01.09.放置

 「雪村ゆきむら 深雪みゆきです」


 「神月こうづき そらです。はじめまして」


    雪女……


 ゆいと一夜を共にした翌日の昼時、そらの目の前には綺麗な女の子が座っていた。真っ白なロングのワンピース姿で、そらが雪女をイメージしてしまうのも納得できるような冷たい表情の物静かな女の子だ。

 その隣には彼女の母親が座っていて、そらの隣にも彼の母親が居る。


    勉強を見て欲しいって事だったんだけどな……


 彼女はそらの通う大学と同じ学校法人が経営する短大に通っていて、大学への編入に向けて勉強を見てほしいということだったのだが、正装こそしてないとはいえこれではまるでお見合いだ。


    そもそも、何で僕なの……


 その理由も理不尽でしかない。母親同士が高校の同級生らしく、勝手にそんな話を進めていたのだった。もう店を予約してしまったからと無理矢理連れてこられたそら

 母親たちはそんなそら深雪みゆきをそっちのけで思い出話に花を咲かせているのに夢中のようだ。

 放ったらかしにされている方はというと、これといった会話もなく運ばれてくる料理を淡々と食べているだけ。そらの性格ではこれも仕方のないことなのだが、深雪みゆきもどちらかというと人見知りの方で、こういう場は得意ではないようだ。

 だだっ広い和室の真ん中に四人だけ。店は貸切状態で他に客は居ない。合掌造りの古民家を移築した雰囲気のある店で、深雪みゆきの母がお見合いした場所なのだとか。


 「なんだかこの子たちのお見合いみたいね」


 そんな話で盛り上がり、


 「そうだ、これを。雪ちゃんのプロフィールよ」


 履歴書のような物を渡される。


 「お母さん、勝手なことしないで」


 深雪みゆきに奪い取られてしまったが、細かい字で趣味やら何やらかきこまれているようだった。


    見合いかよ……


 思い出話はその後も暫く続き、足の痺れも限界をとっくに超えたところで漸くお開きとなりそうな気配となってきた。


 「随分と長居しちゃったわね、雪子ゆきこ


 「そうね、そろそろ帰りましょうか。深雪みゆきちゃん、全然お話してなかったみたいだけど、ちゃんとお願いできたの?」


 「……」


 人見知り同士なのだ、何のサポートもなくうちとけていると思う母親が間違っている。


 「もうー、しょうがないわねー。二人で喫茶店にでも行ってきたら?」


 「……はい」


 この状況に至ってもサポートする気のない母親。


 「そうね、後は若いもの同士で。頑張ってね、そら


    頑張るって……


 神月こうづき家の方もこれを切欠に何か進展があればと期待を込めた眼差しで息子を見つめている。

 結局断ることもできず、深雪みゆきが運転する車の助手席に座って第二ラウンドに挑むことになってしまうそら

 別に深雪みゆきに何かを期待しているわけでもないのだが、ゆいの気持ちがわからなくなってしまったそらには何もかもどうでも良かった。


    わかってたことなのに……


 ゆいの事はじゅんから聞かされていた。自分も例外なくひと夏の恋なのだと認識しただけのことなのに。


    何でこんなに苦しいんだろう……


 そんなそらの気持ちなど知る由もない深雪みゆきは信号もない田舎道を只々ひたすらに走り続ける。

 次第に道沿いの民家も疎らとなり、最後に見かけた民家から更に15分が経過。舗装されたのが何時なのかもわからない程劣化したアスファルトの一本道をただひたすらに走り続け、水田だった名残だけを残しつつ森に飲み込まれてしまってた耕作放棄地帯へとやってきていた。もちろん、この1時間まったく会話が無かったのは言うまでもない。お互いずっと正面を向いたままだった。


    こんな所に喫茶店なんて在るのかな……


 流石のそらゆいの事ばかり考えていられなくなってきた。

 道路に積もった落ち葉はしばらく誰も通っていない事を主張し、当然ながらこんな所に喫茶店などあろうはずもない。

 昨日味わった不安と似ていなくもないが、昨日にはあった期待感が全く無い。


 「あのー、何処まで行くんですか?」


 そらが重い口を開いた。


 「そうですね。そろそろいいでしょう」


 路肩に車を停める深雪みゆき。正面を見据えたまま、そらの方に振り返ることもなく衝撃的な言葉を告げたのだった。


 「降りてください」


 「は? ここで?」


 ここが喫茶店でないことは誰の目にも明らか。ならば、何故ここで降りなければならないのか。


 「下心が見え見えなんですよ。勉強に託つけて私に近づいて来るなんて」


 「何を言っているのか――」


 「警察呼びますよ」


 深雪みゆきもまた母親に無理やり連れてこられたのだ。そして、これはそらが望んだ事だと思っているようだ。そう悟ったそらは仕方なく車を降りる。すると、深雪みゆきは躊躇うこと無く来た道を戻っていった。


 「何なんだよ……、あの女」


 と、ぽつり。

 タクシーを呼ぼうとスマホを見るも圏外表示。周囲の状況からすれば当然なのかもしれないが、最後に目撃した民家からは15分程は走り続けた。時速60kmで走行していたと仮定すると……


    15キロ……


 「3時間かよ……」



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 同じ日の早朝。


 「はぁぁぁぁぁ」


 教習所のロッカールームには昨日に続いて大きな溜息をつくゆいと、そんな友人を呆れた表情で見つめるさきの姿があった。


 「まあ、そういう事もあるさ。弘法にも筆の誤り、猿も木から落ちる、ゆいにも童貞くん?」


 「何よそれ、最後だけ豚に真珠みたいになってるんだけど?」


 「えへっ、気付いた? そう気を落とさなくても夏はまだまだ終わってないぞっ!」


 「ご心配なく。ちゃんと頂いてきたわよ。ふわ〜〜〜ぁ」


 「えっ、まさかいきなり朝まで……、トラウマになってないいといいんだけど、童貞くん」


 「平気よ、たぶん」


 「じゃあ何で溜息?」


 「色々とね」


    『僕はゆいさんが好きです』

    はあ〜


 昨日のそらの言葉を思い出す。何度となく聞かされた『好き』という言葉。なのに、そらのそれが特別に思えてきて、自然と顔もほころぶ。


    一夜限りって諦めてたからなのかな……

    余計なこと言わなきゃ続いてただろうな……

    なんであんな事言っちゃったんだろ……


 そらとは何も話せないまま別れてしまった。話しかけても何も返ってこなかった。それを思い返すと表情は暗くなる。


    ……そうだ、全部じゅんの所為だっ!

    あとでぶん殴ってやる!!


 その原因がじゅんに在ると気づくと青筋も立とうというもの。


 「はぁ……」


    もう会えないのかな……

    私で自信つけて絵梨菜えりなさんに告白するんでしょ? ……かぁ

    傷つけちゃったよね、私の事好きだって言ってくれたんだもん……


 「顔が怖いんだけど……」


 「うるさいっ」


 教習車の整備に向かうと、後ろからじゅんの頭を思いっきり殴りつけたのだった。


    会ってちゃんと誤りたい……

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