01.06.溜息

 早朝のロッカールーム。


 「はぁぁぁぁ」


 制服に着替えたゆいは大きな溜息をついた。


 「どうしたの? 溜息なんてついちゃって。彼とうまくいってないとか? そらくんだったかしら?」


 そう声を掛けたのは、所内の事務処理を担当するさきゆいとは同期入社で、担当の割当など色々と便宜を図ってくれている存在だ。


 「うまくいくどころか軽蔑されてるかも……」


 「どうしたの? ゆいにしては珍しいね」


 「強引過ぎたのかなぁ……、エロい女とか思われてるのかなぁ……、はぁぁぁ」


 再び大きな溜息をつくゆい


 「まあエロいってのは否定できないけどね。毎年毎年気に入った男の子摘み食いしてるんだから」


 「失礼ねぇ、ひと夏の恋と言ってよね。すーっごく尽くすんだから、私」


 「はいはい。で、何やらかしたの?」


 「……何もしてない」


 「何も? 何で軽蔑されるのよ」


 「それは……、強引に迫ったから?」


 「何を?」


 「ホテル……」


 「つまり、いつも通り教習コース外れてホテル街で誘ってみたと」


 「うん……」


 「で?」


 「スルーされた」


 「ほう」


 「私の事も見てくれないし」


 「運転中でしょ、当たり前だよ」


 「その後ずっと無言だし」


 「それは、そういう感じの子じゃない」


 「ロビーで会っても彼の顔が見られないの。目が合ったらと思うとドキドキしちゃって」


 「それはお主の問題じゃの」


 「ねえさき、私どうしたらいいの?」


 「どうしたらって……、そもそもあの子の何処がいいのよ。私には全然わかんないんだけど」


 「何処がって……、勿論顔よ。あとは……、女の子みたいな手とか?」


    それに、あの膨らみはきっと……


 「はいはい。でも今日で最後なんだよ? なのにずっとああやって一人で居るなんて考えられない。コミュ障ってやつだよ思うよ、あれ」


    嘘……

    最後って……


 「ひと夏の恋もいいけどさぁ、そろそろ真剣に考えないと……」


    今日で最後なの?


 「ねえ、聞いてる?」


 「えっ、うん……。ねえ、今日の担当、私にしてもらえないかな」


 「いいけど、大丈夫なの?」


 「うん。まだ諦めたくないかな」


 「そう。わかった」


 「じゃあ、私点検に行ってくるから」


 さきと別れ、教習車の点検へと向かうゆい。すると、先に点検に訪れていたじゅんが声を掛けてくる。


 「おはよう、ゆい。今日もナイスバディだね♪」


 「セクハラよ、それ」


 「それは本人の捉え方次第らしいよ」


 「だからセクハラだって言ってるの」


 「つれないなぁ。そうだ、ゆいが気に入ってるあいつなんだけど、好きな女が居るみたいだよ」


 「そらくんに?」


    いないって言ってたのに……


 「だからといってゆいの誘いを断るなんて勿体無いことするよな。いや、返事しなかっただけって言ってたかな。何れにしても、俺でよければ代わりに相手をするんだけど……、今夜どう?」


    誰なんだろう……


 「ねえ、彼の好きな人って……、ここに来てる?」


 「何、そんなに気になってるの?」


 「ねえ誰なの? 教えなさいよ」


 じゅんの胸ぐらを掴んで詰め寄るゆい。今夜どう、などといつものニヤけ顔だったじゅんなのだが、一瞬で表情を変える。


 「わかったって、絵梨菜えりなだよ。ゆいも担当したことあるよね」


 「絵梨菜えりなさん……」


    そういえば、 この前一緒にいたような……

    そうだ、昨日も 絵梨菜えりなさんと話してた……


 「これが、絵梨菜えりなもまんざらでもなさそうなんだよね」


 「そう……なんだ」


    何、相思相愛?


 「しかしまあ流石は童貞っていうか、焦れったくて見てるこっちも変な気分になってくるよ。ゆいで童貞捨てて自信つけてから絵梨菜えりなに告れってアドバイスしてやったのにさ」


 「何それ、最低ね……」


    でもそうか〜、童貞なのか〜神月こうづきくん♪

    童貞なんだ〜♪


 「肉食獣の目になってるよ」


 「うるさいわね」


    奪いたいっ!

    神月こうづきくんの童貞、奪いたいっ!

    でもなー、エロい女って思われてるんだろうなー

    こんな事考えてるんだから否定はしないけど。

    それに……

    絵梨菜えりなさんが神月こうづきくんの事想ってるなら、

    私は遠慮しないといけないのかな……


 「はぁ……」


    今日が最後のチャンスって、さきに頼んじゃったんだけど

    取り消してもらわないとかな……


 しかし、時既に遅し。整備を終えて戻ったときにはさきに仕組まれた担当表が書き出された後だった。

 そして、ロビーの入り口、いつもの定位置にはそんなボードを見つめるそらの姿が。


    今更変更したら感じ悪いわよね……


 「はぁぁぁぁぁぁ」


    いいじゃない、私を踏み台にしていきなさいよ

    しっかり自信を付けさせて、

    絵梨菜えりなさんの所に送り出してあげるわ!


 開き直ってそう決心するゆいなのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る