02.13.待ち惚け

 そらが去って初めての土曜日。ゆいは朝からそわそわしていた。午前中は講義があるが、午後は予定がないと聞いていたからだ。

 などと自分から言ってしまった手前、恋人のように毎日メッセージを送ったり電話で話したりということも出来ず、ただただそらから連絡が来るのを待っていたゆい

 そらの方も恋人ではないからと連絡を控えてしまっていた。そんな暇があったら仕事をこなして旅費を稼ごうと頑張っていたのだ。


    でも今日こそは

    昼過ぎに出ても夕方にはこっちに着くんだから、

    来てくれるんだよね、そら……


 しかし、いつまで待ってもそらから連絡はない。


 「はぁぁぁぁ」


 出勤しても溜息ばかり。


 「また溜息? ……わかった、そらくんでしょ」


 「聞いてよー、さきー、そらったら全然連絡してこないの。『結婚したいんですか?』とか、『僕じゃだめですか』とか言ってたくせに」


 「それを断ったのはゆいなんでしょ?」


 「それはそうなんだけどさ……、でも今日は土曜日なのよ? 会いに来れるのよ? なにが『全身全霊でエッチします』よ。全然する気ないじゃない!」


 「だったらゆいから連絡すればいいじゃない。エッチしよ〜って。あっ、今すぐ結婚しよ〜の方が効果あるかもよ?」


 「それは……」


 「素直じゃないんだから、ゆいは。付き合っちゃえばよかったのよ、そらくんと」


 「だって……、捨てられたらどうするのよ」


 「それはその時考えればよかったのよ。どうせこうやってうだうだ言ってるだけなんだし? 他の男も探す気ないんでしょ? 捨てられなくてもあっという間に三十路よ」


 「ううっ、そうだけどさ……」


 「そもそも生理きてるんじゃなかったっけ? エッチする気なの?」


 「4日目だから大丈夫よ」


 「えーーー、引いちゃうんじゃないかなぁ、そらくん。大丈夫なの? 終わっちゃうかもよ?」


 「……そうね。無理しない方がいいわね」


 結局、この日は諦めることにしたのだが、その後もそらからは一向に連絡が来なかった。



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 「さきー、もうダメかもー、終わっちゃったかもーーー」


 更に一週間後、ロッカールームには廃人になりかけのゆいの姿があった。だが、この日に限ったことでもなく、さきの扱いも雑だ。


 「はいはい。そらくんと何かあったの?」


 「何もないの」


 「諦めてゆいから連絡してみなよ」


 「したわよ」


 一向に連絡してこないそらを待ちきれず、週末こっちに来ないかと誘っていたのだ。しかし、結果は廃人になりかけたゆいを見れば明らか。敢えて訊くまでもないのだが、親友の誼で訊いてやるさき


 「で?」


 「忙しいから無理だって。何が『全身全霊で妊娠させます』よ、何が『そしたら結婚してくれますよね?』よ。そらの嘘つきー」


 「そこまで言わせといてセフレにしちゃったゆいって……」


 どうかしてるんじゃないかと思うさきだった。

 だが、ゆいとしては捨てられない為に満たすべき最低限の条件と考えていた。子供が出来てしまえばそらも覚悟を決めるだろうし、同時に周囲も許さざるを得ないだろうと。まさに一石二鳥に思えたのだ。

 最低でも五人と恋をしろ、などと言ったのは本心ではない。それくらい自分の事を想って欲しい、それをそらに伝えたかったのだ。だから、他の女の子の存在など認めるわけがない。


 「まさか浮気? そらが浮気してる? ねえさきそら……浮気してるのかな」


 「浮気って……、あなたたち只のセフレなんでしょ?」


 「只のセフレじゃないわよ。そのまま続いたら結婚する約束だってしてるのよ。その前に絶対妊娠してみせるけど」


 「何なのよ、それ、普通に付き合いなさいよ、面倒臭い……。まあいいわ、セフレはセフレよ。そらくんの事好きな女の子が現れたとするじゃない、そしたらどっちを選ぶと思う? セフレにしかしてくれない年増女と、そらくん大好き〜って感じの若くて純真な女の子」


 「何それ、年増ってだけで私が不利じゃない」


 「そうよね。しかも君とはセフレ、お付き合いは出来ませんなんて言っちゃってるのよ? 選ばれるわけないじゃない」


 「さきの鬼、悪魔。親友だと思ってたのに」


 「別に私がそう仕向けたわけでもないし、そういう事もあるかもってだけだから。私言ったよね、『捕まえときなさい』って。なのに何でセフレになっちゃうのよ」


 「言わないで。今更遅いんだから」


 「遅くないわよ。そらくんと会ってちゃんと気持ちを伝えるのよ。じゃないと本当に盗られちゃうよ? この際仕事なんか辞めてそらくんの所に押しかけちゃえば? 離れてたら妊娠だって難しいんだから」


 「……そうね。私、行ってくる。ううん、帰ってこないかも!」


 「えっ、今から? 別にそういうつもりで言ったんじゃ――」


 「所長に言っといて……」


 そう言い残し、制服のまま帰ろうとしたゆいだったのだが、その場で硬直してしまう。


 「どうした?」


 「私……、そらの家、知らないんだった」


 「はぁ……」


 溜息しか出ないさき


 「ちなみに訊くけど、そらくんの誕生日は?」


 「……知らない」


 「血液型は?」


 「…………知らない」


 「趣味とか特技とか……、訊くだけ無駄みたいね。一晩中ひたすらエッチしてたんだ……」


 「えへっ」


 「褒めてないからね」


 結局、この日も諦めることになってしまうゆいだった。



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 台風の接近に伴い、朝から小雨が振り続く数日後のある日。


 「終わったわ……、私」


 ロッカールームに現れたのは廃人だった。

 シルバーウィークを目前に控え、昨夜から何度もメッセージを送っていたゆいだったが、今朝になって漸く届いた返信にはこうあったのだ。


    “ごめんなさい、仕事が忙しくて行けそうにありません”


 「はぁ……、さきの言う通りだったわ……、捕まえとけばよかった……」


 「まだわからないじゃない。ふられたわけじゃないんでしょ?」


 「もう二週間なのよ? シルバーウィークも会わなかったら三週間超えるのよ? 抜かずに何度も何度もせがんできたそらがそんなに我慢できるわけないの」


 「それはそれは……」


 「彼女が出来たのよ……、そうに違いないわ」


        ブルルルル ブルルルル


 「スマホ、鳴ってるよ? そらくんからじゃない?」


 「見たくない。どうせ別れ話よ」


 「どれどれ……、“やっぱりそっちに帰ることにします。会うのが楽しみですね”、だって」


 「ほんと? 私の事からかってない?」


 「自分で見てみれば?」


 手渡されたスマホを見つめるゆい。そこには確かにさきが読み上げたのと同じ文字が表示されていた。送り主もそらで間違いない。


 「そらに会える……」


 廃人だったゆいに笑顔が戻る。


 「今度こそちゃんと捕まえなさいよ」


 「勿論! 絶対離さない!」

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