01.05.揺らぐ思い

 いつものように一人ロビーの入り口に佇むそら

 担当教官を待っているわけでもなく、朝からずっとそこに立ち尽くしている。


    斎藤さいとうさんだ……


 昨日じゅんからもたらされた情報により、ゆいが自分に好意を持ってくれていたのではないかという思いが湧き上がり、悶々と眠れぬ夜を過ごして今に至るのだが、いざ本人を目の前にするとそれを確かめる勇気が湧いてこない。


    やっぱりこっちを見てくれない……

    声なんか掛けても無視されて……

    皆んなの笑いものに……


 これで本日三回目。


    そもそも僕は斎藤さいとうさんの事をどう思ってるんだろう……

    美人で、

    胸が大きくて、

    綺麗な足、くびれた腰……

    って、エロい目でしか見てないじゃん……

    ……それだけじゃないって、

    女の人とあんなに話したのは初めての事だった

    内容はともかく、ドキドキしたけど楽しかったんだ

    僕は斎藤さいとうさんの事が……


 結局、ゆいをまともに見ることも出来ないまま接触のチャンスを逃してしまうのであった。


 ゆいが路上教習に向かうのと入れ替わるように現れたのは絵梨菜えりなだ。そらを見つけると手を振りながら近づいてくるのだが、隣には別の女子も居る。


 「神月こうづきー、今終わりか?」


 「まだ始まってもない」


 「はあ? まあいいや、こいつはしーちゃん……って知ってるか」


 「はじめまして、神月こうづきです」


    興味のない対象とはこんな風に淡々と話せるのにな……

    魅力的な人の前だと緊張して駄目なんだ……


 「どうも、はじめまして」


 「はじめ……まして?」


 はじめましての挨拶を交わす二人に驚きの色を隠せない絵梨菜えりな。それも其のはず、中学時代、そら静江しずえは付き合っているという噂になっていたのだから。

 今ほどではなかったにせよそらは他人に心を許す事はなかったし、静江しずえも大人しい性格で、当人たちから真相が語られることは無かった。そればかりか二人で居る所を目撃した生徒すら居なかったのだが、体の大きなボス的存在であるあかねがふれ回ったことにより、学校内では二人が付き合っている事になっていたのだった。


 「待った待った、二人は付き合ってたんじゃないのか?」


 「言葉を交わすのも今日が初めてなんだけど」


    この人だったんだ……

    好みじゃないんだけど……


 噂が立ってから六年を経て初めて認識した相手の顔。2クラスしかなかったというのに隣のクラスで顔と名前の一致している女子は2、3人のみ。

 それどころか同じクラスの女子、いや男子も含めて認識できていない同級生がいたぐらいだ、そらにとっては何も不思議なことではないのだ。


 「まじかよ」


 静江しずえを睨みつける絵梨菜えりな


 「あはは、あれは私の勘違いと言うか、人違いというか……、あかねに好きな人の名前を言えって脅されて、間違って君の名前をね。迷惑掛けたよね、ごめん」


    そういう事だったのか……

    あかねが絡んでるなら仕方がない……


 納得するそら絵梨菜えりな


 「でも〜、そのまま付き合っちゃえばよかったかも。なんか、すごそうね〜」


    ちょっと、何処見てる……


 そらが視線を感じたのは大分下の方だ。


 「だろ? しーちゃんもそう思うよな」


    だろって……


 「そうだ神月こうづき、この後時間あるか? 一緒にカラオケでも行こうぜ!」


 「まだ今日の教習終わってないから」


 「でも、朝からずっと居るわよね、そこに」


 「そうなのか?」


 「それは……、ちょっと気になることがあって」


    斎藤さいとうさんの事とか、

    斎藤さいとうさんの事とか、

    斎藤さいとうさんの事とか……


 「何、何、あたいでよきゃ力になるぜ!」


 「他人にどうにかしてもらうような事でもないから」


 「他人……か……。そうだな、じゃあ、また今度遊ぼうぜ。教習所、いつまでなんだ?」


    神月こうづき斎藤さいとうさんを待ってるんだ……

    結局何があったのか教えてくれなかったし……

    でも斎藤さいとうさんだったら今居たのに……

    何やってんだよ、神月こうづき……

    駄目なら駄目で諦めさせてくれよ……

    そうじゃないなら……


 絵梨菜えりなの中で嫌な感情が渦巻く。


 「多分、明日で最後かな」


 「明日……、でもまだこっちに居るんだろ?」


 「8月一杯は居る予定だけど」


 「わかった。また連絡する。頑張れっ!」


 「あ、ああ」


    何応援してるんだろ……、あたい

    斎藤さいとうさんに振られちゃえばいいのに……

    そしたら傷心の神月こうづきを落として……

    むふふ♡ ありかも!


 「顔が怖いよ、絵梨菜えりな


 「うるさいな。そもそもしーちゃんが名前間違った所為なんだから」


 「私? もしかして絵梨菜えりな……」


 「違うから。そういうことじゃないからねっ」


 「ふ〜ん」


 騒々しくそらの元を去っていく女子二人。一人残されたそらは、結局この日ゆいに声を掛けるとこができなかった。

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