01.08.卒業

路上教習から戻りロビーへと戻る直前、ゆいそらの耳元で囁いた。


「(これからは、ゆいって呼んでね♪)」


「(ゆいさん……)」


「(まあそれでいいわ、あとでね♪)」


嬉しそうに頷くそら。ここを出た時と同じ人物とは思えない変わり様だ。そんなやり取りを神妙な面持ちで見つめる女の子がいた。彼女は二人がロビーに入ってくるなり、駆け寄って声を掛ける。


神月こうづきー、今終わりか? 斎藤さいとうさんだったのか……」


新井あらいさん……、新井あらいさんも今終わりなの?」


「いやー、あたいはちょっと気になることがあってな……、でも、もう終わったから帰るところだ」


「じゃあね、絵梨菜えりなさん。そら……くんも。私、まだ仕事が残ってるから」


    やっばい、そらって言いかけちゃった

    慌てて “くん” って付けたんだけど気付いちゃったかな……

    でもごめん、今夜だけは私に貸してね、絵梨菜えりなさん

    自信を付けさせて貴女の元に送り出してあげるから


絵梨菜えりなを意識しながら控室へと去っていくゆい


「そだ、飯でも行かねえか? 二人きり……だけど……」


「ごめん、この後卒業の手続きとかあるから」


「待っててやるよ。直ぐに終わるだろ、そんなの。そうだな……、8時半でどうだ?」


「その後も予定あるんだよね……」


    ゆいさんと♪

    僕は今日卒業するんだ♪


などと思っていても口には出せない。口には出せないが、表情には表れてしまっている事は本人も気付いていないようだが。


「そうか……、じゃあ……、また今度な。神月こうづきもそんな顔するんだな……。いいと思うぜ、こっちの方が」


絵梨菜えりなは表情から何かを読み取り、肩を落としてロビーを後にした。

そらさき相手に卒業の手続きを終わらせる。


「ふーん、そういうことか。ゆいったら……。ま、頑張ってね」


さきの視線を下の方に感じ、バシバシと肩を叩かれ、ゆいとの待ち合わせ場所へと向かったのだった。


そらは高校時代に愛用していた原付で通っていた。ゆいとの待ち合わせ場所にもその原付で向かう。待ち合わせまでは大分時間があるのだが、街灯もない真っ暗闇の中、信号の光で三色に変化しながらゆいが来るのを待つ。


    本当に来てくれるのかな、ゆいさん……


一人で待っているとそんな不安も込み上げてくる。


    コンドーム持ってない……


そんな余計な心配も。そんなものはホテルが用意してくれている。


    ふあ〜、もうすぐゆいさんと〜


最終的にそらの脳は原始的な欲求に支配されていた。期待に胸を膨らませ、いらぬ所まで膨らませていたのだ。


「お待たせ、そら


そこに、車で現れたゆいそらのテンションは爆発寸前である。


ゆいさん!!」


「原付かぁ、ここに置いてっても平気?」


「はいっ!」


「じゃあ、乗って」


腰が引けた不自然な歩き方で助手席へと回り、シートベルをを締める。


「もう、こんなにしちゃって♪」


    やだ、思ってたより凄いかも……


と、ゆいゆいで何かに期待を寄せながら、二人の乗った車は暗い夜道を進む。行けども行けども暗闇が支配する世界。地元とはいえ、こんな所に来たことのないそらは不安になってくる。


「あの……、ゆいさん?」


「なあに?」


「何処に向かってるんですか?」


「すごーく素敵な所よ」


「まさかとは思いますけど……」


    外で?

    いきなりそんなのって……


心配はどんどん増していき、期待とは裏腹に緊張からか手足が震え始める。そんなそらの変化にゆいは気付いていた。


    う〜、可愛い〜


という捉え方ではあるのだが。


「心配しなくても大丈夫よ。外じゃないから。だいたいから、そんなことしたら虫に刺されて大変よ?」


「そ、そうですよね」


「こっちにちょっと気に入ってるホテルがあるの。まあ、見た目は今ひとつなんだけど目立たない場所にあるから入りやすいしね。流石にあのホテル街だとちょっと入りづらいかな。ほら、見えてきたわよ」


木々に埋もれるようにひっそりと佇む洋館。ネオンどころか看板すらなく、一見すると廃屋にもみえるその建物は幽霊屋敷といっても過言ではないほどの雰囲気を醸し出していた。


「あれ……ですか?」


「大丈夫よ、中は綺麗だから」


そういって何も気にした様子もなく車を進めるゆい。自分で選んだ場所なのだから当然なのだが、そらとしては不安が一層増してくる。そんなそらの不安をよそに、車は高いフェンスで仕切られた駐車スペースへと入っていくのだった。


車を降りると、ドアの脇にある端末を操作し始めるゆい。ここで決済することで、高いフェンスで仕切られた駐車スペースからそのまま部屋へと直行できる作りとなっており、他の客やホテルの従業員と顔を合わせなくても済むように配慮された造りだ。


「僕だしま――」


「いいのよ。ここは私に任せて。そらには大切なものを貰っちゃうんだから」


端末で決済していることに気付いたそらがホテル代ぐらい自分で出すと言いかけるも、ゆいによって制される。


「怖い?」


「そういうわけじゃ……」


震えが止まらないそら。だが、怖いわけではなかった。武者震いというやつだ。そんなそらゆいがそっと抱き寄せる。


「あっ……」


「ねえ、本当にいいの? 私で」」


そらは無言で抱きしめ返した。それが答えだ。



    ◆◆◆◆◆ ❤♂♀❤ ◆◆◆◆◆



事を終え、ベッドに横たわる二人。ゆいの黒髪を撫でながら複雑な思いを抱くそら


    ゆいさんのお気に入りのホテルか……

    ゆいさんはここで色んな人と……


「卒業おめでとう、そら


「あ、ありがとうございます。今日の事は一生忘れません」


「そう言ってもらえて私も嬉しいわ。私もそらの事ずっと忘れないからね」


ゆいさん……」


「でも次はもう少し頑張れる?」



    ◆◆◆◆◆ ❤♂♀❤ ◆◆◆◆◆



幾度と無く肌を重ね、そろそろ朝日も登ろうかという時刻となっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、上出来かな。これで安心して送り出せるわね」


「送り出す?」


じゅんから聞いてるわよ? 私で自信つけて絵梨菜えりなさんに告白するんでしょ?」


「えっ、何でそんな事に……、そんなつもりないですから、僕」


    あれ? 聞いてた話と違うんだけど?

    まさか……、じゅんの勘違い?


ゆいさんはそんな気持ちで僕と……」


「いえ、違うのよっ」


    そらの童貞奪いたいって気持ちで

    ……なんて言えないし


そらに興味があるのは嘘じゃないわよっ、勿論異性としてよ」


    うん、嘘じゃない


「ただぁ……、じゅんからそら絵梨菜えりなさんに気があるみたいだって聞いてたから……その……、絵梨菜えりなさんとどうにかなる前に私がって……」


    うー、苦しいー


「僕はゆいさんが好きです」


「う、うん。私もそらの事好きよ」


新井あらいさんはどうでもいいです」


「そ、そうなんだ。じゃあ、今夜もまた……」


「……」


そら?」


気まずい雰囲気のままホテルを出ると、会話もないまま待ち合わせた交差点へと向かう二人だった。

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