第3話 犬も歩けばボーイを笑う①





僕の人生において欠かせないものがいくつかある。 


ムラムラする女の子を探すレーダーとか。

ウハウハする女の子を探すセンサーとか。


ピロートークの参考のために買った参考本とか。

半日悩み抜いて厳選した勝負下着とか。


どれか一つでも欠けたら僕は浮世を捨てて仙人になり、蓬莱のなんかすごい薄暗いところの大きな石の上で永遠にダンスにいそしむことになるだろう。


そのなかでも、最も大切な要素が一つ。


僕のビジネスパートナーであり、お目付役であり、ペットであるところの彼女。


すなわち、獣耳ケモみみ黒髪おとぼけ犬娘ランである。







「主よ。あれで良かったのか?」


「いいも何もないだろ。僕の歩む道こそ最適解だ。」


「主にとっての最適解が妾の最適解じゃないからついて行きたくないって言ったらどうする?」


「泣く。」


「泣け。」


 我が故郷ネトラリュンを出てからもうかれこれ3時間は歩いている。ランに"送って"もらえば移動は楽なのだが明確な行き先も何もないのでどうしようもない。


 そして見渡す限りに広がる草っ原は行っても行ってもその景色を変えることはなく、着実に僕たちのやる気を削いでいった。


「大体フラれてからすぐ違う女に飛びつくなんてヤケになってるようにしか見えんぞ。」


「ゔ」


 なおかつランが先ほどから僕を咎めるように話しかけてくる。くそっ!僕の旅路の障害が最初から多すぎる!


 しかし正直ランの気持ちもわかる。あのまま出て行ったら完全にマーリを寝取られた可哀想な男そのものである。


 てか、多分マーリも村のみんなもそう思ってるだろう。悔しい!腑に落ちなさすぎる!!!


 あんな女っ!くぅ……嫌いと呼ぶには偲びねぇっ!


 だが、ここで戻っては変わらない。

 約束を破るために慎重に生きてきた僕と変わらない。


 今!僕に必要なのは神さえ脅かす大胆性なのだ!


「もう一度言うぞ!僕は女を引っ掛けに行く!!!」


「……聞きたくなかったのじゃ。」


 犬のくせになんて表情しやがるこの女郎!


 先ほどからランの当たりが強い。 

 さっさと、行き先を決めないとこのワン公はまたぐちぐちと文句を言い出すだろう。


 隣を歩く犬もどきを見る。4本足を器用に使ってテクテクと僕についてくる彼女は2年前から変わっていない。成長したのはおっぱいぐらいだ。


 …ふむ。


「…お腹すいたし、まずはご飯でも食べに行くか。前に仕事終わりに行って美味しかったあの店に行こう。」


「ほう、あの肉がうまい酒場か?いいぞ。妾もあそこ気に入ってたんじゃ。」


 僕の考えに同意してくれたランが上機嫌になる。その証拠にその長い尻尾をブンブンと振り回し、足取りは軽い。



 気づけば随分と仲良くなったもので、今では親友と呼ぶにふさわしいだろう犬もどき。

 

 多分、ランと僕は一生一緒にいるんだろう。そう確信が持てるほどの体験を僕らはしたのだ。



 そうあれは……………7年前の…



「ところで主よ。さっき妾を見てお腹がすいたのか?それとも普通にお腹が空いただけなのか?もし前者なら妾は上に掛け合って主とのパートナー契約を解除したいし、なんならもう顔も見せないでほしいんじゃが。」


「……世知辛ぇよ。」



 どうやら人生は自分の思い通りにはいかないみたいだ。






 ☆


 僕たちが立ち寄った街———ロンパルンはなかなかに賑わっていた。赤煉瓦を基調に作られた街並みは歩くだけでいやがおうにも気分が浮き立つ。


 さすが、国家有数の商売都市と言えるだろう。海と山に囲まれたこの地では肉も魚も簡単に手に入るので人が多く集まる。現に大通りではたくさんの屋台が並んでいた。



「とっ!いやあ、賑わってるなあ。ネトラリュンとは大違い!ランもそう思うだろ?」


「まあ、あの村は過疎地じゃったからの。それに引き換えここは少し賑わいすぎじゃ、妾は人混みは好かん。」

 

