄ちゃん……、最低……」


 もちろん妹の真琴まことにも。不機嫌そうに自分の部屋に籠ってしまう真琴まこと


 「そらや、わしはそろそろ寝るけれど、警察の世話になるようなことはしないでおくれよ」


 祖母も心配そうである。


 「大丈夫だから、婆ちゃん。お休み」


 嫁たちに酌をされ、いつもより酒がすすんでしまったの父もそのまま居間で眠ってしまっている。

 絵梨菜えりなは後片付けを手伝っていたのだが……


 「ここはいいから絵梨菜えりなさんもそらのところにどうぞ。お料理も得意みたいだし期待してるわね、ま・ご♪」


 と送り出され、そらの近くに座ってはみたものの、何故かその正面には母が腰掛ける。生暖かい視線をそらに向けながら。


 「離れ、いこうか……」


 視線から逃れようとそらが提案する。


 「そうね、その方がいいわね♪」


 嬉しそうな母。


    覗きに来たりしないよね……


 多少不安ではあるが、場所を移してあとは四人で……、とはならず、離れに移動した途端、琴乃ことのがとんでもないことを言い出した。


 「明日、セフレに会いに行く」


 「「「……」」」

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