03.+初恋

03.01.嵐の夜の訪問者

 三人での生活が始まり、引っ越しの荷物も片付いてきたある日の事。

 超大型の台風の接近によって大学は午後から休講となっていた。当然、こうなることは予想していた為、昨日の内に食料や飲み物を買い込んであり、大学からの帰りに魚屋にも寄って来たそらたちだった。そらが選んだのは50cmぐらいのイナダを2本。これをさばいて琴乃ことのに捧げる予定だ。


 「台風の日ってなんかワクワクするよね!」


 「べ、別に。琴乃ことのはいつもと変わらない」


 「私は好きじゃないです。外に出られませんし」


 何故かテンションの高いそら。別に琴乃ことのと同じ趣味に目覚めて、今日の夕食に期待してしまっているというわけではない。


 「でも、何か起こりそうじゃん?」


    暗闇……

    雷の音……

    柔らかな肌……


 勿論そんなシチュエーションを期待していないわけでもない。だが、二人と過ごす何気ない毎日、一緒に朝食を摂り、一緒に出かけて、一緒に買い物に行く。ここ数日のそうした生活の中にそらは幸せを見出していた。欲しいのは体だけではないのだ。


    この二人と一緒にいれば何が起きても平気だ

    二人の為なら何だってできる気がする


 「ふ、不謹慎」


 確かに、被害を受ける人がいる事を考えると不謹慎極まりない事だが、そらがわくわくしてしまうのは子供のころからの事。古くて大きな実家の窓を施錠して回ったり懐中電灯や蝋燭を用意したりと色々と任されるのが嬉しかったのだ。

 そして、今はこうして琴乃ことの真耶まやが側に居てくれ、そらを必要としてくれている。幼少期の思い出と、必要としてくれている二人の存在がそらの気持ちを高揚させていたのだ。


 一方で、琴乃ことのの挙動が不自然なのだが、これはこの後のイベントを期待してのことだ。引っ越しパーティーと称して盛ってもらったのを最後に暫くご無沙汰だったのだから仕方がない。

 テンションの高いそらによって齎された漁夫の利といったところなのだが、思いがけないそらからの提案に琴乃ことのが何度首を縦に振ったことか。


 「そういえば、そらって魚さばけるんですよね。ねえ、何でですか? 魚屋さんでアルバイトとかしていたのですか?」


 「高校の時に親父に教えられただけだよ」


 「じゃあ、お父さん、魚屋さんなんですね」


 「いや、公務員。動画見て覚えたらしいよ」


 「そうなんですか……。私にも出来ますかね」


 真耶まやと会話しながら三枚におろしていく。後片付けだけでなく一緒に料理をしたいと、そらから色々と教わっている真耶まや。今も邪魔じゃないかと思うほどピッタリとそらに寄り添いながら、学び取ろうと必死なのである。


 「そ、そろそろ準備する」


 そらがあらの下処理を始めると、琴乃ことのが風呂へと向かう。氷水で体を冷やすためだ。刺し身を盛り付けるからには生暖かい体というわけにはいかないのだ。キンキンに冷やしておかないと、という琴乃ことのの拘りによるものなのだが。


 「任せたね、あら汁」


 「書いてある通りにやればいいのですよね。任せて下さい!」


 琴乃ことのが震えながら戻ってきたのを確認すると、下処理を終えたあらを真耶まやに委ね、刺身を引いて冷え切った琴乃ことのに盛り付け、盛り付け終えたらそのまま夕食の開始となる。

 とはいえ、同じ部屋に恋人同士が居て普通ではやらないような盛り付けまでしているのだ、食事の最中だろうと気持ちが高まれば始めてしまっても当然だ。特に今日はそらのテンションも高く、昂る気持ちを押さえられそうにないようだ。


 「琴乃ことの真耶まや、もう我慢できない」


 「そらったら……、仕方ないですね」


 「琴乃ことのも我慢しない」


 明かりの消えたリビングに響く嬌声、壁には稲妻が愛し合う三人の姿が映し出される。



    ◆◆◆◆◆ ❤♀♂♀❤ ◆◆◆◆◆



 二つの欲求を同時に満たし、このままベッドで続きをと、三人が移動しようとしていた矢先の事だった。


        ピンポーン


 こんな夜遅く、しかも嵐の夜に何の用か、三人は一様にそう思ったに違いない。

 このまま居ないことにしてしまってよいのでは、そんな思いで息を殺す。そこまでしなくても聞こえたりはしないと思うのだが、念のためだ。


        ピンポーン


 「帰りませんね」


 インターホン越しに風の唸り声が聞こえ、窓ガラスには雨粒が激しく打ち付けられている。余程重要な用件でもなければ態々訪ねては来ないだろう。


 「そうだね。見てこようか……」


        ドン ドン ドン ドン


 待ちきれないのか、ドアまで叩き始めた。

 そらがモニターで確認すると、そこにはずぶ濡れになりながら必死でドアを叩き続ける女が立っていた。硬直してしまう程恐ろしげだ。


    出た……


 濡れた前髪で目が隠れ、赤外線カメラ故の白黒画像。そらには幽霊がドアを叩いているように見えたのだろう。


 「そら……、誰ですか?」


 「……」


 真耶まやが声を掛けるが、反応がない。心配になってそらに駆け寄る。


 「女の人? そらの知り合い?」


 駆け寄った真耶まやを抱きしめ、激しく首を横に振るそら


 「じゃあ琴乃ことのさん?」


 「誰にもここを教えてない。琴乃ことのが目当てだとしたらストーカー」


 「ストーカーって……、やっぱりそらの知り合いなんじゃないですか? 例のセフレさんとか……。取り合えず出てあげた方がいいのでは? びしょ濡れで大変そうですよ?」


 「えっ、僕が?」


    ドン ドン ドン ドン ドン


 「このままじゃ続きもできませんし……」


    確かにこのままだと気になってそれどころじゃないんだけど……

    呪われたりしないよね……


 「頑張って。男の子でしょ!」


 「仕方がない、琴乃ことのが見てこよう」


 「えっ、その格好で?」


 真耶まやの声が聞こえなかったわけでもないのだろうが気にする素振りも見せず、更にはモニターも確認しないまま玄関へと向かう琴乃ことの。そのまま躊躇すること無く開錠し、ドアを開けてしまった。


 「来てやったぞ、神月こうづき…………って、女……」


    えっ、誰……


 その女は間違いなくそらの名を呼んだ。そして、半裸の琴乃ことのの姿を見て驚いているようだ。

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