第5話 ポーターと人生の墓場
商業都市 ロンパルン。人の賑わうこの場所で何とも数奇な光景が繰り広げられていた。
一組の男女がその場にはいた。絶世の獣人美女と、顔は良いもののそこはかとなく残念な雰囲気の女顔の男。
その男が美女に抱きついて泣き喚いているのだ。
その異様な光景に誰もが凝視しながら通り過ぎていく。
「嫌だよおおおおおおおおおお!!!!!!
本部嫌だああああああああああ!!!!!!
行きたくないですうううう!!!!!!!」
なんとまあイヤイヤ期の男の子もびっくり!
その男は恥も外聞もついでに矜持も捨て置いて地団駄を踏んでいた。それは見事なまでの地団駄である。
否、それはもう地団駄ではなく
「これ!アイアン!シャキッと立ちぃ!ぶつぞ!」
そのとき、美しき獣人が拳を振り上げ、そのまま一直線に赤ん坊男に振り下ろした。
ゴッ!
「痛っ!?」
そう、ぶったのである。ぶつと宣言してコンマ0.5で手を出したのである。
なんとまあこれにはムチムチのS嬢もびっくり!
さて、アイアンと呼ばれた人間の恥はどこのどいつだろうか?さぞや間抜けな顔をしているだろう。なんて……
「僕じゃ〜〜ん!?!?!?」
「ア、アイアン?どうした?ついにイカれたか?」
誰かさんに頭ぶたれたせいだぞ?イカされたのは。
いや、イカされたってそういう意味じゃ……もう!ランさんの破廉恥〜〜〜!
ゴッ!
「え、な、何で殴ったの?」
「もう一回殴れば治るかなって……」
ランさん破天荒〜〜〜!
僕はランの力を借りて立ち上がる。パッパッと埃を払い何事もなかったかのようにランに聞き直す。
「それで?カンジさんに呼ばれたんだっけ?」
「……おお、相変わらず立ち直りが早いのぉ。そうじゃ、さっき連絡がきた。」
隠すことでもないので開示するが、"カンジさん"ことカンジ=コワモテは『栄光へと導く大いなる架け橋(ポーター)』の顔役、つまりはリーダーである。
わずか9名だがそれぞれが爆弾級にやばい僕たちポーターをまとめられるのは彼しかいない。それほどまでに彼は多くの経験を積んでおり、また人格者なのだ。
「カンジさん怖いから会いたくないんだけど…ランちゃんだけ行ってきてくんない?」
「前もそう言って怒られてたじゃろ?それに…お前がどうしても村にいたいっていうから容認されてたんじゃぞ?」
「え?」
「お前がナンパするために村を出たこと、カンジさん知ってたぞ。」
「………ハルカか、あの
「わかったなら"送る"ぞ?嫌なことは早く済ませた方がいいんじゃから。」
「なんだかんだランもカンジさんと会うの嫌なんだな。」
「そりゃ嫌じゃろ、怖いもん。」
「わっかるぅ〜何であんな怖いんだろ〜〜〜!」
「新人だからって妾らのこと舐めてるよなぁ!」
ポーターのなかでは二人とも新人なので肩身が狭いのだ。本部に行く前にこれでもかと悪態をつく。そうじゃなきゃこんなブラックな仕事やってられない。
「くぅ〜!でも辞める勇気も出ないんだぁ!デメリットばっか考えちまう!!」
「現代社会の闇じゃの……そろそろ行くか。」
ランが僕の肩に手を回してくる。
あ、と思った時にはもう遅い。
パッと。
気づいたら僕の目の前の景色がガラリと変わった。
この雰囲気、間違いない。
「あ〜〜空気が重いぃ〜〜〜」
「この際泣き言言うんじゃない。」
ランが僕の襟首を掴み無理矢理引っ張る。
ロンパルンから移動した僕たちはとある街のBARの前にいた。言わずもがなポーターの基地である。
みんな国の依頼で金はがっぽりと稼いでいるものの、誰もこの古ぼけたBARに文句を言わない。
文句を言う奴もいたがカンジさんがBARってかっこいいじゃんと言ったことで丸く収まった。
っていうかいちゃもんつけたのは僕だ。
BARかっこいいよな…昔の僕は若かったんだなあ。
カロンコロンと音が鳴った。
☆
「あら、アイアンちゃんにランちゃん!お久〜〜!」
「お久なのじゃ、ハルカ。」
「お久じゃねぇよハルカ…お前俺の美しき門出をへし折りやがって…」
BARの扉を開け僕たちを出迎えたのは見た目10歳ほどの少女だった。背中に担いだ薔薇色のランドセルと独特なオネエ口調がトレードマークである。
ハルカ=ビエトイロ。見た目10ちゃい。実年齢63歳。寿命なし。人生15周目。種族ヒトデナシ。
それが彼女のプロフィールである。
ヒトサライの次はヒトデナシか…やれやれ、ヒトデって美味しいのかな?
