人工直観

真摯夜紳士

人工直観

 人工知能に経験させるのか、それとも経験を人工知能に教えるのか。

 この二つは似ているようで異なる。


 前者は人工知能のみの判断、後者は経験した人数分の判断。より精度を求めるのであれば、多角度的な後者を選ぶ。

 こと『直観』すらも機械に任せたい時代。私は、その最前線に立っている。


 とある地下の、だだっ広いサーバールーム。うるさい空調音の中、私を含めたスタッフは大きな画面と向かい合っていた。


 最新型の超スペックマシン――通称、FFエフツー。フォビドゥン・フルートの略で、丸く真っ赤な母体も相まって、禁断の果実を思い起こさせる。

 どんなスーパーコンピュータにも役割があるように、エフツーは『人工直観』を開発する為だけに作られた。


 そう、人工直観。つまり機械の勘。


「……チーフ、そろそろ帰った方が良いんじゃないですか。もう何日ここに居るんです?」

「数えてない。無駄なことに頭を使いたくないの」

「それじゃあ言いますが、十五日ですよ。寝泊まりするような環境でもないのに……しかもチーフは女性で」

「そんなことを考える暇があるなら仕事しなさい。最終調整段階なのよ? それに、私は女である前にエンジニアなの」


 ピシャリと言い放って、若いスタッフを黙らせた。

 この開発は人命に関わる。遅れるほどに人が死んでいくのだから。


 直観が求められるケースは、大まかに分けて二つ。

 緊急時、あるいは選択肢がありすぎて絞れない時。それを補えるのは咄嗟の経験則に他ならない。


 エフツーさえ完成すれば、確実に事故は減り、人の命も助けられる。

 きっと、あの子も報われるはず。


 私達に課せられた最初の指令は、戦闘機の人工知能に直観を与えるというものだった。

 高速戦闘中、敵機に撃たれた時の対処、射出座席のタイミング、離着陸の違和感――どれもがパイロットセンスを問われる。少しのミスが命取りになりかねない。


 国の軍部が提供してくれた何十年間分のブラックボックス。このデータをエフツーに学習させて、人工直観を生み出す。

 ベテランパイロット達の、まさしく生きた経験。これ以上の教材は無いだろう。

 明日のテスト飛行が上手くいけば、様々なことにも転用できる。


 工場のライン、自動運転車、高度な医療機械、やがては家電でさえも。

 ああ、なんて夢のある話なの。ありとあらゆる世界中の機械に、エフツーは革新をもたらす。


 私は、FFこの子を信じている。



▲▽▲▽



「……これが、エフツーが生み出したかね?」

「その通りです、司令」

「おぞましいな、人工知能というものは。自身を正当化させる為ならば、ありもしない者すら創り出すのか」

「知恵の実を食べた者は、エデンの園から追われる。ある意味で、神話にならってしまいましたね」

「ここを楽園エデンと呼ぶには、殺風景すぎるがな」


 一切の電波が遮断された地下室。二人の男は、旧時代の機械で映像記録を観ていた。

 今や、地上は機械人形によって統治され、人間が入り込む隙間など無い。


 人工直観を獲得した知能は、人間すら克服したのだ。

 食物連鎖は強い者が勝つ。地球の歴史上、それは当然の道理。

 人間の知識を食い尽くした機械が、その頂きに座っている。


 人は、それを神と呼ぶのかもしれない。


 司令と呼ばれた人間は、吐き捨てるように怨嗟えんさを口ずさんだ。


「我々は、勘に任せるべきではなかった」

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