第一部

第一章 恋の探求者爆誕!

第1話 残念な男





 "麗かな春の日"というのが僕はいまいちよくわからない。


 別に"麗か"であるのは春だけでないし、麗かな夏の日とか、麗かな秋の日があってもいいだろう。


「てか、麗かってなんだ?」


 ともかくとして。


 なぜ僕がこんなことを考えているのか?


 それは暑かった夏の日々が終わり、秋が始まりかけた今日こそが僕にとっての"麗かな日"であるからである。


 まさに"麗かな秋の日"というわけだ。


 これは世紀の大発見ではないだろうか、"麗かな秋の日"は実在したのだ。この有り余る感動を誰かと共有しようと思った僕は隣に住むバーパおじさんの家に押しかけた。


『そうなんだね。』


 なんだかとても可哀想なものを見る目で見られた僕は自分の馬鹿さと世界の厳しさに少しだけ泣いた。



 だがしかし!



 今日だけは、いくら残念な男と思われても笑顔で許せる自信があった。なぜなら何度も言うように今日こそが僕にとっての麗かな日であるからだ。


 なぜ麗かな日であるのか説明する前に一つ話しておかなければならないことがある。


 僕にはマーリ=レデンツという女の子の幼馴染がいる。


 マーリと僕は村に同じ年代の子供が2人しかいなかったのもあって常に一緒に育った。そのおかげもあってか僕とマーリの仲はとても良く、一緒に川辺や原っぱの花畑に行っては日が暮れるまでずっと遊んでいたものだ。


 そんな2人だからこそ恋仲になるのは自然な流れだったのだろう。僕とマーリは仲のいい子供から仲のいい男女へ、そして愛し合う男女へとシフトしていった。


 しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。


 12歳のとき、マーリが"剣聖"に選ばれたのだ。


 お告げのようなものがあったらしいが真相は定かではない。マーリはなかば強引にあの"勇者パーティー"に連れて行かれた。当然僕もマーリも泣いて別れを惜しんだ。だからこそマーリは約束してくれたのだ。



 "魔王を倒して世界が平和になったら結婚しよう。"と



 そしてマーリが村を出て行ってから5年の月日が経った今日、一時的にだがマーリが村に戻ってくることになった。なんでも勇者パーティーの休息の場に選ばれたらしい。


 これこそが今日が僕の"麗かな秋の日"である理由である。


 魔王はまだ倒されておらず、どうやらマーリはまたすぐに旅立ってしまうようだが、それでも僕は彼女の顔を見れるだけでも十分にありがたい。


 なぜならマーリは僕の最愛の人であるからである。






 ☆


「アイアン!おいアイアン!」


「!」


 誰かが僕の名前を呼んでいる。僕は撫でていた犬を離し、声のした方向を向いた。


「ボッーとしてないでこっち来て手伝えよ。勇者様たちが来るまであまり時間がないんだから。」


「あ、うん。わかった。」


 僕に忠告したおじさんがまた作業へと戻っていく。村はいつになく活気だっていた。いや、活気だっているというよりも浮き足だっているの方が正しいだろうか。


 それもそのはずである。


 僕が生まれ育ったこの村ネトラリュンは国の端の端に位置するど田舎にある村だ。名産品も観光地も何もなく、地味を絵に描いたようである。


 そんななんの変哲もない村にマーリの帰郷に際して勇者パーティーが訪れると言うのだから、村の皆が浮き足立ってしまうのも無理はない。


「村長!何か手伝えることはある?」


「え、あ、ああ、そうだな…じゃあ、そこの木箱を高台に置いてきてくれないか?」


「わかった。」


 緊張でガチガチになってしまっている村長の指示のもと、僕は木箱を持ちあげる。


「それにしても村長、緊張しすぎじゃない?大丈夫?」


「いやあ、手汗が止まらん。なんせあの勇者だぞ。魔王を倒すことができる唯一の人間。そりゃ緊張もするだろ。」


「まあ、言われてみればそうかも。」


 "勇者パーティー"の名前を、否、“勇者"の名前をこの国で知らないものはいない。勇者はこの国を救う英雄、国民の平和の象徴だ。応援しないわけがない。


「それにこの村もずいぶん過疎化が進んでしまった。勇者パーティーがこの村を気に入ってくれれば村民も幾分か増えるんじゃないかと思ってな。お前としても、今日はマーリが帰ってくるんだから嬉しいだろう。」