 そう言って彼女は不満そうに尻尾を揺らした。


 ちなみにランは今は人型である。なんでも犬の姿のままだと人が多いところでは踏まれそうで怖いらしい。


 相も変わらず美人なその姿、初対面だったら間違いなく拝んでいる。耳と尻尾があるものの、それがまたアクセントになってる。特に胸なんてマーリにひけをとらない。


 人型になったランはとにかく目立つ。すれ違う度に街のはランの美貌に見惚れてしまうのだ。


「ゔ、これだから人混みは嫌いなんじゃ…。」


 そうため息をつく姿さえ美しい。


 くぅ〜!外見は完璧なのにな〜!!!なんで中身はこんな…いや、中身すらないお馬鹿さんなんだ〜〜!?!?


 左足に激痛。


「ぎゃああああああ!?蹴ったの!?今蹴ったの!?」


「は?足が当たっただけじゃけど?」


「……っ…………」


 どうやら性格は最悪であるようだ。


 僕が怒りを通り越して呆れ果てていると、ランが鼻をひくひくとひくつかせた。そしてピンと耳を立てる。


「お!あの酒場の匂いじゃ!ほれ主!hurry up!」


「あ、おい!………ったく!」


よほど待ち遠しいのか、ロケットのような速さでランが走り出した。ランを見ていたロンパルンの市民の顔つきが、美しいものを見る目からおかしなものを見る目に変わったのがわかった。くすくすと笑う者もいる。


 僕は左足をさすりながらランの後を追いかけた。


 ランは食べるのが好きである。それこそ犬食い…なんてことはなく、テーブルマナーはちゃんとしている方だ。


 ていうか美女の犬食いって逆に見てみたいな、それ。


 犬食いする美女。


 え、悪くなくないか?僕は天才なのかもしれない。普通の美女なんてつまらない、だからこそ何か刺激を求める昨今のジェントルメンたち。彼らに問いかけてみたい。犬食いする美女はアリか?と。


「………うわっ!」


「!」


超弩級天才的発想に囚われていたせいで、僕は前から来た男とぶつかってしまった。


とりあえず謝らなければと顔をあげる。


「あの、すいま………」


「おいこらぁ!どこ見て歩いとるんじゃいごらぁっ!」


「げ。」


顔をあげると、そこにいたのはいかにも柄が悪いですと言った風貌の若い男だった。その目は無駄にカッ開かれており、その方には青い鮫の刺青が彫られている。


僕がその青鮫のマークに目を惹かれていると、男は刺青を隠すかのように肩を抑えた。


「おうおう!こりゃ折れてるみたいだなぁ!お前この落とし前どうつけてつけてくれるんだ!あぁ!?」


「あ、すいま…」


「謝罪なんていらねぇんだよ!!慰謝料払えや!!!」


「………あ、あはは。」


まあ典型的なアレである。カツアゲと言えばわかりやすいだろうか?


僕は昔からこういう面倒な輩に絡ませるケースが多い気がする。ていうか多い。


何故だ?負け犬オーラが滲み出ているのか?だから婚約者を寝取られるし、イカついチンピラに絡まれるのか?