「だって〜!カンジちゃんがポーターの動向はチェックしておけ!って〜!新しいコスメ買ってあげるって言われたんだも〜ん!」
「ア"ア"ア"ッッッッ!!!」
僕のストライクゾーンはかなり広く設定されている。
ピンからキリまで、赤ん坊から老婆まで。
そんな僕にも耐え難い女がいる。
「1563歳の原始人BBAだ…ゔっ!?」
ゴワシッッッッ!と頭を握られる。
「痛いです。ごめんなさいです。ハルカちゃま。」
「アイアンクローじゃな。初めて見た。」
アイアンをクローしてるからアイアンクローってね!って誰がアイアンや!いや、アイアンは僕だ。
とりあえず、ハルカ=ビエトイロはとんでもなく若づくりだというだけを覚えておいてほしい。
「で?ハルカさん。カンジさんはどこじゃ?」
「何って…ずっとそこいるじゃない。」
「「え?」」
僕とランが同時に聞き返すと、店の奥の深紅のソファーとその周囲の空間が渦を巻くように歪んでいく。
そして一人の人影が浮かび上がり始めた。
「よう、アイアン、ラン。」
「げ。」「ゔ。」
深紅のソファーに腰を掛け、僕たちの目の前でワインを嗜んでいるのはワインレッドのワイシャツのボタンを上から三つほど外した大胸筋パンパンのナイスガイ。
彼の誇りであるツーブロックの髪型はワックスでガチガチに固められている。
「もう!カンジちゃん!また店のワイン勝手に飲んで!」
「いいだろ?俺の店のワインじゃねぇか。」
そう、この人こそがカンジ=コワモテ。我らがポーターの絶対的リーダーであり、このBARのオーナーだ。
僕は彼の姿を見てため息をつく。
(この人から出るモテ男オーラまじで気に食わないんだよなぁ。既婚者の癖によぉ……。)
僕がうらみがましく見つめているとカンジさんがにんまりとして顔でこちらを見た。
「どうしたアイアン?そんな俺のモテ男オーラが気に食わないみたいな顔して。にじみ出ちゃうんだから仕方ないだろ?あーあ、お前にも分けてやれればよかったのにな。」
「なっ!?く、くそっ!なんだ!?何が足りない!胸筋か!?ツーブロックか!?ワインレッドか!?」
「お前は童顔で女顔だから似合わねぇよ。ほら、座れ。今日は俺の奢りな。」
器でさえも勝てないというのかカンジさんよ。
「奢りじゃと?アイアン早く触れ!妾は酒も好きだぞ!」
「アイアンちゃんはパステルカラーが似合うんじゃない?今度一緒にショッピングに行きましょ!」
「あんたのセンスは1550年くらい遅れてアダダダダダダダダダダ!?!?!?」
そんなこんなで僕たちはBARの椅子に腰掛けた。僕の隣にラン。向かい側にカンジさん。少し離れたところにハルカが座っている。
「で?要件はなんすか?」
僕はそう言ってオレンジジュースを口に含んだ。何を隠そう僕は未成年なのだ。ちなみにランもそうだがこいつは全然酒を飲む。いや、飲めてはいないが。
僕の問いに対し、カンジさんは片眉を上げてみせる。そして彼もまた目の前の赤ワインをごくりと飲み込んだ。
「その前に、一言いわせてくれ。」
「え?…なんすか?」
バッとカンジさんとハルカが何かを取り出し、そして僕の方への向けて放った。
パーン!
「「アイアンくん!ご失恋おめでとう!」」
二人の手に握られていたのはクラッカーだった。え?何?パーティーなの?僕の失恋は何かの記念日なの?
「いいかアイアン。失恋が男を強くするんだ。どんどんフラれていけよ!」
「いやなんで僕がフラれる前提なの?」
「アイアンちゃんにあんな子は似合わないわよ。ゲテモノにはゲテモノしか釣り合わないんだから!」
「それどっちがゲテモノなの?」
何がしたいのこの二人。未成年いじめて楽しいか?楽しいんだろうな、大人の醍醐味だもんな。
ちなみにランは話には入ってこない。もう酔い潰れて使い物にならなくなっているのだ。何を隠そうこいつは下戸である。酒好きの下戸なのだ。
「つーかハルカ!お前どこから見てやがった?なんで僕の素晴らしき旅立ちのことを知ってたんだよ!」
「勇者パーティがアイアンちゃんの村に訪ねてきた時からよ。面白いものが見れると思ってカンジちゃんたちと一緒に酒飲みながら観てたわ。」
「いやあ…手に汗握る展開だったな。お前がフラレたときは思わず声を上げてハルカとビールをかけあったぞ。」
僕の失恋エピソードをなんかの試合だと思ってない?酒の肴にされてたの?僕の失恋を?
