世界に勇者がいたならば。

星野 驟雨

世界に勇者がいたならば

 世界に勇者がいたならば。

 彼らにいったい何が出来たというのだろう。

 眼前に広がる光景と裏腹な心は、そんな風に声を上げる。


 平坦さを失った路に人は倒れて、いつもと同じ青い空が広がる。

 目の前で死んでいるのは誰だろうか。死体が見つかるなんて幸運だ。

 そんなことを考えてしまうほどに、この場所に現実味はなかった。


 突然の自然災害。何の前触れもなく、街一つを飲み込んだ濁流。

 今朝まで顔を合わせていたはずの人間は、その住居は跡形もなく消えていた。

 幸い、この濁流に私が飲み込まれることはなかった。

 

 ――でも、私は見てしまった。


 何気ない日々、退屈な授業の合間に見やる私の住む街。

 それが濁流に飲み込まれる瞬間を。

 獣のような唸りを上げてたった数秒のうちに故郷を消し去った悪魔の所業を。


 私を含む全員が轟音に引き付けられ、他人事のようにその光景を眺めていた。

 この学校で、被害にあった街に暮らしていたのは私だけだから、仕方ないかもしれないけれど、私自身もそれを他人事のように眺めていたと思う。

 実感がなかったし、その光景を見ても感情が湧きあがらなかった。

 現実味のない出来事を認識するのには時間がかかることを実感したのはこれが初めてで、何が起こったのかを理解できなかったというのが正しい。もしかすると理解することを拒んだのかもしれないけれど、少なくとも夢だとはちっとも思わなかった。

 それからどんどん怖くなって、胸が苦しくなって、全身総毛だったまま、ただ街を眺めていた。多分家族やお隣さんの心配をしてたと思うのだけど……でも、心のどこかで、巻き込まれなくてよかったと思っていたと思う。

 しばらくぼうっとしていると、進路課の先生が血相を変えて教室の扉を開けた。

 そのまま私の名前を呼んで、すぐに帰るように伝えられた。

 その声を聞いて体を動かしたけれど、どうしてか全身が痺れたままで、上手く動かせなかった。それでもそんな姿を見られるわけにはいかなかったから、頑張って動かした。

 身体が上手く動かなくて、隠してたつもりだったけど、先生にはバレてた。

 だから、進路課の先生が街の近くまで送ってくれた。


 その道中、我ながらおかしなことを考えてた。

 今まで一度も山が崩れることなんてなかったのに。

 学校で習った伝説にしか、そんな事書いてなかったのに。

 そんなことばかり考えて、ふと我に返ると麓の自警団の人と先生が言い争ってるのが聞こえた。多分、私より先生の方が焦ってたんだと思う。

 でも、そんなことはどうでも良かった。

 だって、何もわかってないんだから。


 結局、その日は自警団の本部で寝泊まりすることになった。

 眠れなかったけど、考え事ばかりで苦しくなかった。

 違う。苦しかったけど、考えないようにしてた。

 土砂崩れの原因ばかり考えることで、何とか我慢してたんだと思う。


 翌日、自警団の人たちと街があった場所に向かった。

 不思議と眠くなかった。むしろ頭がすっきりしていて思考はまわり続けてた。


 街までたどり着いても、何も感じなかった。

 路は傾いていたし、家はどこにもなかった。

 目の前に手が生えてたけど、誰のものかもわからない。

 珍しく死体が路に転がってたけど、家族じゃなかった。

 でも、それを見た時、ああ、やっぱり死んだんだって心の中で思った。

 悲しくはなかった。

 涙は流れなかったし、悲しいとも思えなかった。


 安らかに死ねたなら――。

 そんな思いがいっぱいに広がった。

 なんだかふわふわしていて、どうしてか歩き回りたい気持ちになった。

 だから、私は歩き出して街を見ることにした。

 自警団の人に止められそうになったけど、その人を別の自警団の人が止めてた。

 そして私は街を歩き始めた。


 そんな私の関心事は、伝説の勇者についてだった。


 この世界には今に続く伝説がある。

 遥か昔、魔法がまだあった時代。

 魔法に長けた勇者が活躍して、世界に平和が訪れたってやつ。

 でも、時は流れて、魔法は廃れていった。

 代わりに、多くの技術が生まれた。

 誰にでも扱える技術の方が、魔法よりも重宝されたんだって。

 結局、伝説は過去のものとなって、今じゃ信じてる人は少ない。

 でも、勇者にまつわるものは多くあって、確かに不思議な力はあるらしい。

 別に興味もなかったけど、そういうものがあるんだなって。

 だって、この世界は平和なんだから、わざわざ勇者の事を考える必要ないし。

 でも、もっと栄えてるところでは結構大事にしているみたいな話を聞いた。

 どうでもいいけどね。


 だって、勇者がいたとして、彼らに何ができるのかわからないから。

 そこに生えてる手を元に戻せるわけじゃないし。

 こんなことが起こらないようにすることなんてもっと無理だし。

 家族もどうせ死んじゃって、私だけが生きてるだけだし。

 なんで、悲しくないのかな。なんで、涙が流れないんだろう。

 お母さんの顔を見ても何とも思わないんだろうな。

 どんどん怖くなって、胸が苦しくなって――。

 ――それでおしまい。

 悲しいとかじゃなくて、苦しまずに死ねたならって思うんだろうな。

 お母さんもお父さんも見つかるかわかんないけど。


 そんなことを考えながら歩く。そして気づく。

 すれ違う自警団の人たち、皆こっちを見て目をそらしてる。

 憐れんでるのかな、私の住んでた街が被害にあったから。

 でも、そういう感じじゃないみたい。

 なんか、もっと気味の悪いものを見る感じの目。

 私は普通にしてるだけなのに、なんでそんな目で見るんだろう。

 まあ、どうでもいいや。


 どうせ何も変わらないんだから。

 私が一人ぼっちになったところで、何も変わらない。

 どうせ「不幸な出来事」で終わるんだ。

 節目の年に皆が思い出して、語って終わり。

 なんでそんな事するのかわかんないけど、どうでもいいや。

 考えるのも疲れちゃったし。

 全部どうでもいい。

 どうせ皆死ぬんだから、早いか遅いかだけ。

 だから勇者なんてつまんないこと考えて気を紛らわせてるだけ。

 理解できるわけないもんね。理解してほしいとも思わないけど。

 どうせこのまま生きて勝手に死ぬんだから変わんないや。

 ああ、家とかどうしよう。

 このままじゃ私どうしようもないよね。

 まあ、どうでもいいんだけどさ。

 どこも平和な世の中だもん。

 

 あーあ、空綺麗だなあ。

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世界に勇者がいたならば。 星野 驟雨 @Tetsu

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