「そう!大人になったマーリに早く会いたくてさー。」


 僕は村長の言葉に首を激しく上下し同意する。


「マーリは美人だからな。きっと見違えているだろうな…………お?」


 村長を呼ぶ声が聞こえた。


「すまん、アイアン。呼ばれてしもうた。」


「見たらわかるよ、それじゃあ頑張って。」



 村長と別れ、僕は広場から少し離れた高台に木箱を置く。高台から広場を見渡してみると、村のみんなは活き活きと勇者歓迎の準備をしていた。


 仕事をふっかけられるのも面倒なので、みんなから隠れるように木箱の影に座る。


「勇者パーティーかあ。」


 僕としては最愛の恋人マーリが生活を共にする人たち。是非とも挨拶しておきたい。


 "今後ともマーリをよろしくお願いします。"的な。


 彼らの名前はよく聞くが、ほとんどのメンバーは性格な素性はわからない。



 勇者トール

 魔法士ケーナ

 拳闘士ナック

 聖女ハナカ

 重騎士メル

 そして我らが剣聖マーリ


 この6人で世界を救うというのだから感激である。 



「マーリ、早く会いたいな。」


 僕は自分の顔がにやけているのを感じた。



「お」 


 空を見上げてマーリの顔を思い浮かべていると一匹の犬が僕の足に体を擦り寄せてくる。さっきまで僕が撫でていた犬だ。ここまでついてきたのだろう。


 尤も、正確には彼女は犬ではないし、犬と呼ぶと怒るのだが犬でいいだろう。わんこにしか見えないのだ。


「…わかってるよ。夜の9時だろ。」


 僕が犬もどきにそう告げると、犬もどきは満足したようにその場を去って行った。


「……少し眠ろう。」


 眠気に体を預けるように僕は眠りについた。





 ☆


 騒がしい声に僕は目を覚ますと、夕焼けが僕の頰を照らしていた。一瞬自分がどこにいるのかわからなかったが木箱を見て自分が昼寝していたことを思い出した。


「いけね。」


 口元のよだれを拭うと僕は広場へ向かった。


 村のみんなはよく頑張ったらしく、いつもの村とは思えないほど小綺麗に装飾されていた。村のみんなは広場の入り口に固まっている。


 みんなに紛れるように入り口を見ると、そこには6人の男女がいた。紛れもなく勇者パーティーの6人。その中に僕の最愛の人マーリが…………いた!!マーリだ!