「そのあとアイアンちゃんが腹いせにお猿さんを倒してたのも見てたわよ。」
「八つ当たりは良くないぞ?」
「働け!大人ども!!!」
僕がオレンジジュースを勢いよく置いたせいで大きな音が鳴った。ランの体がビクッと震えたがこいつは一度寝たらなかなか起きない。
「……ったく!僕の失恋はいいんだよ掘り下げなくて!このまま淡くて苦い青春のメモリーズにするんだから。」
「時々思い返してはセンチメンタルな気分になるやつな。」
「男は感傷的な自分が好きなだけでしょ?馬鹿馬鹿しいわよ本当。」
「え?ハルカ何かあったの?」
「また客の恋愛にアドバイスしてのめり込んでるんだろ?」
「ああいつものやつか…じゃないんだよ!要件を言えや早く!」
一向に話が進まない。わかってる。僕は今日もこの大樹並みに生きてる二人の話を聞きながら夜を明かすのだろう。まだ未成年なのに。
「なんだよ。お前も可愛げがなくなったな…昔はもっと静かでかわいく笑う奴だったのに今はもう…。」
「あの頃のアイアンちゃんは死んだのよ、カンジちゃん。」
「だあああああ!!話を進めろ!!!!!」
「ふぇ!?」
僕が絶叫するとランがびくりと体を震わし、そのままいびきをかき始めた。呑気でいいなお前は。
カンジさんがワインを一口飲む。冗談はやめてちゃんとした話をしようという彼なりの合図だ。
「お前、この前青鮫の刺青を彫った男を倒しただろ?」
「え」
青鮫の刺青……ロンパルンでランが懲らしめたやつか。それが一体なんだと言うのだ?
「最近この国で禁止されているはずの奴隷売買が横行しているって話は聞いてるか?」
「え、ああ。ランから一通り。」
「調査したところ、この国で起きている奴隷売買は全て同じ組織が影から率いているという情報が手に入ってな。各地で人を攫っては富裕層に高値で売りつけて儲けている立派な犯罪者集団だ。」
カンジさんはそう言って小休止という風にワインを飲む。
「人攫い……」
「馬鹿なお前でもわかったか。そうだ、お前たちが捕まえたあの男はその犯罪者集団の一員にすぎない。組織の名前は"青鮫"、その規模は日々大きくなっている。」
「……………」
嫌な予感がしている。そう、これは不当な仕事を現在進行形で押し付けられているようなそんな感覚だ。
僕が眉根を寄せながらカンジさんを見ていると、いつのまにかいなくなっていたハルカが店の奥からワインレッドの封筒のようなものを持ち出してきた。
それはポーターが国家政府から任務を受け取るときの一種の儀式だった。封筒の名を"
「………どうも。」
僕は顔を顰めながらその封筒を受け取り、開いた。そして流れるように椅子から崩れ落ちる。
「んぎゃあっ!?てきしゅーかっ!?あいあん!」
その拍子にランの尻尾を踏んづけてしまったらしくランが起きてしまった。べろんべろんのまま混乱しているランをよそに僕はカンジさんの足に縋りよる。
「カ、カンジさん僕今傷心中なんですよ?こんな大きな仕事できるかな〜?できないと思うけどな〜!?」
「仕事に打ち込めばいいだろ。お前の恋人は仕事だ。」
「いやいや女につけられた傷は女にしか癒せませんって!仕事なんて嫌だあああ!!!」
「も〜大丈夫よぉ!安心してアイアンちゃん、その仕事ちゃんはバストサイズ東京ドームよ。」
「バケモンじゃねぇかっ!?」
「だああ!うるせぇなっ!!だいたい今までサボりすぎだったんだよ、お前。召集かけても来ねーし。」
「どっちみち旅する予定だったんだしいいじゃないのよ〜!どうせ次行く場所が決まんなくてランちゃんに急かされてたんでしょお?」
「ゔ、ハルカ!お前また見てやがったな!?」
「見なくてもこれぐらいわかるわよ〜!」
「それにしてもこれはあんまりだ!!」
そう言って僕は封筒の中身を広げて二人に見せた。
『アイアン様、ラン様両名に命ずる。犯罪組織"青鮫"に潜入し、壊滅させよ。』
「壊滅はいいんすよ!なんすか潜入って!長期任務確定じゃないっすか!!」
「大丈夫だ、お前たちなら大丈夫!」
「……僕たちをなんだと思ってるんすか?」
「残念なやつと馬鹿。」
「え?泣きますよ?」
「泣け。」
「ラ〜ン!カンジおじさんがいじめてくるよぉ!え〜ん!」
「ん〜〜…うるちゃい!」
酔っ払っているランに払いのけられた。
「ていうか!僕はこれから運命の女の子を探しに行くので忙しいんですよ!仕事なんかしてる暇あるわけないじゃないですか!」
「よくもまあ上司の前でそれを言えるわよね。」
僕の反論にカンジさんが嘆息し、ワインを一口含む。
「はぁ、お前運命の女の子ってやらを見つけてどうするんだよ?」
「結婚します。幸せな日々を送ります。子供は7人作ります。」
野球チームの誕生だぁ!
