03.02.嵐に負けず

 台風の接近に伴い、朝から小雨がぱらついていたとある田舎にある短大のキャンパス。

 地元の短大に通っていた絵梨菜えりな静枝しずえは学食でランチを摂っているところだった。


 「そういえば、神月こうづきくんの事気にしてたよね、絵梨菜えりな


 「別に気にしてなんて……」


    斎藤さいとうさんと付き合ってるんだろうし……

    あたいには関係ないし……

    『私のそらに』か、

    あたいも言ってみたかったな……


 「セフレになったみたいよ、斎藤さいとうさんと」


 「はあ? セフレ? 付き合ってるんじゃなくてセフレなのか?」


 「うん、じゅんが言ってたよ。俺がアドバイスしてやったお陰だって自慢げだったけど羨ましがってたかな」


 「アドバイスってなんだ、何でそんな変なアドバイスしてんだよ、じゅんの奴」


 「気になる女の子に告白出来ずにいたから斎藤さいとうさんに自信付けさせてもらえって言ったみたい」


 「自信って何で斎藤さいとうさんに……」


 静枝しずえに手招きされ、口元に耳を寄せる。


    なんだよ、大きな事で言えない事なのか?


 「(ど・う・て・い♪ 神月こうづきくん童貞だったんだね)」


 「ど、どう――」


 「しーーーっ、声が大きいよ絵梨菜えりな


 「ああ、そうだな……」


    童貞だったのかよ、神月こうづき……

    言ってくれればあたいが相手してやったのに……


 「で〜、誰だと思う? その女の子。神月こうづきくんが気になってた女の子は」


 「なんだよ、そっちも知ってる奴なのかよ……。どうでもいいや、そんなこと」


    そうだよな……

    あたいのことなんて……


 「うふっ、絵梨菜えりなだよ」


 「はあ? そんなわけ……」


 「何で?」


 「何でって……」


    嘘だろ……

    神月こうづきがあたいのこと……


 「人気あったんだよ、絵梨菜えりな。忘れちゃった? 高校入ってこんな風になっちゃう前の話だけどね」


 「余計なお世話だ。色々あったんだよ」


 「神月こうづきくんが絵梨菜えりなの事好きになったとしたら中学のときってことだよね、高校は別々だったし」


    何だよそれ……

    だったら尚更しーちゃんの所為だろ、

    あんとき告っとけば神月こうづきといい感じになってたのか?

    どうしてくれるんだよ、しーちゃん!


 「初恋だったのかもよ? なのにこんな姿になっちゃって……。びっくりしただろうね、神月こうづきくん」


    だから色々あったんだよ

    糞親父と、

    馬鹿兄貴と、

    しーちゃんの所為だよ……

    じゃなきゃ神月こうづきにやってたかもしれないのに、あたいの……

    初恋か……

    あー、もう、神月こうづきにやりたかったー


 「聞いてるの? 絵梨菜えりな


    でもしーちゃんの話が本当なら……

    今からでも遅くないんだよな……

    神月こうづきがあたいのこと気にしてくれてんなら、

    あたいから告ってやったら……


 「ねえ、絵梨菜えりなぁ」


 「あたい、行ってくる!」


 バンとテーブルを叩き、立ち上がる絵梨菜えりな


 「行くってまさか、神月こうづきくんのとこ? 止めなって、台風直撃みたいだよ?」


 静枝しずえが制止も聞かず、そのまま駆け出して行ってしまった。傘もささずにバスターミナルを目指す絵梨菜えりな


    急がないと


 この町の中心から新宿へは一時間に一本のペースで高速バスが出ている。そらの住所など知らなかったが連絡先は交換していたのだ、バスに乗ってからでも何とかなる。何せ新宿までは4時間以上かかるのだから。故に一本でも早いバスに乗ることが最優先だった。静枝しずえの言っていた通り、この日、超大型の台風が関東を直撃する予報となっていたのだ。天候次第では運行を取りやめる便も出てくるだろうし、そうでなくても到着が遅れることが考えられる。新宿に辿り着けたとして、都内の鉄道が運休していることだって考えられる。絵梨菜えりなは急ぐ必要があったのだ。


    間に合った!


 出発直前のバスに乗り込むと、ほっと胸をなでおろし、早速そらへの連絡を試みる。


    ダメだ……、返事がない……

    電話にも出てくれない……


 「そうだっ」


 そらと連絡が取れないならと、そらの実家へと電話する。そらと再会した後、中学時代の名簿を探し出して登録していたのだ。ニヤニヤ眺めるだけでしかなかった情報なのだが、思いがけず役に立ったようだ。


 「そらくんに会いたいんですけど住所教えてもらえませんか。電話しても繋がらなくて……」


 『まあ、そらに? もしかして貴女が……。ちょっと待ってね♪』


 会いたいというだけで簡単に教えてしまうのはどうかと思うが、こうしてそらの母からまんまと住所を聞き出し、心を踊らせながらそらの元へと向かう。

 新宿への到着は大幅に遅れ、都内の交通機関の乱れからかなりの距離を歩くことになってしまったのだが、何とかそらの住むマンションへと辿り着くことが出来た。


    ここに神月こうづきが……


 傘などなんの役にも立たず、ずぶ濡れの姿でインターホンを鳴らしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る