第10話和灘悟は最弱である(2)

 声に反応した悟が見上げると、そこには――


「なッ……如月さん?」


 悟を護るかのように前に立つ如月小雪の姿があった。


「さっきから、その、見てて……。で、でも、こういう戦闘は演習の域を超えてますッ。それでも、や、止めないというのなら、私が相手をします」


 声を張り上げる小雪の両肩や両膝は小刻みに震えていた。

 だが、それは当然だろう。相手は第四位階だ、第二位階の彼女では地力に差があり過ぎる。


「ほう?これはこれは驚愕すべき事案だぁ。まさか如月家の人間が東条のやる事に口出しするなんてね。君の家が名家だったのは今は昔の話だというのに。……あぁ、それで言うなら鳴神や向こうの小萌蛇もだったか?」


 大仰に言いながら、東条は操沙の方へ嫌味な視線を向けた。

 しかし、操沙は彼の発言を鼻で笑い、こちらまで聞こえる声量で言葉を返す。


「何々、まさか【陰陽師】が魔術の資質が高い事を鼻にかけるつもり?」


「古臭い言い方はよせ。【陰陽師】が【魔術師協会】に吸収されて以来、僕達の呼び名は陰陽系【魔術師】になったんだ。もっとも、寧ろ僕は純粋な【魔術師】を名乗りたいくらいだよ。陰陽術なんて道具なしでは使えない代物よりも、魔術の方がずっと素晴らしい。それに、君達と違って才能もある訳だしね」


「あぁッ!?今アンタ、あたしに喧嘩売ったわねそうよね、ぶっ殺してやらァ!!」


「ちょっ、操沙!落ち着きなさい……ッ」


 激昂したのを赤眼瞳が慌てて羽交い締めにするも、操沙の怒りが収まることはなく、「シャーッ」と蛇のような声で東条に威嚇する。

 一体何時の間にあの二人はそこまで仲良くなったのか疑問に思いながら、悟は彼女達の様子を見ていた。

 が、直ぐに視線を小雪と東条へ視線を戻す。

 操沙の怒声などどこ吹く風、互いに見つめ合い、空気は極限まで張り詰めていた。


「それで、そこの最弱者ワーストなんかの為に本気で僕とやり合う気?一応言っておくけれど、相手が【魔術師】である事をなしにしても、僕は立ちはだかる敵に容赦はしないたちの人間だよ」


「わ、私も、本当に戦うなら容赦はしないです!」


「ハッ、その後ろの最弱者ワーストに仲間意識でもあるのかい?類は友を呼ぶというが、まさかそこまで落ちぶれていたとはねぇ。如月家の先が思いやられるよ」


「確かに、如月の名は廃れました。で、でも、私と違って和灘君は強いんです!その、今回は相性が悪かっただけで……」


 終盤、徐々に小雪の声に力強さが失われていった。


「ほう?つまり君は、相性の問題とやらがなければ最弱者ワーストがこの僕を倒せると言いたいのか。全く、ふざけるのも大概にしておけよ劣等生ども――本当に壊すぞ?」


 途端、東条の雰囲気が変わった。

 言葉で表現するならば、殺気。

 同時に、彼が先程以上に濃く大量の魔力を体から放出した事で、それがより顕著な物となった。


 だというのに、小雪は一歩も引かずにいる。


「……」


 ――不味いな、これ。


 その様子を静観する悟は、冷や汗を額に感じながら思った。

 小雪は完全にやる気でいる。

 彼女は第二位階だが、純粋な能力だけを見ても拳銃を持った一般人よりは強い。

 だが、今回は実力差以前に戦闘の環境も、相手との相性も悪い。

 相性に関しては、東条が炎熱系魔術を使うのに対し小雪が行使するのは氷結系低位魔術であり、悟と同等かそれ以上に劣悪だろう。


 だからと言って、今自分が戦う訳にもいかない。

 例によって、悟は追試験合格だけでなく、目下の問題として学院長が指定した条件を満たす必要がある。

 万が一戦闘によって動けない状態にでもなったら――割と高い確率でそうなるだろうが――有体に言ってシャレにならない。


 とは言え、このまま小雪を戦わせてしまえば悟が負うはずの傷を彼女が負う訳で、だが悟にも事情があって、いやでもやっぱり黙って見ているのも良心が痛むしあぁぁぁぁぁぁあもう――



「如月さん。こいつは俺がやる」


「えッ……!?」


 結局、良心の呵責に勝てず、悟は戸惑いの声を上げる小雪の前に立つ。


「だ、駄目だよ和灘君。だって、和灘君は――」


「大丈夫大丈夫」


 とは言ったものの、はっきり言って全く大丈夫ではなかった。

 敵は第四位階、能力だけで言えば見習いではなくだ。

トラップ】も使える為、悟との相性はやはり悪い。

 オマケに、今ある策はある意味愚策に近い代物だ。


 ――けど、勝機は……まぁ、有りそうだな。


 そんな事を考えていると、東条陽流真が悟を嗤った。


「何だ、ようやく観念したのか最弱者ワースト?」


「俺が負ける前提で話進めんな。窮鼠猫を嚙む、ってことわざ教えてやろうかこの野郎ッ」


「生憎と、実力が違い過ぎて、噛み付かれようが痛くはなさそうだけどね」


 皮肉を含んだ笑みで言った東条の言葉は正しい。

 先刻、猫真緋嶺にも話した通り、魔術戦において悟では誰一人としてこの学院の生徒に勝つ事は不可能。

 


