第6話 東方の街へ
「ここがバイテンか……。」
「初めて来るのう。」
バイテン。それが"青鮫"が潜伏していると思われる街の名前だった。東の大国"サクラ"に近いこともあって東洋の文化を幅広く受け継いでいる。
赤色の木材で奇妙に組まれた建造物、至る所に配置されている不思議な形をした文字の羅列、妙にとんがった屋根からぶら下がるカラフルな装飾品、そしてたくさんの橋。
国の中心部ではなかなか見慣れない光景が続いている。ちなみに"サクラ"と接している街は完全に異文化に染まっているらしい。いつか観光してみたいものである。
「それにしても…奴隷売買組織に潜入ってどうするんじゃ?」
「確かに…ああいう奴らってどうやって仲間を増やすんだろうな、皆目検討もつかないぞ。」
「……ス、スカウトとか?」
「はぅあっ!?」
悪のスカウト。それは全国各地から集まった活きのいい悪を選別し、勧誘し、アイドルにプロデュースするあの…?
「ぼ、僕たちが悪になればいいのか……?」
「ア、アイドルデビューもそう遠くないかもしれんぞ!」
「しかし悪ってどうすればいいんだ!?」
僕は頭を抱えてうずくまってしまう。するとランがそっと僕の肩に手を置いた。
「……いい案があるぞ、アイアン。」
「本当か!?一体どうすれば……」
孔明の顔つきで僕を見るラン。
「仕事をサボればいいんじゃ。」
「は、はわわっ!?」
な、なんだって〜!?仕事をサボるなんてそんな…なんて悪いことなんだ!しかしよく考えて欲しい。
今回の仕事は"青鮫"に潜入すること。
↓
その仕事をするためには悪にならなきゃいけない。
↓
悪になるためには仕事をサボらなきゃいけない。
↓
仕事をするために仕事をサボらなきゃいけない。
↓
仕事をサボることは仕事。
↓
遊ぶのが仕事。
「ラン、お前は天才だ。天才系アイドルだ。」
「じゃろ?」
じゃろ!!!それがお前のアイドル的自己紹介だ!
というわけで僕たちは茶屋と呼ばれる店で"肉まん"なるものを食べることにした。ここまで約800文字。800文字かけて仕事をサボる口実を得た僕たちの禁断の味である。
800文字の"肉まん"うめぇ〜!!!
「アイアン、妾ここから動きたくないし、働きたくない。」
「わかるぞラン。最初にこれ考えた人天才だと思う。」
そう、肉まんだけではない。
僕たちはあるものに揺られていた。
緩やかに揺れるその振動はまるで揺り籠のなかにいるようでリラックスしてしまう。
「「遊覧船最高〜〜〜!」」
そう、遊覧船である。いや、遊覧船と呼ぶにはあまりにも小さい小舟だ。だがそれがいい。最初はよくわからなかったがせっかくだしと乗ってみるとこれがまた最高なのだ。
小舟に乗って川の上を自由に進んでいく。小さいからこそ小回りが効きどこにでもいける。
何これ?こんなものがあっていいのか?
「川の街って感じだな。ゆったりできて気持ちいいな。」
「アイアン、どうやら水上市場なるものがあるらしいぞ!妾行ってみたいかもしれん!」
「は?この小舟の上で買い物できるの?食べ物とかを?」
「でも金が……」
「これ仕事だから全部経費で落ちるからぁ!」
こうなればヤケである。じゃんじゃん金使おう。カンジさんに怒られても構わない。ヤケとはそういうものである。
「おっちゃん水上市場行きたいんだけど!」
「あいよー!」
小舟の運転手のおっちゃんも優しい。僕たちのゆったり気分に合わせてまったりと運転してくれている。
気づけば僕もランも上機嫌。船に乗り込む前に買い溜めて置いた食べ物を頬張っていく。
これが幸せか………ん?
