第4話 犬も歩けばボーイを笑う②
"送り狼"という怪異をご存知だろうか?
親切を装って女性を送っていき、途中で隙があれば乱暴を働こうとする危険な男のことを示す言葉。
否、そんな下賤な意味ではない。
もう一つ、この言葉には意味がある。
東方の田舎村ではこのような怪異が口伝されている。
人の後をつけてきて、隙を見て害を加えられると考えられるとされる狼が山中にはいる。
そして、その狼は時として危険から護衛してくれる友好的な態度を示すのだと。
これこそが"送り狼"。
なんとも素晴らしき怪異だ。
だというのに、いや、だからこそ彼らは滅びた。
一匹の送り狼の血を引き継ぐ少女を残して。
☆
「いやぁ食ったのぉ〜!」
「食ったのはお前だけだろうが!」
僕果実酒しか飲んでいない。
お金を出したのは僕なのに、だ。
「気にしない気にしない!」
「………ま、いいけど。」
酒場を出た僕たちはロンパルンの町を歩いていた。
腹が膨れたから上機嫌なのだろうか?ランの尻尾はこれでもかと揺れている。いやもう回っていると表現していいだろう。その姿、まるでオスプレイ。
…オスプレイってなんかエロいな。
だって、オス-プレイはもう=メスじゃないか。
いや待てよ、プレイ-オス=メスなのか?
じゃあオス-プレイは=(-メス)?
(-メス)はそれすなわちオスなのでは?
いやもしかしたら絶対値なのかもしれない。
そしたら-メスはただのメスになる。
ただのメスってもう響きがエロいよな、デヘヘ。
「締まりの悪い顔じゃの。」
「悪かったな。」
僕が下賤なことを考えていたのを感じたのかランが振り返る。僕の顔を見るなり呆れた目を向けてくる。
なんて失礼なやつなんだ。
「はぁ。それで、本当にどうするんじゃ?これ以上先延ばしするのは頂けないぞ。」
「え?…そうだな〜。」
「…………」
僕の気のない返事にランが尾をペチペチと当ててくる。そしてキュッと尻尾を絡めてきた。
どうやら彼女のなかではもう次の行動は決まっているらしい。そして僕はなんとなくそれを察している。
「…わかってるよ。さっきの人攫いの話だろ?」
「探るか?」
「探るにしても情報が少ないだろ。それに僕たちがでしゃばるとなるとカンジさんたちが黙ってない。」
「む……」
「それに…なんでわざわざ知らない人たちのために戦わなきゃいけないの?労力の無駄だろ。」
「………」
ランが徐々に絡めていた尻尾の力を強めていく。このままじゃ捻じ切れそうなぐらいに。十中八九、自分たちで解決しようと言うことだろう。
正直、僕にはここで自分たちが動く意味がわからない。人攫いの事件なんて世界中で起きているわけで、ここで僕たちが動いてもただ少し被害が減るだけだろう。それはこの世は弱肉強食だ。奴隷になった者は自らの運命を呪うだけの話である。
だがしかし、これ以上突っぱねたらホントに体が捩じ切れて無くなりそうなのも事実であるわけで…。
「だぁ〜もうっ!わかったよ!カンジさんには内緒な!」
「アイアン!」
僕が根負けするとランが嬉しそうにこちらを見る。結局カンジさんに怒られるのは僕ってことわかってんのか?
(いや…待てよ。)
僕の中で閃光が走った。この人攫いを捕まえることはカンジさんに怒られても釣り合うほどに僕にとって価値があるのではないか?
(今ロンパルンの皆は…いや、ロンパルンの美女たちは人攫いの恐怖に苦しんでいる。そこを僕がさくっと解決すれば一躍この街のヒーローになれるんじゃないか?そうすれば美女たちは僕の活躍に胸をときめかせて……よし!)
