第2話 だから村人Aは旅に出る





「勇者とは何者ですか?」


 そう問われた人は言葉は違えど、大体がこう答えるだろう。


「勇者とは、唯一魔王を倒す力を持つ最強の人間です。」


 しかし、この答えは正しくはない。

 否、間違ってもいない。


 要は三角なのだ。


「勇者とは何者ですか?」


 この問いの答えはこうだ。


「勇者とは、唯一魔王を倒す力を持つ人間です。」


 何が言いたいのかというと、





 ☆


「主よ、止まれ。もう山魔猿の気配はない。今日の仕事はこれで終わりじゃ。」


 谷の中、唸り声をあげてめちゃくちゃに拳を繰り出す男を止めたのはおかしな男女の片割れである女だった。その女の風貌をいかんせん異質だった。


 丁寧に切りそろえられた美しい黒髪、切れ長で妖艶な雰囲気を醸し出す眼、体をすっぽりと覆い隠すような真っ赤なフード付きのローブ、そして犬の耳と尻尾。


 犬の耳と尻尾?


 もう察している読者もいるだろう。何を隠そうこの美女は村で絡んできた犬もどきである。


「あ?ああ、ランか。あれ?いつの間に。」


「いつの間にって…本当に無心で討伐してたんじゃな。」


 ランと呼ばれた女は千切れるほど尻尾をブンブンさせて話を続ける。


「…正直驚いておる。お主はあの女、マーリと言ったか?あやつとのノロケ話をことあるごとに話しておったからな。失恋のショックで泣き崩れて今日は使い物にならないかと思っておったわ。」


 ランがそう男に言うと、男は顔を歪ませる。


「あの女の名前を出すな!!!耳が腐るわ!!」


 顔を真っ赤にして恥ずかしげもなく叫ぶ男は紛れもなくアイアンその人であった。


「まあ、確かに怒る気持ちはわかるがな。ずっと好きだった女が勇者様に取られたんじゃ。妾とて、同じことが起きようものなら怒り狂って遠吠えしてしまうし勇者も女も許さない。」


「犬と一緒にすんな!」


「狼じゃ!」


 ランは不快じゃと言わんばかりに声を張り上げる。

 反対に尻尾はブンブンと揺れている。


「なんか勘違いしてない?僕は別に勇者には怒ってないぞ?」


「ぬ?どういうことじゃ?」


 ランは不思議そうにアイアンの次の言葉を待つ。


「僕が怒っているのは!僕がわざわざ、気を遣って、約束を守っていたにも関わらず!あの女が約束を破って男とイチャコラしてたことだ!ど畜生!」


 アイアンは一語一句強調するように叫ぶ。その迫力にランは少しだけたじろいだ。


「?…だから、女をとられて悔しいんじゃろ?」 


「五年だぞ……」


「ぬ?」


「五年もあれば……僕だって……かわいい彼女ができて…幸せな日々が暮らせるはずだったのに…」


「いやいや待て、お前とマーリとかいう女はあくまでも恋人だったのじゃろ?だったらそれはおかしいじゃろ。」


「そうだけど!いやそうじゃないけど!いやそうかもしんなくて、じゃあまあそうなのかなって思ってごまかしてたら、そうだったけど、まあ、なんだかんだそうじゃなかったんだなって」


「いや落ち着け、ちょっと妾も興味出てきたところじゃから落ち着け。で?」


 アイアンはランを一瞥する。


(この犬もどき面白がってやがる。)


 アイアンはこめかみに青筋をたてながらも、ため息混じりの声で話しだした。





「まあお前も知ってるとは思うけど。僕とマーリは村で2人だけの同年代の子供だったわけよ。んで、そんなに相性も悪いわけじゃなかったからよく遊んでた。それこそ日が暮れるまで話してたこともあったし一緒のベッドで寝てたことあった。」


「まあ、微笑ましいな。」


「だろ?んでまあそのまま時は流れて、5年前、僕たちが12〜13の歳の時に国からの使者が来て、マーリが"剣聖"とやらに選ばれたんだよ。まあその時は驚いたね。勇者の話は子供の時から聞いてたし、幼馴染がそのパーティーメンバーに選ばれたもんだからそりゃ驚いた。すっげぇ、有名人じゃん!って思ったねその時は。」