「何か騒がしいな。」
「アイアンも気づいたか?なんじゃ?喧嘩か?」
いつのまにか他の乗客たちが同じ方向に流れている。彼らは一様に笑顔を浮かべてはしゃいでいるようだ。
「喧嘩では…ないみたいじゃな。」
「おっちゃん!今日ってなんかの祭りなの?」
運転してくれているおっちゃんに聞くと、おっちゃんは意外そうな顔をした。
「何だいあんたら知らないのかい?」
「え、何を?」
「今日この街にな………」
きゃあああああああ!!!!と、悲鳴が鳴った。
何かあったのかと身構えたが、どうやら悲鳴というよりも黄色い歓声の方が近いようだ。
僕たちは自然と人が集まっているその場所を見る。
たくさんの男女に囲まれたその中心、豪華な鎧な豪華なマント、豪華な大剣を背に背負い、僕たちの船と比べ物にならないほど巨大な遊覧船に乗ったその人こそ…。
「今日この街にな、勇者パーティーが来るんじゃよ。」
勇者トールと勇者パーティーだった。
「「 」」
絶句である。僕とラン渾身の絶句である。
カンジさん、神様。僕のこと嫌いなんですか?それとも難癖つけて仕事サボっていた罰ですか?
なんでこんなところでまで僕の純情を弄んだ奴らの顔を見なければいけないのですか?
(あ…)
遊覧船には勇者パーティーの他に彼らをもてなすためのたくさんの乗員がいた。
勇者パーティーを囲む人垣のなか、マーリを見つける。その瞬間、僕の心を何かが締め付けるようなそんな感覚が…
するわけではなく、ただ怒りの感情が僕の心を包む。
(あの女ああああああああああ!!!!!)
あの女、トールと手を繋いでやがるぅ!!それも恋人繋ぎだ!!くそおおおお!いいなぁ!僕もかわいい女の子と恋人繋ぎしたいなああああ!!!!!!
文句の一つでも言いたいところだが、ここで勇者パーティーと鉢合わせするわけにはいかない。マーリから見たらフったはずの幼馴染が見知らぬ獣人美女を引き連れて国の端まで来ているのだ。不審に思わないわけがない。
妙に嗅ぎ回られてポーターが公のものになったら怒られるどころの話ではない。最悪国一個潰してランと国外逃亡だ。
「おい、さっさと水上市場に行く………ぞ、ラン?」
ランの声がしないのを不審に思い振り向く。
僕の顔面に衝撃が走った。
「うべばっ!?」
「へっ!へっ!ア、アイアン!アイアン!」
「は?何?待ってランちゃんそれやば……」
ランが僕を抱きしめて来た。彼女の胸が僕の顔に当たる。え?何痛い痛い、ランさんどうしたの?ちょっと待って!く、首折れるって………
ボキッ!
「ぎゃあああああああ!?!?」
「へっ!へっ!アイアン!アイアン!アババババババババ!アイア!あいあん!あばっ!ばうっ!ばぅ!わお〜〜んっ!…ばぅ!?」
ランが川の中に落ちた。バシャーンッと水飛沫がたつ。バシャバシャと溺れたように近くの水を掻き回していたが、数秒ののちぶくぶくと沈み始めた。
「ラ、ラーーーン!?」
僕は慌てて引き上げ、彼女の頰を叩いた。
「はっ!」
「ラン!どうしたっ!?大じょうばっ!?」
「やばいやばいやばいやばいやばい。」
ランが僕を叩くようにして体を離し、一瞬にして消える。おそらくどこかにワープしたのだろうけれどめちゃくちゃ顔が青ざめていた。
「な、何?え?は!勇者は?」
前門の勇者後門の狼とはまさにこのことである。
いや、今のランは肛門の狼か?なんか犬が食べちゃダメなもんでも食べたのだろう。たまねぎとか。
そんなことはどうでもいいのだ。
(ま、まずい……!)
勇者パーティーが着実に僕のいる方へ近づいてくる。もう少しでマーリとトールに気づかれてしまう。
恥を捨てるんだアイアン!お前は存在自体恥だろ!!
僕は決死の覚悟で顔から川に突っ込む。そして力を全て抜いた。アイアン17歳、決死の偽装水死体である。
「な、何やってるんだいあんた!?」
くぅ!黙っててくれおっちゃん!僕が何をやってるのかは僕が一番聞きたいんだあああああ!!!!
