第11話リプレイとリテイク

 ――約五秒。


 和灘悟が動き出してから、勝敗が決するまでに掛かった時間がそれだった。


 勝負を一部始終、もしくは途中から見ていた周囲の生徒達からも、驚きの声が上がっていた。

 同時に『まぐれ』、『何かの間違い』と判断し、その大半は半信半疑といった様子だった。

 かく言う赤眼瞳も驚愕し、体が硬直していた。



「アレが、まぐ……れ?――


 だが反面、彼女だけはその毛色が違った。

 時が経つ程に思考が加速し、理解が追い付き、驚嘆に深みが増すのだ。


 瞳は視線だけを和灘悟へ向けた。


 ……きっと、悟の動きを追えていたのは自分くらいだろう。


 そう思いながら、瞳は自分の記憶を脳裏で再生する。

 彼女が見ていたのは、二人の体から溢れ出ていた魔力だ。

 その為、保有魔力量が元々少ない悟が放っていた魔力は更に微少。

 魔術の才に恵まれた彼女でさえ、一瞬、彼を見失いかけた程だったのだから。


 そして、悟を見失ったのは、戦闘中だった東条陽流真も例外ではなかった。


トラップ】を踏んだ直後、和灘悟は魔術により大きく跳躍し、爆発による衝撃波を糧に加速。

 放物線を描いて跳躍を続けながら、魔術で速度を更に上昇させ、東条の背後へと着地。

 恐らくだが、そこで靴裏が砂利の地面に着く音が微かに聞こえたのだろう、東条は後ろを振り返ろうとした。


 しかし、時既に遅し。


 動作の途中、魔術により駿足と化し、東条の眼前まで迫っていた悟の鋭い右の拳が彼の左頬を殴り付けた。


 それにより、東条は脳震盪を起こし勝敗は決した。


 ……そう、決した。


 少しタイミングを間違えただけで大惨事になったであろう間合いの詰め方に、和灘悟が成功し。

 幾ら見えづらかったとはいえ、魔術の才に恵まれた東条がを見破れず。

 あまつさえ、彼が自身に身体強化魔術を施しておらず、和灘悟の攻撃を完全に無防備な状態で受け……。



 そんな、通常あり得ない事象が面白い程に重なり合って、勝敗が決したのだ。


【奇跡】だ。そう言えばいい、それを許そう、それを認めよう。

 だが間違うな、


 一連の和灘悟の動きに迷いはなく、そして冷静だった。

 対する東条陽流真は、油断し頭に血が上った状態だった。いや、悟によってそんな心理状態にさせられていた、と言うべきだろう。あるいは、悟の術中に嵌まっていたとも。


 ……しかし、だからこそ、東条が仕掛けた【トラップ】に嵌まってから発動するまでの時間くらい、正確に把握出来ていなければおかしい。

 でなければ、【トラップ】をあんな風に利用するなど限りなく不可能に近い。


 だから和灘悟は動き出した時既に、十中八九それを知っていた。

 だから、驚きを通り越し、瞳にはあの少年が不気味な存在に見えた。


 だって当然ではないか。


 それが正しいのだとして、つまり少なくとも和灘悟は、


 気付かなかった、気付けなかった、戦闘経験で遥かに勝る第五位階の自分の目を以てしても。

 背中に悪寒が走った。

 和灘悟という人間を、ある程度ではあるが理解したつもりでいた。しかし、それはやはり“そのつもり”でしかなかったのだ。

 何を見ている、何を知っている、何を考えている?分からない、他者より最弱のレッテルを貼られたあの少年の事が分からない。

 だが、思うのだ、あの【最弱者ワースト】は危険だ…ッ。


 無意識に浅く、早くなっていく呼吸。

 すると一瞬――和灘悟の視線が自分に向いた。


「……ッ!」


 まるで全てを見透かしたかのような彼の眼に、その瞬間、瞳の心臓が大きく鼓動した。

 直後、それが起爆剤となり、心拍数が一気に跳ね上がる。

 不味い、バレてしまったッ?、あの少年に…!


「……ぇ?」


 ふと下を見ると、自分の右足が一歩後退っていた。

 いや、それ以前にこの呼吸の仕方、この心臓の音、この思考。

 そんな、これでは、これではまるで……。


 ――私がアイツに怯えているみたいじゃないッ!


 有り得ない、認めない、そんな自分は許せない。

 自己嫌悪に瞳は歯軋りする。


「わ、和灘君…ッ!」


「ん?如月さん、どったの?」


「どうしたもこうしたも、どうして自分から【トラップ】に引っ掛かりに行くんですかッ!死んじゃったり、そうでなくても怪我したらどうするつもりだったんですか!ねぇ、どうするつもりだったんですかッッ」


「え、まさかのマジギレ!?」


 慌てて悟に詰め寄り、彼を叱咤する如月小雪。

 だが、そんな事はどうだっていい。


「いやいや、まず東条を倒した事褒めたげなよ小雪。ねぇ?ひと――」




「……和灘悟、だったかしら?」


 瞳に同意を求めようとした操沙の隣には、既に彼女の姿はなかった。


「ん?あ、あぁそうだけど」


 赤眼瞳の注意は、もう悟にしか向いていなかった。

 を暴かれるのは避けたい。

 しかし、何時からそれに怯えなければならなくなった?

 ふざけるな、ふざけるなッ。


 だから、彼女は和灘悟との距離を詰め、彼の目の前で立ち止まり。




「上等よ、えぇ上等よ……!アンタの試験、付き合ってあげようじゃないッ!」


 先程あった教室前でのやり取りのやり直しをするかのように、悟にそんな言葉を突き付けた。

 

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