「勇者の話は人間の間では一種の童話扱いじゃものな。勇者は子供の憧れじゃし。」


「そうそう、んで僕もマーリの旅立ちを応援しようとしたらな。いや待ってちょっと深呼吸させて、ここが僕のイライラポイントだから。」


「待て待て!その拳を下ろせ!怖いから!」


「あー………んで。その時マーリ泣いちゃって。まあ、心細かったんだろうな。僕もその時は慰めてさ、うん。で、あいつ僕にこう言ったんだよ。」


「な、なんて言ったのじゃ?」


「『魔王を倒して平和になったら結婚しよう』ってさ。僕は思ったね。あれ?僕たちそういう感じ?恋仲みたいな感じなの?え?いつから?って。いや仲良かったけど、戸惑ったねその時。あの女当たり前のように言うから。」


「いやそこが妾はよくわからんのじゃよ。主はあの女に惚れておったのではないのか?ほら、両親が死んだ時のエピソードとかまさしくそれじゃろ?」


「いやあれ盛ってた。ちょっとだけ盛ってた。本当はあの時来てくれたのバーパおじさんだったね。いやマーリも慰めてくれたはくれたけど4番目ぐらいだったね。バーパおじさん、村長、薬屋のばあさん、そしてマーリぐらいの順番だったから。僕もマーリの励まし聞いて『え、ああ、ありがとうマーリ。僕、元気だすよ。本当ありがと』ぐらいのテンションだったし。てか惚れてもなかったから。むしろ惚れるならバーパおじさんだったね。うん。」


「めっちゃ早口じゃの……だ、だったら。好きでもないんだったら断れば良かったんじゃ…」


「いや好きではあった!少なくとも嫌いではなかった!マーリはかわいいし、華があるし、おっぱいでかいし、女の子って感じするし、おっぱいでかいし、良い匂いするし、おっぱいがでかくて、おっぱいでかいからな!断る理由なかったな。五年我慢すれば良い女が手に入るぜってホクホクしてたわ。」


「そ、そうか……おっぱ……うん。」


「だから、綺麗な目な女を見るたびにあと五年、あと三年、あとちょっとって我慢してたのに…。ことあるごとにマーリとのラブラブエピソード絞り出してヴァージンを保っていたのに……。あの女まじで……いや、まじで。あーダメだ、怒りがすごい。衝動がすごい。ちょっと誰か殴り倒したいわ。んだよまじで。」


「……え!頼むから落ち着くのじゃ!これ以上余計な仕事増やしたら怒られるのは妾なんじゃぞ!」


「んぐぅゔゔゔゔゔゔゔぅぅぅうぅぅぅぅぅぅう!!!!だって12歳から17歳って………思春期がぁ!僕の思春期がぁ!!! いや一回あったからね、まじで。隣町の花屋のリリィって娘に告白されたとき、本気で揺らぎかけたもん。でも約束したもんなって血涙流しながら断ったって言うのに、あの女ァァァァ!!!」


「頼むから!頼むから落ち着くのじゃ!本当頼む!本当に!あと花屋のリリィは嘘告されてお前が舞い上がってただけじゃったろうが!!」


「言うなああああ!!!!花屋の話はもういいんだよ!過去の話だからぁ!今はマーリだから!てか、何あの態度。申し訳なさそうな顔して謝ってくんのマーリのやつ。自分から吹っかけた癖にあたかも相手から好意を寄せられていました感出しやがんの。違うからね、約束したのあいつだから!僕は約束守ってあげてた側なのよ!慰謝料払え!」


「い、一回深呼吸を…」


「どうせあれだろ!!!勇者と毎晩パンパンパンやってんだろ!!!猿みたいによぉ!!!ちくしょう!ちくしょおおおお!!!全然悔しくないから!僕はもっと丁寧に段取り踏んでめちゃくちゃ綺麗な恋愛を!……いや、悔しいいいいいいい!!!!!」


「くぅぅぅぅぅぅん!くぅぅぅぅぅぅん!」


「犬のふりするなぁぁぁ!」


「わ、妾は狼じゃあ!!」


「知るかヨォ!!あーーーーーあ僕の人生結局灰色か…僕も勇者見たいなイケメンだったらなぁ。てか勇者パーティー勇者以外みんな女だったな。あれどうせあれだろ?みんな僕の彼女だぜパターンだろ、どうせ。僕も勇者パーティー入ればおこぼれもらえたりしないかな?」


「プライドないのか主は。」


「ねぇよ!」


「勘付いてたわ!」





 ランはそう言うと耳と尻尾をしょぼんと垂らした。その姿はまるで飼い主を可哀想な目で見る忠犬のようである。


 そんな視線にも気づかずアイアンはぶつぶつと呪詛を垂れ流している。


“勇者になるためには生まれ変わるしかないのか"