だがしかし、水の中に入って隠れることによって勇者からは僕の姿は見えることはなくなったはずだ。
考えてみてほしい。遊覧船に乗っているときにわざわざ川のなかを凝視する人がいるだろうか?大抵は華やかな景色や会話を楽しむはずである。
これで急場を凌いで……。
「あれ、なんか浮いてる。」
「何?あ…本当だ。」
マーリさんんんんん!?!?!?なんで!?見透かしてんの?ずっと下見てたの?川の中見る趣味があるの!?
前だけ見てろよ尻軽女ぁ!!
ど、どうすればいいんだこの状況!着実に勇者パーティーが僕のいるに近づいてきている。
(あ…もうダメだ………)
嫌だ。フラれた女こんな姿見られるなんて嫌だ……。勇者パーティーに散々罵倒されて社会的に死ぬんだ…国外逃亡か、ランにどこ行くか聞いておかないとな…。
さらば…僕の恋の旅路………。
「違いマスよ、あれはただの水死体デス。この街では汚らわしい変態野郎は溺死させて川に流す風習ありマス。」
「!」
そのとき、聞き覚えのある舌ったらずな話し方が聞こえた。
「へぇ…そんな風習があるのか、恐ろしいものだな。」
「でも汚らわしい変態野郎は駆除しなきゃだからね。」
「!?」
勇者トールがその舌ったらずな声になぜか納得し、なぜかマーリたちが僕の潜む魔の沼から遠ざかっていくのを感じる。てかなんで納得できたの?水死体だよ?
何はともあれ僕は助かったみたいだ。
神様、僕はまだ生きていいということですか?
ありがたし!
これでまた女の尻を追っかけることができます!!
舌ったらずな話し方をする少女にも感謝しなければならないだろう。僕は川から河童の如く少しだけ頭を出し彼女を見つめた。
すると彼女も振り返り、僕の見据える。
お互いに渾身のサムズアップ。
そしてまた彼女は去っていった。僕もそのまま何事もなかったかのように小舟に乗り上げる。
「ア、アイアン……。」
「お」
小舟の上ではランが青白い顔で横たわっていた。おそらく長きにわたる戦いに彼女は勝ったのだろう。
「ちょ、ちょっと、横になる。」
「ああ。」
「妾もう肉と酒以外の食べ物は口に入れん。」
「…いや、そっか。」
ゴロンと僕の膝の上に身を委ねる彼女の腹を撫でる。二人とも憔悴しきっていた。
「……仕事はちゃんとしようか。」
「じゃな。」
じゃな!!!アイドルは引退だ!
☆
「なぁ、もうやめないか?妾こういうの良くないと思うんじゃけど…。」
「いいじゃん。ちょっとだけ、先っぽだけ…。」
「……まあいいけど。」
僕とランは夜のバイテンを歩いていた。
あのあと仕事をしようと意気込んだものの僕たち二人の低能な頭では結局何から始めればいいのかわからかった。
結局何の痕跡も掴むことのできないまま夜までバイテンの街を練り歩き、今はその帰りである。
「トールたちの泊まった宿はわかってるんだぞ、ちょっと覗いてみようとか思っちゃうだろ17歳だぞ僕たち。」
「17歳はそんなに便利な言葉じゃないぞ。いいか主よ、今からするのは例えばの話じゃ、落ち着いて聞けよ。」
「お?うん。」
「例えば…お主が覗いた部屋がたまたまトールの部屋だったとするじゃろ。で、一人じゃなかったらどうする?」
「? 一人じゃないってどういうことだ?」
「………だ、だからその…トールとマーリがセ、セ、おせっせしてるぅ…みたいな。」
「ああ、性交か。」
「何で言っちゃうんじゃ馬鹿もん!!!」
顔を赤くしてランが叫ぶ。はんっ!おぼこがよぉ。性交ごときで恥ずかしがっちゃってからに……。
「いいかラン!男はな!元カノが他の男と行為しててもソレはソレで興奮する生き物なんだよおぉ!!!」
「!?」
宇宙猫のような顔でランが固まった。
「……お、男っていうのは業が深い生き物なんじゃの。」
「そういうことだ、これは全国の男子共通だから。トールもすごい性癖もってるはずだからな。」
「そ、それってどんな……」
「馬鹿野郎!それを調べるために行くんだろうが!」
「!?」
これで勇者の弱みの一つでも握れば、僕も気持ちよく寝れるってもんだ。精神的優位に立てるからな。