僕はランに向けて肩をすくめて見せる。
「いいか、ラン。これはチャンスだ。」
「え、チャンス?」
「そう、モテチャンスだ。」
「モ、モテ?お主さてはまた卑しいことを考えて…」
ランが顔を顰めながら僕に何か言おうとしたその時…。
「キャアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
「「!?」」
甲高い悲鳴がした。
「さっきの酒場からだ!」
「ず、随分とあっさり解決しそうじゃの!」
「それにしたってタイミング良すぎるだろ!」
ランと頷きあい、二人で駆け出す。
「すいません!ちょっと!すいません!」
通行人に迷惑そうな顔をされながら僕たちは走っていく。おそらく先ほどの悲鳴は聞こえていないのであろう。
当然だ。ランと僕ほどの聴力を持つ者など、ポーター以外ありえないのだから。
「大丈夫か!?」
酒場につき、勢いよく扉を開ける。酒場を覗くとあの天員ちゃんが泣きながら、ある紙片を持っていた。
「どうしたんじゃ!」
「こ、これ…」
ランが駆け寄ると天使ちゃんが紙片を力なく渡してきた。ランは引ったくるようにそれを手に取り読む。
『助けて』
その紙には、焦って書いたような稚拙な字でそう書かれていた。おそらくあの小さい子が書いたのだろう。
「アイアン!これ!」
「待って。」
慌てた様子のランを抑え、僕は天使ちゃんの元へ赴く。
「店員さん。これはどこに?」
僕の声に反応した店員さんは肩を震わせる。
僕は店員さんの肩を強く握り、前を向かせた。
「大丈夫。息吸って、ほら、息。」
「……っ……………!」
店員さんはぎこちなく息を吸う。
「吐いて」
「……っ………はぁ、はぁ。」
呼吸が落ち着いてきた。
「教えて、これはどこにあったの?」
「わ、私と妹が共同で使っている部屋に落ちて…て。」
「店の客に紛れてたのか……」
「犯人の姿は見た?」
僕が聞くとハッとした顔になる。
「か!顔は…見てない…けど……」
「けど?」
「刺青が……肩に刺青がありました!青の鮫の!」
「「!」」
店員さんがそう言った途端、僕とランが動く。
「ラン!あいつだ!青鮫の刺青の男!匂いは覚えているか!」
「ああ!勿論じゃ!………む!見つけた!見つけたぞアイアン!」
「よし!」
僕は店員さんに笑いかける。店員さんはその顔を見て店員さんは肩の力を抜いた。
「大丈夫、妹さんは絶対に助けるから……ラン!」
「わかってる!目的地は海の上の小舟じゃ!」
ランが目を瞑り何かを探るように手を広げた。
俺はランの肩を掴む。
「送るぞ!」
瞬間、俺たちの体が消えた。
☆
青い海に浮かぶ小舟。その上には怪しい風体をした男と目に涙を浮かべる少女がいた。
「へへへ、いくら叫んでも助けは来ないぜ?嬢ちゃん。うへへ。なんせここは海の上だぁ。」
「ひっく、ひっく。お姉ちゃん………」
「嬢ちゃんみたいなかわい子ちゃんは高く売れるんだよなあ。大丈夫!運が良ければちゃんと寿命全うできるからさ!その頃にはダルマになってるかもだけどよぉ。」
少女は、刺青を彫った恐ろしい男を見上げた。
少女はなぜ自分が海の上にいるのかも、『ダルマ』の意味もわからなかったが、自分が死ぬかも、否、死ぬより恐ろしい目に遭うかもしれないと言うことは理解していた。
突然の出来事だった。
おかしな男女二人組の客と別れた彼女はそのあと、酒場の看板娘として元気に働いていた。いつも通り穏やかな日常だった。賑やかで少しだけ騒がしいくらいなこの街。
しかし少女を一枚の大きな麻袋が襲った。店の手伝いを休憩しようと店の奥の自室に戻ろうとしたときに突然襲われたのだ。当然抵抗したがまだ幼い少女の腕力にできることは少ない。気がつくと少女は海の上だった。
私は売られるんだと考えると涙が出て止まらない。
「助けて……誰か……………」
「はっ!だから誰も助けに来ないってんだよぉ!」
少女は助けを求める。しかし刺青男の言う通り自分の悲鳴に応えてくれる人は誰もいない。
少女が諦めかけたそのとき…。
「その子を離せ、極悪非道な下等生物が。」
「「!?」」
瞬間、少女は確かに見た。
刺青の男の背後に現れた黒穴。
その中から突然現れた一人の可憐な女性を。