 人知れず、悟の目からスッと隙が消える。


「確かにお前の言う通り、俺は【トラップ】に引っ掛かりやすい上に、遠距離攻撃が無理。近寄れなくなったらその時点で終わりだな」


「遠距離が無理。……なるほど、それならハンデを付けてやろうじゃないか。もっとも、そうなると君の敗因は、完全な実力不足に限定される訳だが」


「いらねぇよ、そんなモン」


 出された提案を悟は即座に切り捨てた。

 それに対し、眉を歪める東条。


「どういう意味だ?」


「そのまんまの意味だ。ハンデなしで来やがれ。それとも何か?まさかお前、万が一にも俺に負けた場合の言い訳でも作ろうとしてんのか?――まぁ、仕方ねぇよな、俺の弱点聞いて安心してたくらいだし?」


 肩を竦め悟が煽ると東条は歯軋りし、激しい苛立ちに口を歪めた。


「ハッ、随分と舐めた口を利くじゃないか最弱者ワースト!あぁ、いいだろうッ、そんなに地獄を見たいのなら見せてやる!」


 叫ぶように東条が宣言すると同時、悟を囲むようにして、大量の【トラップ】用の魔法陣が地面に敷き詰められた。

 最悪なのが、彼の元への道がそれらによって完全に閉ざされているという事。


 これでは最早、悟でなくても数歩前に進めば【トラップ】の餌食となってしまう。




「ハハハハハハハハッ!まだだ、まだ終わりじゃないぞ雑魚がッ」


 激しく興奮し口の両端を吊り上げた東条の背後に、魔法陣が数個顕現する。

 恐らく、攻撃用の物だろう。

 その様子を静観しつつ、悟は己の中で緊張が高まっていくのを他所に、腰を低くして戦闘の構えを取る。


「なッ……!バカ、止めなさ――」


「ちょい待ち、瞳」


 事態が急激に悪い方へと進んでいき、悟達を止めようとした瞳だったが、それに横から出て来た腕と声が水を差して来た。

 声の主は、東条陽流真の言葉に先程まで半狂乱状態だった長身の少女、小萌蛇操沙だった。

 その彼女が、あっけらかんとした態度で瞳の行動を阻害したのだ。


「アレが見えないの!?東条の奴、全力出してる。そりゃ、確かに【魔術制限結界】の所為で威力の高い魔術は使えない。だから、行使出来るのは弱い魔術だけ。けど、その余剰分の魔力であれだけの魔法陣を展開させてる。あれじゃあ、東条の攻撃から逃げられないし、逃げたとしても爆発に巻き込まれる。しかも、アイツは防御魔術が使えない。それに結界だって完璧じゃない、弱い魔術だって防御出来なきゃ怪我じゃ済まない事だってあるのよッ。このままだと、下手したら死ぬわ!」


「えぇ、十中八九そうなるでしょうよ」


「十中八九、って貴女――」



 まるでそれが当然かのように隣で言った操沙の台詞に、赤眼瞳は瞠目する。

 瞳の内心を悟ったのだろう、操沙は彼女の行く手を阻んでいた手を降ろすと、再び口を開いた。


「悟が序列最下位って、そりゃまともな魔術が一つも使えない【魔術師】なんだから当然の事よね。だから、大抵の魔術師はアイツを最弱だって呼ぶ。けど、強いよ悟は」


 操沙がそう言った直後、悟が突然――地雷原と化した【トラップ】の海へと飛び込んだ。

 その数舜後、彼が踏んだ魔法陣が爆発し、それが他の爆発を次々と誘発させていく。


 熱風を孕んだ爆風がこちらまで届き、瞳はそれを眼前に出現させた防御魔法陣によって防ぐ。

 爆発が止み、巻き上げられた砂塵と空中に漂う黒煙が悟と東条の姿を隠している。


 だというのに、赤眼瞳は瞬き一つ出来ずに硬直していた。


「もちろん、あたしは悟が最強だなんて言わない」


 不意に、そんな彼女へ操沙の声が再び語り掛けて来た。


「第四位階の魔術師が弱いとも言わない」


 話の最中、風に煽られ徐々に煙が散っていく。


「でも、アイツがそれだけだって――最底辺の魔術師だって思っている奴」


 辺りに散乱する静寂と騒めき。

 その中心にいたのは二つの人影。

 視界を塞ぐ煙のカーテンの大部分が霧散し、二つの影の正体が露となる。


「――鹿


 沈黙し、佇む和灘悟。

 そして、彼の延長線上には、失神し白目を剝いた東条が地面に仰向けになって倒れていた。

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