「…神様も大概意地悪だよな。」


「あ?何わけのわからないこと言ってやがる!」


「おい!アイアン!何で着いてこな……ん?」


「あ。」


「あ?」


僕が自分の不憫さと神様の小生意気さを憂いていると、僕がいないことに気づいたらしいランが戻ってきた。


「…………なるほどのう。」


ランが数秒僕とチンピラを見た後にスッと目を細めた。どうやら僕が陥っている状況を寸分違わず理解したらしい。


まあ、彼女からしてみれば僕がチンピラに絡まれる様子なんてよく見る光景でしかなのだろう。それだけ僕は絡まれやすいということなのだが。


ランが面倒そうに後頭部を掻く。


「全くお主は何でそういつも……」


「お?なんだ?お嬢ちゃんこいつのお友達か?へへ、ちょうどいいぜ。お嬢ちゃんが俺の相手をしてくれるっていうんならこいつを見逃してやっても……」


「………」


ランは男の言葉に耳を傾けず、掌を彼に向けた。


その瞬間、音もなく青鮫刺青の男が。そのあまりに自然で早い変化に通行人の誰も気づかない。


「……はぁ。」


一拍置いてランが口を開いた。


「ったく!何でお主はいつもそう変な奴らに絡まれるんじゃ!毎度毎度心配させおって!」


「そんなの僕が聞きたいよ………それより、?」


「さぁ、適当に。」 


「…………」


あの男も可哀想に。んだか。


男が僕たちの目の前から消えたのには理由がある。それはランが彼女の固有魔法を使ったからだ。ランの固有魔法、それはつまり……


「ほれ!行くぞ!」


「え」


突然、ランが僕の頰を掴んだ。


「へ、ひょっと待」


そしてそのまま歩き出す。


「いでででで!?」


お腹が空いている彼女は、どうやら少しばかり機嫌が悪いらしい。僕は涙を流しながらも彼女の後ろを走った。







「お!ここじゃ!アイアン!ここじゃぞ!!」


「はぁ……はぁ……んへぇ?」


「む?おいおい!お主もう頰が垂れてるぞ?なんじゃ?食べる前に匂いだけでほっぺたが落ちそうってことか?」


「自分の胸に聞いてみようか。」


「およ?」


「………」


僕は彼女に連れられて来た店を見る。


 彼女の口ぶりから見てここがお目当ての店であるらしい。ランが尻尾をブンブン振り回しながら扉を開く。


「へぇ…結構賑わってるな。」


 店内は騒然としていた。まだ昼前なのにガヤガヤと酒を飲む人も結構いて活気づいている。


「アイアン!妾は肉を食べるぞ!いっぱいな!」


「落ち着けよ…。」


 そのなかでも一際うるさいのは我らがランである。


「すいませ〜ん!」


 ランが意気揚々と店員を呼ぶ。


「は〜い!今伺いま〜す!」


「!」


 女の子の声だ。

 食事処や酒場の看板娘巡りは僕の数知れない趣味の一つだ。僕は目を皿のようにして店員さんを見る。


「!?」


 そこには天使がいた。天使の店員、すなわち天員だ。120点!嫁に来て欲しいぜ!


 ちなみに、店の天使ちゃんは他の店のように眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。うん、いつもと同じ。


「おい主よ。」


「何か?」


「……はぁ、もう何もいうまい。」


「何が?」


 ランは何でそんな可哀想なものを見るような目で僕を見ているんだ?


「……それより、このあと妾らはどこにいくのだ?旅を続けようにも…張り合いがないってもんじゃぞ?」


「だから女を引っ掛けに…」


「……それより、このあと妾らはどこにいくのだ?旅を続けようにも…張り合いがないってもんじゃぞ?」


「嫌なんだね、うん。」


 だがしかし、この駄犬の言うことを最もである。


 風に身を任せて女を引っ掛ける暮らしも悪くはないが世間体が気になる。


 第一そんな地に足つかない男がモテるわけない。


 いや待てよ。そういうダメな男を好きになる女もいるって言うじゃないか。


 こう、『私がいないとアイアンくんは何もできないんだね?もうっ!しょーがないなぁ』みたいな?


『私が面倒みてあげるからね?アイアンくんは息だけしててね?』みたいな?