「あ……」
「な……」
そして少女はその姿に先ほどの客を思い出し、刺青の男は目の前の女が先ほど街であった女であることに気づいた。
「さっきのお姉さん!」
「!…こら!暴れるな!」
刺青の男が慌てふためいて少女を抱き留める。一瞬たじろいだものの、現れたのが女だと知ると途端に彼は平常心を取り戻した。
「は!お前がどうやってここまできたのか知らねぇが!女一人に何ができる!」
男はそう言って傍のナイフを構えた。
「ひっ!」
少女が怯えたような声をだす。
その声に可憐な女性のこめかみに青筋がはしった。
「アイアン、少女を頼むぞ。」
「…あいよ、ほどほどにな。」
「!?」
刺青の男の背後にもう一つ人影が現れた。それは先ほど自分が恫喝した間の抜けた顔をした女顔の青年だった。
そして驚くべきことに青年の腕の中には先ほどまで刺青男が抱えていたはずの少女がいた。
「え…?」
これには少女もびっくりである。
「ほら、レディ。僕の胸は温かいだろ?なんならこれから先ずっと僕が面倒みて…あ、すいません。」
「あ…さっきのお兄ちゃん。」
自分を抱えているのは先ほど酒場にいた青年だった。残念な彼は今もケモ耳のお姉さんに睨まれてびくついてる。
「おい!」
そのとき、青年の姿に驚いていた刺青男がハッとしたように叫び少女とアイアン目掛けて走る。
「お前ら!そいつは俺のもんだ!俺の商品に触るな!」
「遅いぞ。」
「!」
刺青男は止まった。いつのまにか可憐な女性が自分の肩を掴んでいることに気づいたのだ。
その瞬間、二人の姿が消えた。
☆
「"送り狼"ラン、狼の獣人種の生き残り。狼特有の屈強な身体能力と探査能力。そして、対象物質を他所に"送る"ことができる固有魔法『狼々廻』。」
人も建物も、声も力も、死という概念さえランは送り飛ばし、取り替え、掻き消し、最強へ至った。
(あの刺青男も可哀想だな。)
ランはあの男をどこに送ったのだろうか?考えただけでも恐ろしいことこの上ない。
僕は冷や汗をかきながら、少女に目を向ける。この後のことを考えると早急に癒しが必要だ。でなければ僕の胃袋にハート型の穴が開いてしまう。
「きゃわわぁっ!?」
ハート型になったのは僕の目ん玉だった。
少女はそのまんまるの瞳をこちらに向けてポカンと僕の顔を見上げている。なんてcuteなgirlなんだ!え?天使?
しかもなんだこの子…泣いてるだとぉ〜!?
おのれ!あの刺青野郎!許さん!!!
「さぁレディ、僕がきたからにはもう安心だ。僕の胸に飛び込んでおいで!」
「え?え?」
「さぁ、ガール!僕と激しく抱き合おう!」
「あ、え?」
戸惑う少女。僕はゆっくりとその体に近づいて……。
「なにしとんじゃ、われぇ!?」
「ぎゃあああああ!!!!!」
殴られた。
渋々と殴ってきたそいつを見るとフサフサの尾を揺らしながら仁王立ちしていた。
「ラ、ランさん…随分早いお戻りですね……。」
「おい主。その少女から手を離せ。」
「あ、はい。」
僕は泣く泣くmy angelから手を離す。
「おお、おお少女よ、怪我はないかえ?」
「う、うん!」
少女に優しく話しかけるラン。少女も僕よりランの方が馴染みやすいのだろう、少しだけはにかみながら頷いた。
「あ、あの…ランさん。」
「なんじゃ!」
「いや…」
えぇ……そんな怒んなくても良くない?
年端もいかない少女に僕と言うスーパーイケメン大先生の姿を焼き付けてまた再会したときに運命の出会い的なセッティングしようとしただけなのに……ん?
「ラン、そういえばさっきの奴どこに送ったんだ?」
「んー?空に置いてきた。」
「は?」
空?どこの空?ブルースカイ?ブルーハワイ?
パ、パーフェクトブルー…?
「空ってどこのそr」
「じゃあなアイアン!」
「え」
「妾たちは先に陸で待ってるから!」
「え、ちょっと待っ」
僕が言い切る前にランと少女が目の前から消える。有言実行、陸に向かったのだろう。
「ん?」
そのとき僕の頭上に影が差した。何度も言うようにここは海の上であり、光を遮るものなど何もない。
空から落ちてくるコワモテの男以外は。
え?なんで?なんでピンポイントで僕の上落ちてきてんの?偶然なの?それともランのせいなの?
