01.04.助言

 いつものように担当教官が現れるのをロビーの入り口で待つそら


 「何であいつばっかり……」


 「全くだ。あいつが居る所為で俺らに一人もまわってこねーよ」


 「このままじゃ合宿終わっちまうよなー」


 例の男子学生三人組だ。

 話題にしているのはロビーに現れ、女子達の黄色い歓声に包まれているイケメン。斎藤さいとうさんと双璧を成す人気教官だ。と言っても、ゆいが男女問わず人気が高いのに対し、一方のイケメンは女子には大人気だが男子からは疎まれているようだ。

 既に何人か喰ってしまっているという噂である。


    行かないとか……


 女子たちの視線が突き刺さるのは目に見えている。だが、ここで待っていても自分を見つけてはくれないだろう。そう思ったそらは自ら歩み出る。憎悪が込められた針の山へと向かって。“なんでお前なんかが”、“いいから私と代われ”、そういった類の針がびっしり生えた処刑場とも言える場所だ。


    僕だって好きで彼に担当してもらったわけじゃない

    代われるもんなら変わってやりたいさ

    そういう仕組みを作るべきなんじゃないかな、ここは……


 「神月こうづき そら君かな?」


 「はい」


 「この後君を担当する諏訪園すわぞの じゅんだ。宜しくね」


 「宜しくお願いします」


 「そう緊張するなって。リラックスして……、おいおい、会話する気はないのかい?」


 そら視線から逃げるようにそそくさと教習車へと向かい、教習車に乗り込むと「はぁ」っと大きなため息をついた。


 「酷いじゃないか、折角の品定めの時間が台無しだよ」


 「待ってますから、どうぞ」


    噂は本当だったんだ……


 呆れ顔のそらだったが、教官は戻ろうとはせず、そのまま助手席に乗り込んだ。


 「で、どうだった? ゆいは」


 「斎藤さいとうさんのことですか?」


 「他に誰がいる?」


 「心当たりはありませんが……」


 実際、そらは三人組を始めとした合宿組の名前を誰一人として知らなかった。彼が知っているのは担当してくれた教官の名前、それに残念な再会となってしまった初恋の相手、それをもたらした佐藤さとうぐらいである。


 「隠す必要はないよ。抱いたんだろ? ゆいのこと」


 「そんなわけないじゃないですかっ! 寧ろ……、無視されてるぐらいですから……」


    いきなり抱いたとか、どうなってるんだよ、この人の頭……

    見た感じもそんな感じの人だけど……


 「俺の勘違いだったのか……、まあいい、教習をはじめようか」


    何の勘違いなんだよ……


 路上へと繰り出すそら。すると、そらが相槌を打とうが打つまいが、そんな事を気にすることもなく一人で勝手にべらべらと話し始めるじゅん


 「ゆいってさ、気に入った男に向ける視線が他の奴らに向けるそれとは違うんだよね。といっても、俺と違って片っ端からって訳でも無いから安心していいよ。ちなみに、俺は今シーズン、五人だ。ゆいの場合は、そうだな、だいたい1シーズンに一人ってところかな。気に入った奴とべったりって感じだね。ゆいが君を見る目つきからして今年は君だと思ってたんだけど……、俺の見間違えだったのか? ゆいとは路上行ったことだろ? ホテル街は抜けなかったのかい? ゆいに喰われた奴らから聞いた話だと、路上教習でホテル街を抜けながら “ネオンの色に惹かれちゃう?” なんて訊いてくるらしいんだけど」


    ホテル街……

    ネオンの色……

    ……僕が言われたやつじゃん!

    やっぱ誘われてたってこと?