 "死んでナメクジになったらどうしよう。あ、でもナメクジは性別ないらしいから逆に純愛ができるのかもしれない"


 と、くだらないことを考えていた。

 しかし、ピタリとその動きを止める。


「…いや待てよ。ラン、僕今天才的なことを思いついちゃっかもしれない。」


「なんじゃ?わ、妾と恋に落ちようとかそういう話なら本当にやめていただきた」



「僕も旅に出れば!燃えるような恋が出来るかもしれない!!!」



「あ?」


「いやきっとそうだ!!!あんな田舎村に住んで満足のいく恋愛を求めてた僕が間違ってた!これからは積極的に行かないと!!仕事だってランがいれば場所とか関係ないし!」


「…いや、まあそうじゃけど。」


「さっそく荷造りしよう!村長にも話をつけなきゃな!ラン、村に送ってくれ!」



「はぁ…わかったのじゃ…………っ!?」

 



 瞬間、地響きが鳴った。



「な、なんじゃ!?…………っ…あ、あれは!」



 ランの視線の先、出てきたのは山魔猿。

 それもただの山魔猿ではない。


 その山魔猿は本当の山ほどの大きさを持っていた。


「あ、あれは!!!!大山魔狒々!!!!一匹で一国の軍隊にも引けを取らないと言われる超獣がなんでこんなところにおるのじゃ!?」



 大山魔狒々は、生命反応を感じたのかアイアンとランのいた方向へ腕を振り下げてくる。


「アイアン!すぐに妾に捕まって………え」


 ランが手を伸ばしたその先にはもうアイアンはいない。


「猿風情が…俺の新たなる門出の邪魔をするナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」




 大きく振りかぶったアイアンの拳は大山魔狒々に叩きつけられ、そして爆ぜた。





 ☆


 さて、ここで勇者の話の続きをしよう。


 勇者とは魔王を倒すための唯一の人物である。

 それは、魔王に有効な攻撃を与えることができる唯一の人物ということである。


 どういうことか、勇者以外の人間の攻撃は魔王には届かないとされているのだ。


 実に簡単な引っ掛けだ。


 裏を返すとそれは勇者は魔王に対抗できる力を持っているだけで、魔王は愚か、ごく一般的な魔物すら倒せないことだって起き得るのだ。


 なんせ魔王自体最強というわけではないのだから。


 だからこそ、人類は求めた。最強の力を持つ者たちを。


 魔王以外の魔物には、否、魔王にさえも負けないための力を。勇者を魔王のもとへ届けるための人材を。


 各国のトップ層は彼らをこう呼ぶ。




『栄光へと導く大いなる架け橋』


通称、『ポーター』と。






 ☆


 彼方へと飛んでいく大山魔狒々の意識はもう途切れているだろう。もしかすると、いや結構な確率でその命までもが途絶えている。



 ランは自分のビジネスパートナーであり、悪友であるアイアンの馬鹿みたいに強い戦闘力をただ呆然と見ていた。


 四年前、誘われるままにフラッとポーターに入り、各領地の貴族間に急激にその名を轟かせた男。


『鉄血』

『人類の特異点』

『突然変異体』


 そんな大層な異名をつけられている最強の男。




 だが、ランのアイアンへの印象は出会ったころから何一つ変わっていない。




『残念な男』




 それが親しいものが抱くアイアンへの印象だった。







 ☆


 翌朝、僕は村長の説得を振り切って大きく足を動かし村の入り口へと歩いていた。彼の足元には一匹の犬もどきが付いている。


「アイアン!俺言ったよな!過疎化が進んでるって!しかも勇者パーティーまだ滞在中だし!頼むから出て行かないで!!若手が減っちゃうからぁぁ!!!!!!」


 抱きしめるように引き留める村長をアイアンは引きずりながらも歩いていく。


「ていうか!マーリはどうするんだアイアン!!

 俺マーリになんて言えばいいの!!!???」


 突如聞こえたその名前にアイアンは足を止める。


「村長、俺の足枷はもう解かれました。もう俺は自由なんですよ。」


「え?」


「羽が生えた気分だ……世界が色づいて見える…………………」


「いや大丈夫か?頭。」


「勇者に言っておいてください。"良い女、紹介してくれって。"」


「いやだからお前にはマーリが……………」


「村長!!!!!!!!!俺は…」


僕は大きく息を吸い込んだ。そうだ、今日は、今日こそは麗かな日だとはっきりと言えるだろう。



「恋を探しに行きます。」






 村人Aこと、アイアンの麗かな門出は、幼馴染にフラれた男の傷心旅行にしか見えなかった。

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