 なんだそれ最高じゃないか。


「おい主、聞いてるのか?」


「おっぱ…え?ごめん聞いてなかった。」


「今何を考えていたんだ主よ。」


 ガツガツと肉を食うランがこちらを睨んでくる。


 行儀悪いぞ犬よ。


 俺の視線に何かを感じたのかランがゴシゴシと口を拭う。人型になったランは気品高く美しいが知能はやはり獣である。ちなみに僕はケダモノである。


 口を拭い終わりぺろぺろと手を舐めるランが、俺を見て嘆息する。


「ったく!将来性のない男じゃのぉ主は。」


「おいおい最近はダメ男好きな女も…」


「妾がいないと主は何もできんのじゃからなぁ、もう。しょうがあるまい。」


「あん?」


「仕方ないから妾が面倒見てやるとするかの。主は息でもしてれば良いぞ、ふふ。」


「………………」


「なんじゃ?」


「いや…」


「?」


 キョトンとした顔を見せるラン。その顔には食べカスがついている。食べ方が汚い女はアウトだな、うん。


「ラン、食べかすがついて…」



 バシャッ!!!



「「!」」


「あ!」


 そのとき、食べ数を洗い流すようにランの顔に水がかけられた。ランの顔がびしょびしょになった。


 美女美女の顔がびしょびしょ。なんちゃって。


「ひっ!」


 まあ、なんてことはない。

 転んだ少女が投げ出したコップを頭から被ったのだ。


 先ほどの天使ちゃんとは違い、まだ年端もいかない少女だった。おそらく酒場の娘なのだろう。 


 ガタガタと震えるその少女はランに怯えているのだろう。顔を青白く染めていた。


 ランはゆっくりと顔を拭い、少女に視線を送る。


「ふむ、少女よ。立て。」


「…っ………」


「立てぬのか?どれ。」


 ランが少女に近づく。

 僕はそれをスープを飲みながら見ていた。


「む!」


 ランが大きな声を上げた。

 びくっと少女の体が揺れる、その顔は青白い。


 何度も言うがランは美人だ。美しすぎる顔を好む者は多いが、それだけに迫力がすごい。人間は神々しすぎるものには畏怖するものなのだ。毎日ランに激怒され迫られる僕はそれを嫌と言うほど知っている。


 店中がランの言動に気を配っていた。


 ランが口を開く。



「少女よ!怪我をしてるではないか!大変じゃ!」


「………え?」



 ランを恐れていた少女の顔が緊張から緩む。


「ほれ、見せなんし。」


「う、うん。」


「痛いの痛いの飛んでいけー!ほれ、もう痛くなかろう。」


「!?……本当だ!お姉ちゃんすごい!」


 たちまち少女が笑顔になった。

 その様子を見て店にいた皆も肩の力を抜く。


 どうやら、ランは痛みをらしい。

 僕に。地味に痛いぞコレ。


「…なんじゃ?」


 睨むように見ていた僕の視線に気づいたのか、ランが唇を尖らせて聞いてくる。


 こいつ…いけしゃあしゃあと………。


「ランちゃんは今日もかわいいね。獣くさくて。」


「ころすぞ。」


 余談だがランは獣扱いされるのが大嫌いである。


(…ん?)


 ふと周りからの視線が気になった。ランが美人だとしてもあまりにも注目され過ぎている。


「それよりも……今日は随分人が多いんだな、前来た時にはもっと少なかったはずだけど。」


 僕に釣られてランも店を見渡す。


「偶々じゃないか?そんな日もあるじゃろ。」


 ランが肉を美味しそうに頬張りながらそう言うと、ランの膝元にいた少女が顔を歪めてみせる。


「…最近ね、ヒトサライがいるらしいの。」


「「人攫い?」」


「うん、お母さんとお父さんが話してたの!ヒトサライって悪い奴なんでしょ?」


「…そうじゃな、悪い奴じゃの。少女も無用意に外に出たら危ないぞ?」


「うん!お父さんにも言われたの!だからみんなで見張り合えるように積極的に外に出ようって。」


「ほう…。」


 そうかそうかと笑ってランは少女の頭を撫でる。少女が気持ちよさそうに笑った。


 ランが顔を上げてこちらを見た。その顔を笑っていない。僕も神妙に頷いた。


(ヒトサライ…ね。)


 僕は果実酒を飲んだ。

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