「…なるほど、それはちょっと妾も行きたくなってきたぞ。」
こんなことを言っては怒られるかもしれないがランは下ネタが好きである。絵に描いたようなムッツリさんなのだ。
二人で夜のバイテンを行く。勇者トールの性癖を探ることを夢見て、我々探検隊は夜のジャングルに踏み入れた。
[♪〜(BGM)]
「ここが…
「勇者の貸し切りらしいぞ。ホワイトな職場じゃの。」
とんがった瓦葺の屋根にいくつも赤い提灯がぶら下がっている。赤々とした建築物は夜の町で目立っている。
勇者の泊まる宿だけあって豪華だ。ちなみに僕とランは夜になったら結構昔に買った自分たちの別荘に寝に帰っている。ランがいるからこそできる裏技というやつだ。
「電気、ついてるのう。」
彼女の言う通り、見上げた窓にはいくつか電気がついている。
「…電気つけてヤるタイプなのか?」
「ヤ、ヤってるとは限らないじゃろ!」
コソコソと二人、ゴキブリのように窓にへばりつく。中を覗くと人影が四つ。
マーリと、聖女、拳闘士、魔法士、そして重戦士だ。女五人で仲慎ましく話しているみたいだ。
「見ろよラン、美女が五人もいるぞ。楽園だ…。」
「…び、美女ならここにもいるじゃろ。」
「は?どこだよ。」
「ふん!…トールとメルはいないみたいじゃの。」
少しイラついた様子のランが言う通り、二人の姿はない。付き合ってるとはいえ部屋は別々なのだろうか?それとも寝る時には一緒の部屋に行くのかもしれない。
「!」
そんなことを考えていると、ランが僕の耳を掴み思い切り引っ張ってきた。
「トールはいないんじゃからここに留まる意味もないじゃろ。」
「なっ!?僕の楽園がぁ!なんだよラン!トールな性癖がそんなに知りたいのか?まさかお前トールのことが…」
「馬鹿言え!妾は…」
そこでランの動きが止まる。
「……妾は?」
「……ほれ、行くぞ。」
「あ、おい!」
そそくさと窓から窓へと飛び移るラン。僕も彼女を追い、灯りのついた窓へと飛び移った。
僕が来るとランは少しだけ僕から距離を離す。なんだよ、もしかして僕臭いか?
「おいこら、言いたいことがあるなら言えよ!」
「べ、別に何もない!こっちよるな!」
「僕らの仲だろ!つれないこというなよぉ!」
「む。」
僕が詰め寄るとランは顔を顰めた。なんか怒っているのか?いやに不機嫌だ。彼女は荒々しく口を開く。
「じゃあ言うけど妾は!ぬ、主のことが……あ?」
しかし、そんなランの動きがある一点を見て止まる。
「なんだよ?………は」
僕も彼女の見ている方向を見て、そして止まる。
僕らの見る先にあったもの、それは……。
勇者トールがブラジャーを脱ぐ様子だった。
「「 」」
本日二度目の絶句である。
読者の誤解を避けるためにも名義しておくがトールは肉体的には男である。その証拠に彼の胸にはたわわな雄パイが実っている。
「お、おい…これはスクープじゃないか?今写真撮って国民にばら撒けば勇者の立場は……」
「馬鹿馬鹿、最近はLGBTの理解が深まっているのじゃ!優しく受け入れてあげる寛容性こそ今の国民にだなぁ!」
「……LGBTってなんだ?」
「え?……わ、わからんけれども………。」
「馬鹿はどっちだ!?」
何を隠そう僕もランも義務教育のギの字もないのだ。
「誰だ!?」
「「!」」
宿の中から声がした。少しだけ騒ぎすぎたのだろうか?トールが僕たちのいる窓際を睨んでいる。
「ア、アイアン!(小声)」
「なんだよ……(小声)」
「あ、あれ…(小声)」
「あれ?……うぇっ!?(小声)」
そこにいたのは、女性もののパンツを履き、頰をいやらしく赤く染めたトールだった。
そうそれは彼が女性物の下着を性的興奮のために装着していることを明確に示しているわけで…。
「ラン……」
「な、なんじゃ?」
「僕も寛容になるよ。」
「……そうじゃな。」
それから僕たちはちょっぴり人に優しくなった。
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