第4話 2126年 1月18日 9:16 状態:アドレナリンの分泌を検知

 生き残るためのマニュアル


 廃墟での行動には細心の注意を払ってください。

 危険な細菌が生息している場合があります。


 ◇


 足元に細心の注意を払いながら階段を一段一段降りていく。かなり脆くなっていて、半ばまでに数回滑り落ちそうになった。それでもゆっくりと進み、ようやく下り終えた。


 ここの地下鉄の構造は頭に入っている。俺は戦前この駅を利用していた。その時は行きかう人々でごった返し、もみくちゃにされながらも満員電車に詰め込まれていたものだ。それが今ではどうだ? 暗視装置越しに見える床には白骨死体ばかり。いつも清潔に保たれていた構内は埃と砂塵に蹂躙されていた。


 ガスマスクに改めて感謝だ。ここを生身で歩こうとすれば呼吸にすら困るだろう。唯一欠点があるとすれば、頭を掻こうと手を伸ばしてもPASGTパスジット製の外殻に阻まれることか。このガスマスクはヘルメットと一体化したフルフェイス型なので、少し蒸れるのだ。


 奥に進むと、駅弁を売っていた店が見えた。カウンターに目を向けると一冊のノートが埃を被っている。手に取って数回叩いてからタイトルを読んだ。掠れた文字で、『生存記録』と書いてある。暗視装置越しでは細かい文字を読むのに苦労するが、どうやらこれも戦後の物らしい。ビニールで包んでからバックパックに入れ、俺は叫んだ。


「誰かいませんかー!」


 返事は無い。誰か居るかと思い叫んだのだが、届かなかったようだ。先に進もう。


 こういう所を歩いていると、銃の存在が本当にありがたく思えてくる。今まで一発も撃ってないし、そんな状況にも陥っていないが、人の消えた場所には他の何かが棲み着くと俺は思っている。それは幽霊でも超次元的存在でも何でもいい。オカルティストと言われればそれまでだが、俺はこういった場所での“何者か”の存在を感じるのだ。


 行き止まりの左右に階段が伸びる場所まで来た。この階段を下りれば三番ホームだ。


 右側の階段から降りようとしたが、大量の瓦礫で封鎖されていた。左側は通れそうだったので、左の階段から降りる事にする。今度の階段は比較的しっかりしていたが、代わりに水滴が滴ってくる。天井の亀裂から昨日の雨が染み出しているのかもしれない。


 階段の半ばで、突然ガイガーカウンターが耳障りな音を発した。放射線が存在する証拠だ。先程までは無かったから、階段の下に放射性物質があるということになる。AK12の右サイドレイルのフラッシュライトで照らした。丸い光は反射し、暗視装置と天井にその眩い光を返した――水だ、水が溜まっている。


 三番ホームはまるっきり水没していた。バックパックの底に固定している携帯酸素ボンベを使えば進めなくも無いが、水中に人が住んでいるとは思えなかった。


 結局引き返して、別のルートを進もうと思った時、奇妙な物を発見した。


 先程ノートを拾った駅弁屋――そのカウンター裏、従業員用控え室の扉が半開きになっている。


 俺が来た時は確実に閉まっていた。間違いない、何かの生物だ!

 小走りで扉に辿り着き、勢いよく開け放つ――人影があった。


 だが、俺は声を掛けることをためらった。異様だったのだ、余りにも。ボロボロのワンピースから、女性だと推測できる。だが異様なのは服装では無く、焼けただれた様な肌と髪の毛一本生えていない頭だ。


 彼女は壁の隅に立ち、身じろぎ一つせずに壁を凝視していた。負傷した生存者かもしれない。そう考えた俺は、恐る恐る声を掛けた。


「大丈夫ですか? 怪我をしている様に見えますが……」


 彼女はピクリと一瞬震えると、ゆっくり俺の方を向いた――その顔は、ぐずぐずに崩壊していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る