「ふ」
カンジさんが笑った。嘲笑だ。なんでナチュラルにそんな笑いできるの?
「いいか、アイアン。いいことを教えてやる。」
「え?なんすか?」
「結婚はな、人生の墓場なんだよ。」
僕は、崩れ落ちた。
「それは…どういうことで?」
「出会い、愛を育み、結婚する。なんとも素敵なことだと思う。だがしかし、結婚していくばくかすると相手の好きなところも鬱陶しくなるんだ。」
「そんなわけないじゃないですか!だって好き同士なんすよ!?」
「お前!この!」
ゴッ!
「え?なんで殴ったの?」
「なんで殴られたんだ!」
「酷すぎるわ!」
「お前…俺が今朝嫁になんて言われたかわかるか?」
「いや…わかりませんけど。」
「『あなたのそのフェロモンなんとかならないの?胸焼け起こしそうなんだけど』だとよ!」
「え、な、あ」
「嫁の好きなアイドルを知ってるか!?塩顔イケメン集団"ソルターズ"だってよ!俺はソース顔だよ!濃厚ソースだよ!馬鹿野郎がよぉ!」
「あ、ああ、あばばばばばばばばばは。」
「あ、アイアンちゃん壊れた。」
バイブのように震える青年と、一升瓶を抱えながら眠る狼少女と、原始人ババアと、泣き喚くフェロモン男がBARにはいた。どんなBARだ。だから客来ないんだよ。
「やっぱり…俺は仕事に一辺倒すぎたのかもしれねぇな。アイアン、お前が正しいのかもしれない。仕事なんてろくなもんじゃねぇな。わかった。他のやつに頼み込んでみるよ。あーあ、これでまた部下からも嫌われちまうな…。」
嫁からも部下からも嫌われてが俺はどうすればいいんだよお〜〜と、カンジがしょぼくれながら言う。情けないその言葉に最初に反応したのは我らがアイアンだった。
「…カンジさん。俺、17歳なんですよ。」
「おお、そうだな……」
「未成年なんすよ、カンジさん。」
「おお、わかってるぞ……」
バンッ!と机を叩いた。ランがわふぅ!?と跳ね起きる。しかしそんなことお構いなしだった。
「結婚に夢みたっていいでしょうが!?」
がぁ……がぁ………がぁ…………………
僕はカンジさんのパンパンになった胸筋を惜しげもなく見せつけるワイシャツの襟を掴んだ。
「カンジさん!可能性の塊である僕が見せてやりますよ!本当の愛を育む結婚てやつを!幸せな家庭は夫が仕事して帰ったら喜んで出迎えてくれる嫁を守るためのものであるはずだ!それすなわちぼくは早急に仕事を完遂する必要がある!ハルカ!仕事は!?」
「ここに。」
そう言ってハルカが赤鳩を渡してくる。
「いいですかカンジさん!この仕事やり遂げたとき、忙しいなかでもぼくを待ってくれる人こそぼくの将来の伴侶だ!この仕事僕が受け持ちましょう!良き結婚のために!!!」
こうして、僕とランは勇者パーティの後を付け狙うことになった。
☆
出発当日。ランに任務書を見せながら僕はBARで支度をしていた。支度と言っても軽くでいい。ランに"送って"もらえばいいだけなのだ。
「あれ?カンジさんは?」
僕はハルカに聞く。ハルカはキョトンとした顔で言った。
「奥さんと"ソルターズ"のライブに行ったわよ。手繋いで。」
ラブラブで良いわよね、とハルカが言いながら店の奥へと向かった。
僕は振り返り、訳のわからないという顔で任務書と僕の顔を交互に見るランを見つめる。
こいつ酒臭いな。
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