 肩で切り揃えられた栗色の髪、少しタレ目気味の温和な顔つき、そしてトレードマークであるサイドテール。


 間違いなくマーリだ。二年ぶりに見る彼女の顔はどこか大人びていて前よりも美しくなっていた。


「マーリ!」


 僕の頰が緩む。しかしそれは急に止まる。


「マーリ?」


 マーリに近づく勇者。

 勇者を見て嬉しそうに笑うマーリ。




「なんか…距離近くない?」


 呆けたような僕の声は勇者パーティーを歓迎する村の皆の歓声に紛れ、誰の耳にも届くことはなかった。




 勇者パーティーは村のみんなに一通り挨拶をしたあと、落ち着ける場所に行こうと村長に案内を促す。


 村長が歩き出すにつれ勇者パーティーはついていき、村のみんなは歓迎会の準備を始めていた。


 僕は人波が引くのを待ってマーリに話しかけにいく。


「マーリ…………」


「!?…………アイアン。」


 二年ぶりに会った僕はマーリの目にはどんなふうに写っているだろうか。マーリはひどく驚いた顔をした。


「ひ、久しぶりだねアイアン。少し背が伸びたかな?」


「そうかな………マーリこそ、一段と綺麗になってて見たときは最初誰かわからなかったよ。」


 そんなわけない。マーリのことならどんなおばあちゃんになっていても見分けることができる。


「そう…………ありがとう。」


「うん。」


「アイアン、その、ごめんね。こんなみんなで押しかけるような真似しちゃって。」


「え?ああ、いや、マーリにとってここは故郷でもあるんだし、多分村のみんなも歓迎してくれてると思うよ。」


「…そうだといいんだけどね。」


「?」


 さっきからなんだろう彼女は僕に言葉を選んで話そうとしている。そのことが僕には不気味でどこか嫌な風に感じられた。


「あ、あのマーリ」


「マーリ!!行くぞ!」


 僕の最愛の人を呼ぶ声がする。

 声がした方を見ると勇者トールが立っていた。


「あ、うん!……ごめんアイアン。話はまた今度で。」


「あ、うん、そうだね。……ゆっくり休んで。」


「………………」


 マーリは小走りでトールのもとへ走っていく。

 それはまるで僕から逃げるようで、僕はなんとなく悲しい気持ちになった。



 スリッと、何かが僕の足を擦る。下を見ると犬もどきが僕の足に擦り寄っていた。


 犬もどきはそのまま喋り出す。


「主、あれが主の話によくでるマーリという娘かの?妾の目には、あれは」


「やめろ、ラン。あとでちゃんと話を聞くから。」


「………………仕事は、忘れるなよ。」


「………ああ。」



 村のみんなは、勇者について村唯一の宿屋へ向かった。

 広場に残されていたのは、僕と犬もどきだけだった。







 マーリを始めて好きな人と認識した日はいつだったか?

 

 僕はその質問にすぐに答えられる。

 あれは7年前、両親が亡くなった10歳の時。




 ☆


「アイアン。役所から正式な知らせが届いたよ。アインとニクスの遺体は見つからなかった。よって2人は死んだものとするそうだ。」


「………そう、ですか。」


 村長が出迎えた僕に言った言葉の意味を10歳の僕は簡単に理解することができた。


 この時ばかりは子供にも対等に接する村長の正直な振る舞いを恨めしいと思った。


 両親が死んだ。その事実は僕の胸にずしりと重くのしかかってきた。


「父さん…………」


 優しく、時に厳しく、その大きな手で僕を撫でてくれた。


「母さん…………」


 怖かったけど、僕が頑張るとすぐに褒めてくれた。


 でももういない。


 両親が、死ぬことなんてよくあることなのだろう。それでも僕の心には黒くて粘ついた何かが蠢いていた。


 村長はそんな僕を見て優しく抱きしめたあと、何も言わずにそっとドアを閉めて出て行った。おそらく今はほっとしておいてあげようと思ったのだろう。


 それでも、僕は誰かに一緒にいて欲しかった。


「やばい」


 体がぐらつく。

 今にも何かこみ上げてくるものが口から出そうだ。


「やばい」


 自分を支えるものを探そうと手を動かすけどめまいのせいで感覚が掴めない。


「ぐっ!」


 膝に感じる痛み、どうやら転んでしまったらしい。


「誰か………助けて。」


 最初その声が自分のものだと気づくのに時間がかかった。それほどまでに僕の声は弱く震えていた。


 その瞬間


 バンッ!!!!