あ、意外とまつ毛長いんだこの人……。
「いやなんでだあああああああああああ!!!!」
水柱が上がり、キラキラと水飛沫が光る。それに伴い大破した小舟の木片と、半裸の刺青一般男性が空を舞う。
綺麗だなぁ。
僕はプカプカと水面に浮かんだまま、既に瀕死の青鮫の刺青の男を逃さないために手を繋いでいた。
☆
「ご、ご協力感謝いたします!」
国軍の一人が僕に頭を下げる。その顔には僕への不信感が浮かんでいた。びしょ濡れの男が巷で噂の人攫いと手を繋いで出頭してきたのだから当然である。
「いえ…お気になさらず。」
気にしないでくれ、ていうかいっそのこと忘れてくれ。
あのあと、青鮫の刺青男を引きながら泳いで街まで帰ってきた僕はロンパルンの派出所に訪れていた。
国軍兵士の皆が僕を注視している。なんだよ、そんな不審者を見る目で見やがって。好きでこんなびしょびしょになってるわけじゃねぇよ。
「はぁ…」
僕はなんとも言い難い気持ちを抱えたままロンパルンの派出所を後にする。
(げ、もう夕方じゃんか。)
西日が眩しいわぁ。
「お疲れ様じゃの。」
「おいこら。」
聴き慣れた声に悪態をつけながら振り返ると派出所の扉の傍、壁に寄りかかるようにランが立っていた。
これほど嬉しくない出待ちは初めてだよ。
出待ちされたことないけど。
「お前なぁ!意地悪も度が過ぎるとかわいくないぞ!見ろよこの服びしょびしょじゃねぇか!」
「良かったのう、水も滴るいい男じゃ。いつもの倍かっこいいぞ?」
「え、まじぃ?」
何?今の僕かっこいいの?もしかしていい感じ?街のみんなが僕のことチラチラ見てるのもそういうことなの?
「…今回の件は水に流そう。それで…あのロリっ子はどうしたんだ?」
「無事に酒場に送り届けた、今は安心して眠っているはずじゃよ。お礼にただで飯を食べさせてくれるらしいから主を迎えにきたところじゃ。」
「そりゃどうも。」
僕はランに手を伸ばす。ランが一定以上の大きさをを"送る"ためにはその物質に触れていなければならない。なので彼女に送ってもらうときはいつも手を握っているのだ。
ランも当然のように僕の手を握る。
「そういえば…」
「え?」
「お主の言ってたモテチャンスって結局なんのことじゃったんじゃ?」
「あー…」
そう言えばそんなことを言った気がする。なんだこいつ、僕の天才的策略がそんなに気になっていたのか?なんだよ、かわいいところあるじゃないか。
「ラン、いいことを教えてやる。」
「え?」
僕は胸を張り、ランに向けてサムズアップ。
「僕が人助けをする理由、それは女子からの好感度UPただひとつだけだ!」
「……は?」
僕が誇らしげに言うとランが僕を白い目で見てくる。そのまま思わずと言った風に僕の手を取りこぼした。
「だ、だから人攫いを捕まえようとしたのか?」
「運命の相手はどこにいるかわからないからな。もしかしたら今すれ違った人がそうかもしれないだろ?常日頃から僕は好感度溢れる爽やかイケメンでいたいのさ。」
「………」
「ラン?」
なぜか黙り込んでしまったランを不審に思い名前を呼ぶ。呆れたにしてはいつもと感じが違うみたいだ。
「な、なあ…。」
「なんだよ?」
「…わ、妾はお主に恋人なんて作ってほしくないって言ったらどうする?」
「え」
僕は驚きランを見る。ランがそんなことを言うのは初めてだった。賑わう街並みのなかランの頰は少しだけ赤い。
「…どゆこと?」
「だ、だから…妾がいるじゃろ的な……」
「!?」
僕は愕然とした顔でランを見る。こいつは何を言ってるんだ?僕の話の何を聞いていたんだ!?
「ラン!もう一度言うぞ!僕は恋がしたいんだ!」
「いやだから…妾と恋すればって」
「?…いやお前とはできないけど。」
「ぽ」
僕とランは出会った時にいくつかの約束をした。その約束のなかには『僕とランはお互いに恋愛感情を持ってはいけない』というものもある。
まあ、約束なんかなくてもランは僕のこと恋愛対象に見られないって何回も断言してるし、僕にその気があっても突っぱねてくるだろう。
「そ、そうか。あはは…そ、そうじゃよねぇ…。」
「? お、おい大丈夫か?」
「約束じゃもんね………はぁ。」
なぜかランが死んだ魚の目をしている。なんだ、何かショックなことでもあったのだろうか?
僕が不思議に思っているとランが僕の手を握ってくる。
「…さっさと行くぞ。」
「お、おん…?まぁお前がいいならいいけど。」
仏頂面をしたランの手を握り返し、酒場まで行こうとしたそのとき…。
『ぷるるるるるるるるるるるるるるる』
「「!」」
電話が鳴った。
「ん、妾のじゃな。」
「誰だ?」
「? 非通知じゃの……はいもしもし。」
ランが僕の手を握る手とは違う方の手で電話に出る。
『あーこちら、ポーター本部。』
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