    厳密に言えば、『じゃあ、こっちのネオンは?』だったけど、

    状況的にはホテルのネオンにって事だよね……


 「その表情……、君、ゆいの誘いを断ったのかい?」


 「断って無いですよ……。返事しなかっただけで」


 「断ったのと同じだよね、それ」


 「……」


    そういう事になるのか……

    じゃあ、僕と目を合わせてくれないのって……


 「勿体無い事したな。俺なんて何回頼んでもOKして貰えないってのにさ」


 「お願いしてるんですか……」


 「当たり前だよ。あんないい女、ほっとける奴はEDか男色だけだろうね。……もしかして、君……、俺はそっちの趣味は無いから。変な気は起こさないようにね」


 「僕も無いですから」


 「ならEDなのか……、若いのに」


 「そっちも否定しておきます」


 「だったら何故なんだ? “据え膳食わぬは男の恥” って言葉、知らないのかい? 仮にだ、仮に、他に好きな女が居るとしてもいい女に誘われたら応じるのが礼儀だと思うんだよね」


 「言ってる事がよくわかりません」


 「そうか……、君は童貞なんだね」


 「……」


 「図星みたいだね。どうしたらいい? こんな品祖なので軽蔑されないかな……いや、立派そうだね。兎に角だ、そんな下らない事をうだうだ考えてる暇があったら経験豊富なゆいお姉様に筆おろしさせてもらった方がいいと思うよ。手とり足取り、それはもう丁寧に教えて貰えるだろうさ、色々とね。惚れた女に告るのはそれからでもいいんじゃないかな?」


 この日の路上はそんな感じの会話をしただけだった。コースの指示以外は何のアドバイスも指導もなく、何となく運転して教習所へと戻ってくる。


    いいのかこれで……

    大丈夫なんだろうか……


 免許が取れるのか不安になってくるのだった。


    アドバイスは貰った……のかな


 少なくとも、悶々と無視されていることを気にしているのが無駄だと思えるような情報は貰えたのだろう。

 問題の原因はわかった。後は行動するかどうかだ。勇気を出して男になるか、それとも、このまま何事もなく卒業し全てを忘れるか。全てはそらの行動次第なのである。


    斎藤さいとうさんに謝ってもう一度……

    でも、もう気が変わってるかもしれないし、

    他の誰かを見つけてるかもしれない……

    だったら頑張ったって……


 どうするべきかと思考を巡らせながらロビーへと向かう。


 「神月こうづきー、今日は じゅんとだったのかー」


 「あ、うん」


 「どうした? じゅんになんかされたのか?」


 別に何かをされたわけではない。ただ ゆいの事を考えていただけなのだ。


 「嫌だなあ、絵梨菜えりな。俺は女の子にしか興味はないよ」


    “じゅん” に “絵梨菜えりな” か……

    名前で呼び合ってるんだ……

    新井あらいさんもこのイケメンに……


 などと、二人の顔を交互に見ていたのだが……


 「……なるほどね。そんな目で見なくても絵梨菜えりなとは何もないよ」


 と、勝手に何かに納得するじゅん


    別に何かあっても僕には関係ないけど


 「神月こうづき……」


 そんなじゅんの言葉に、じっとそらを見つめる絵梨菜えりな


    何……


 「おいおい、絵梨菜えりなもかい? そういうことならゆいには俺からそれとなく言ってあげてもいいけど……、どこまでいってるんだい? 二人は」


    絵梨菜えりなも……、そういうこと? ……はあ?


 「絵梨菜えりなもって何だよ……、な、ないから……そういうの。何にもしてねえし、なあ神月こうづき


 「そうですよ、あるわけないじゃないですか」


    あの頃の新井あらいさんならともかく、

    今目の前にいる新井あらいさんじゃね……

    それに……


 「ゆいさんの件は大丈夫ですから。自分で何とかします」


    余計なことされたらややこしくなりそう


 「今日はありがとうございました」


 「あっ、待てよ神月こうづき斎藤さいとうさんと何かあったのか?」


 その場を立ち去ろうとするそらを慌てて追いかける絵梨菜えりなそらゆいに何があったのか気になって仕方がないのだ。


 「何もない」


 「けちけちしないで教えろよ」


 絵梨菜えりながしつこく付き纏うも、迷惑そうに足早に帰宅の途につこうとするそらなのだった。

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