「!!!」


 家のドアが開いた。

 そこにいたのは幼馴染のマーリだった。


「アイアン!!! …よかった…生きてた…」


「マー……リ。」


 マーリは僕に駆け寄ると徐に僕の体を抱きしめた。


「アイアン、大丈夫。大丈夫だから。」


 何が大丈夫なのか?僕はそう思ったが、その時はきっともう大丈夫なのだと思った。


 なんてことのない、惚れやすい馬鹿で残念な男の話だ。


 辛いところを助けられたから、支えてくれたから惚れたそれだけの理由なんだ。


 それでも僕はマーリのことが好きだったし、マーリもきっと僕のことが好きなのだ。


 それだけできっと十分だから。




「………ん、あれ?」


 いつのまにか僕は寝ていたみたいだ。自宅のベッドから身体を起こし、軽く頭を振る。




 あのあと、マーリに話を聞こうと思ったものの勇者たちは忙しそうでとても話が聞ける雰囲気ではなかった。


 ゴロンと、僕は寝返りを打つ。明日の朝早くにでもいけば彼女との時間が取れるだろうか。


 ダメだ………眠ってしまいそうだ…………どうせランが起こしに来るだろうけど。


 コンコンッ


 ほら来た。犬もどきは僕がドアを開けなくても勝手に入ってくる。僕はベッドで座り直す。


 ドアのノックは鳴り止まない。


「アイアン、私。開けて。」


「え」


 その声は紛れもなくマーリのものだった。


「あ、ああ、ごめん。少しぼんやりしてたみたい。」


 僕はドアを開けようとベッドから降りる。ギシリと音が鳴るのはベッドが古いものだからだろう。


 ドアを開けるときは10歳のころのあの日を思い出す。

 あれからもう7年の年月が経った。


 僕もマーリも大人になったということだ。


(こんな時間に訪ねてくるって…もしかしてそういうことなのか?)


 僕は少しだけ浮ついた気持ちでドアの前に行き、そっとドアノブを握った。

 


 ドアを開けると、マーリの顔があった。


「マーリ………え」


 それだけなら良かったのに…そこにはもう一人。


 マーリの隣には勇者トールが立っていた。






「そこ座って。今お茶をいれるから。」


「…うん。」


「ああ、すまない。」


 マーリとトールが椅子に座るのを見届け、僕は家の奥に入る。


 時刻は7時半。勇者の歓迎パーティーはもう終わったのだろうか。2人が抜けてきただけでまだ続いているのかもしれない。


 2人の前にお茶を出す。

 2人はそれを一瞥し、飲まずにこちらを向いてくる。


 沈黙が続いていた。

 響くのは時計の針の音と、誰かが唾を飲む音だった。


「アイアン。話があるの。」


 話し始めたのはマーリだった。


「うん……」


 先を促す。



「私、トールが好きなの。だから別れてほしい。」


「…っ………」



 なんとなくそんな気はしてた。

 でも、そうじゃないと思いたかった。


「アイアンくん!マーリを攻めないでやってくれ!悪いのは全部僕なんだ!」


 トールはそう言い僕に顔を近づける。

 本当にイケメンだと、ぼんやりと思った。


「……攻めてなんかないです、本当。」


「アイアン。私あなたのことが好きよ。それでもどうしようもないぐらいトールに惹かれてしまったの。」


「マーリ……僕だって、君に恋人がいるのを知っていたのに、気持ちを抑えられなかった!君が悪いんじゃない!」


 手と手をとりあうトールとマーリはとても絵になるようで、お似合いだと僕はひと事のように思う。


「……わかりました。マーリ別れよう。」


 僕は首を下げるようにそう口にした。

 僕の声は震えていただろう。


 マーリが息を飲む音が聞こえる。


「!…………アイアン、ごめん。」


「すまない………そして、ありがとうアイアンくん。」


 マーリとトールが僕に握手を求める。

 マーリにいたっては泣いていた。


 泣く必要なんてないのに、とその手を握る。


 「……それじゃあ、またいつか。」


 そう言って寄り添うようにして僕の家を後にする2人を見送ったあと、僕は時計をみる。時刻はもう8時。


「仕事行かなきゃ。」


 僕は誰に言うでもなくそう呟いた。






 ☆


 夜、そこは人気のない小さな谷だった。いや正確には1組の男女がそこにはいた。夜の谷に男女が2人。それだけでもずいぶん異質なことだろう。


 しかし、その2人は明らかにおかしかった。


 彼らは谷に住む魔物、山魔猿の群れの中でその拳を奮っていた。苦戦する様子もなく獣を一掃していく2人。


 しかし、それ以上に異質なこと。それは………………









「あの女まじで!くっそっっっっっっ!!!まじで!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!許さないからな絶対!!!オラッッッ!!!アアアアアアアアっ!!!!!」


 男の絶叫が谷中に響き渡っていたことだった。


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