02.12.象

 「神月こうづき、ちょっといいか」


    よくないけど……


 ちょっといいか、なんて言われて体育館の裏まで着いて行き、金を要求された中学時代の嫌な思い出しかないそら。救いの手を求めて真耶まやを見つめるのだが……


 「私、この後琴乃ことのさんと約束ありますから大丈夫ですよ。折角ですからお話してみたらどうですか?」


    そうなの?

    聞いてないんだけど……


 「ごめんなさい、言ってませんでしたね。でも待たせたら悪いですから私行きますね。では、また後ほど」


 「えっ、ちょっと……」


    脅されるかもだよ?

    もう会えないかもしれないよ?


 そのままそらを残して行ってしまった。


 「また後ほど、か。ほんとに付き合ってるんだな、朝比奈あさひなと」


 「……うん、まあ」


 「で、深川ふかがわさんと知り合いってのも間違いなさそうだな」


 「……そうだね」


    琴乃ことのとも付き合ってるから


 「そんな神月こうづきに折り入って頼みがある。上手くいったら礼もする。聞いてくれるか」


    礼……

    嫌な予感しかしないけど……


 「俺、深川ふかがわさんと付き合いたい」


    聞くなんて言ってないのに……


 「紹介してくれないか、深川ふかがわさんの事」


    無理だよ

    僕の彼女なんだから……


 「頼むっ!」


 「頼むって言われても……」


 「俺、ずっと気になってたんだよ。夏休み前ぐらいからよく見かけるようになっただろ? あの頃からなんだ……」


    そうだっけ?

    琴乃ことのに会ったのは夏休み明けだったと思うんだけどな……


 この後そらは彼が如何に琴乃ことのを想っているのかを延々と聞かされることになる。



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 そらを見捨てた真耶まや琴乃ことのとドラッグストアを訪れていた。


 「これってアレですよね……」


 「学業と育児の両立は大変。危険日には避妊することを勧める」


 立ち話をしているのは避妊グッズ売り場の前。

 これまで全く使用していなかったのだが、新生児の世話だけでも苦労する母親もいる中で、誰の協力も得ずに大学に通うというのはまず無理だろう。ましてや状況が状況故、実母に同居してもらうというのも現実的ではない。そらの母に来てもらうという選択肢はなくもないが、それでも夜の生活に支障はでてしまう。


 「えっと……、手遅れかもしれません……」


 「……」


 「だって、運命の人なんですからっ。そんな事考えてる余裕なんてありませんよ」


 「やれやれ、これで調べてみる。危険日だからといって必ず妊娠するわけでもない……、その時は琴乃ことのが」


 「それって……」


    そらと結婚していいってこと?


 「勘違いしない。子育てを手伝ってあげるだけ。そらは独り占めさせない」


 「……ですよね」


    でも赤ちゃんか〜

    男の子かなあ、

    それとも女の子かなあ♪


 「ただし、この先妊娠したとしても琴乃ことのは助けてやらない。一人で産んで一人で育てる。そらもあげない」


 「……ですよね」


 その話はここまでと、琴乃ことのがパッケージを手に取る。


 「ちなみに買うならこのサイズ」


 「へえ~、サイズがあるんですね。全部同じかと思っていました。じゃあ、他のは? こっちの方がデザインも可愛いのですけれど」


 琴乃ことのが手にとったのは象がデザインされた黒い箱。他にも厚さがどうとか、つぶつぶがどうとか、ジェルがどうとか書かれている物があるのだ、真耶まやとしては色々と気になってしまうのも無理はない。


 「そっりは多分入らない」


 「入らないんですか……」


 そらしか知らない真耶まやだったが、根拠のわからない優越感を覚えたのだった。


 「大きさは人それぞれ。そらはこれじゃないと無理。こっちのでも痛がると思う」


 「わかりました。馬はダメで象を選べばいいんですね」


 「声が大きい」


 「そうでした……。これ……、自分で買うんですか?」


    妊娠検査薬と象さん……

    これをレジに持っていくのですか?


 真耶まやがちょっと恥ずかしいな、などと思っていると、琴乃ことのがもう一箱手に取り、レジへと向かう。


 「あの、これも一緒に……」


 ならばと、持っていた妊娠検査薬も一緒に会計してもらおうと思ったのだが……


 「これは琴乃ことのの。自分の物は自分で買う。当たり前」


 そう言って、一人でレジへと進み、平然と会計を済ませてしまった。

 残された真耶まやは、象のパッケージを二箱手に取り、検査薬を一緒にレジに向かうのだった。顔を真っ赤に染めながら。



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 「だから頼むって。切欠が欲しいんだ」


 まだ続いていた。

 琴乃ことのを好きだという男に切欠なんて与えてやるわけにもいかないのだが、やんわりと断るも全く諦めようとしない彼。


    “終わりましたので帰りましょう。近くのドラッグストアで待っていますね”


 真耶まやからのメッセージだ。


 「じゃあ僕帰るね。真耶まやが待ってるから」


 「そういえば深川ふかがわさんと約束がとか言ってたよな、朝比奈あさひな。一緒にいるのか? 深川ふかがわさんと」


 「さあ……」


    いるんだろうけどさ……


 「見せろ」


 「あっ、ちょっと」


 「ドラッグストアか……。行こうぜ、神月こうづき


 「行こうぜっって……」


    一緒にくるつもりなの?


 「琴乃ことの……さん忙しいんじゃないかなぁ。それに、いきなり行っても迷惑だからさ……、あの……、聞いてる?」


 すたすた歩いていってしまう名前も知らない男。



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 ドラッグストアの前で待つ琴乃ことの真耶まや。そこにそらがやって来た。もう一人オマケを連れてだが。


 「天田あまだくんも一緒だったんですね。仲良くなれましたか、そら


 「仲良くっていうか……」


 言葉を詰まらせ、琴乃ことのに目で訴えかける。


    ごめん琴乃ことの

    着いてきちゃった

    上手く断れなかった


 その表情から何かを悟った琴乃ことのは、紙袋から先程購入したパッケージを取り出し、こう言い放った。


 「これを買ってきた。多分そらにピッタリ」


 「えっ、ピッタリって……」


 硬直する天田あまだに尚も追い打ちを掛ける。


 「帰って試す。二箱あるから朝まで頑張って」


 「神月こうづき……、お前、深川ふかがわさんとも……」

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