第3話 2126年 1月18日 7:31 状態:セロトニンの分泌を検知
生き残るためのマニュアル
地表では海、川、水たまりに長時間接触することは避けてください。
高濃度に放射能汚染された地域では、必ず防護服を着用してください。
放射能汚染された水はどのような処置を施そうと飲めるようにはなりません。
◇
二日前に見つけたあの、『ドッグフード』の男――Mrドッグフードとでも呼ぼうか――について幾つかのことが分かった。
シェルターに持ち帰ったバックパックを探ってみると、ドッグフードが八袋、パンパンに膨れ上がったサバの味噌煮缶三つ、腐ったペットボトル水二本、32口径弾が七発、そして一枚のメモ。
興味深いのはこのメモの内容だ。
『食料と医療品が必要だ。食えれば何でもいい、コンドームがあれば持って来てくれ、水を貯めよう。生きて帰ってこい』
このメモから察するに、Mrドッグフードは何者かの命令を受けてホームセンターに居たということになる。それは個人なのか、何処かのコミュニティの人間なのか――ともかく、これで核戦争を生き延びた人類が居たという確信が持てた。全滅してはいなかったのだ!
奇妙な点は、彼の死因だ。彼の骨に損傷は無かった。暴徒から襲われたりすれば、骨の一本や二本折れていそうなものだが。今のところ考えられるのは、訓練を受けた人間が静かに殺した。放射能にやられた。外傷の残らない形で自殺した。この辺りではないかと思っている。この先解明されればいいのだが。
さて、今日探索する場所は地下鉄だ。場所は前回のホームセンターに続く道の反対側にある。今日は朝早く出ることにした。昼食は外で摂るつもりだ。昨日は激しい雨で地表活動が出来なかったが、今日はよく晴れているらしい。まあ、気分転換さ。こんな穴ぐらにずっと居たらおかしくなっちまう。
ああ、きっと地下鉄は暗いだろうから、暗視装置も持って行こう。フラッシュライトだけでは完全な暗闇に対抗できない事が分かったからな。
俺はいつもの装備に暗視装置と昼食のハンバーガーと缶コーラを加えて、エアロックを開いた。
地表は良い天気だった。昨日雨が降ったのは本当だったらしく、所々に水たまりが見て取れる。1月の風は寒いが、やはり日光を浴びるのは素晴らしい。久々にいい気分だった。
道中、一本のキノコを発見した。種類は分からなかったから、シェルターの図鑑で調べてみよう。原則として、キノコは食べない方が良い。栄養価もあまり無いし、キノコ狩りが盛んな国でさえ毒キノコによる中毒死が後を絶たないのだ。それでも俺がキノコを食用かどうか調べる理由は、シェルターの食料は有限だからだ。まだまだ余裕はあるが、何時かは尽きる。その時に飢え死にするようでは話にならない。
地下鉄に近付くにつれ、白骨死体が増えてきた。
見捨てられた者達にとって、地下鉄とは唯一の核シェルターだったのだ。
国籍不明のICBMを日本政府が探知し、国営放送で伝えた日。ごく一部の者が核シェルターに避難し、大部分が逃げ惑い、残った一部は地下鉄へ向かった。連日のニュースでも地下鉄に避難することは推奨できないと言っていたが、人間はそう簡単に生への執着を手放せはしない。
骨を踏まない様に気を付けながらも地下鉄の入り口まで到達した。最早階段は崩れ落ち、その奥に深淵が広がっている。誰か、いや、この際何かの生き物でも良い。何か棲んでいてくれ。
マウントしていた暗視装置を目の位置にセットし、深淵へ踏み込んだ。
◇
ガスマスクの装着方法
1.マスクを顔に当て、ハンドルを引っ張って固定してください。
2.排気バルブに手を当て、風船を膨らませる要領で息を吹き出してください。
3.吸気バルブを手でふさぎ、思い切り息を吸ってください。この時マスクのふちが顔に密着しない場合、髪の毛などの異物が挟まっている可能性があります。
4.顔とマスクの間に隙間が無いことが確認できれば装着完了です。――二〇二四年 日本政府より各家庭に発行。
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