うちのユニコーンが空を駆けてくれません
ちかえ
僕は空を走りたい
僕のユニコーンが空へ舞い上がる。
そのまま優雅に空を駆けて行く……事にはならなかった。ユニコーンが僕を振り落としたからだ。
「うわぁぁぁーーーー!」
僕は典型的な悲鳴を上げながら空中に放り出される。
急いでマナを使い、体を支える。間に合ってよかった。でなければ地面と衝突していたところだ。
そんな『主人』を無視して駆けて行こうとするユニコーンを魔法の手綱で呼び寄せる。これを使えば遠くのユニコーン相手でも合図が送れるのだ。
ユニコーンはしぶしぶと言った様子でこちらに戻って来た。
「何をするんだ」
「それはこっちのセリフだよ! 振り落としといて何だ、その言い草は!」
「お前のような奴がこのユニコーン様に乗ろうとした罰だ」
酷い言い草だ。大体空中で振り落としたら、マナを持っていない人間なら死んでしまう。
その反論は、ユニコーンに鼻で笑われた。
「マナのない人間はまず私に乗ろうと思わない」
それもそうかもしれない。いやいや、そうじゃなくて。
「大体、これっぽっちの事で動揺する者はユニコーンに乗る資格はない」
やっぱり言い過ぎだと思う。
最近はユニコーンの空の旅が流行っている。マナを持つ者はこぞってユニコーンを買っている。僕もそれにあやかったのだ。
なのにどうしてこうなったのだろう。お金がなくて安いのにしたのがいけなかったのだろうか。
ここまで気位が高すぎるというか高慢な奴が売ってるなんて聞いた事ない。野生だったら分かるけど。
「君はどうしたら僕を乗せてくれるの?」
尋ねてみたがまた鼻で笑われた。
悔しい。いつかきっと乗ってやる。
こいつと絶対に空を走るんだ。
***
その僕の決意をユニコーンはことごとく鼻で笑っていく。
高級なエサを与えれば『ご機嫌取りか』と馬鹿にするように言われ、ブラッシングをしてやれば『馬扱いするな!』と怒鳴られる。角を磨こうとすると『私の大事な角に触るな!』と体当たりされた。
腹立つ。
とりあえず『乗らせてくれなきゃどこかに捨てて来る』と脅してなんとか公園の中くらいは乗せてもらえるようになった。とは言ってもまだ地面しか走っていない。
今日もいつものようにユニコーンに乗って公園の乗馬コースを走っている。
「これじゃあただの馬だな……」
ため息を吐きながらひとりごちるとユニコーン——名前もつけさせてくれない——が不満そうにぶるると鳴いた。
「誰が馬だ! 私はユニコーンだ!」
「だったら地面ばっかりじゃなくて空を走ってくれよ」
つい文句を言ってしまう。どうすれば言う事を聞いてくれるのだろう。
ユニコーンは若い女の子が好きだと聞いた事がある。僕が男だからいけないのだろうか。
もしかして僕が女の格好でもすれば……。
「やめろ! 恥ずかしい!」
どうやら声に出していたようだ。
「やらないやらない。さすがに僕もやりたくない」
そもそも美青年とかなら似合うかもしれないが、僕ではダメだ。それは僕自身が良く知っている。
「どうやったら空を駆けてくれるんだよ」
「お前には無理だ」
「どういう意味だよ!」
「そういう意味だ!」
ムカつく。こいつはどうしてこんな酷い言い草しか出来ないのだろう。とっても性格が悪いユニコーンだ。
やっぱりこいつ捨てて来ようかなという気持ちが湧いて来る。払ったお金はもったいないけど。
僕の不満がユニコーンにも伝わったのだろう。ぶるると鳴く。それが駄々っ子を相手にしている大人のような声に聞こえるのが腹立つ。何なんだよ、こいつは。
「そんなに飛びたいのか?」
「そりゃあユニコーンを買ったんだから空に行きたいと思うのは当たり前だと思うけど?」
「勝手に金と交換しただけだろう」
本当にこいつは口が悪い。
でも空を飛ぶ気はあるようだ。でなければ『飛びたいのか』とは聞かないだろう。
「空、走ってくれるっていうのか?」
「いつまでも馬呼ばわりされたくないからな」
その言葉に肩をすくめる。やっと素直になってくれたか。
満足している僕にユニコーンは指示を出して来た。こんな固い土の上でなく柔らかい草の上に行き、マナで全身を守るようにと。
なんだか落とす気満々に聞こえるのは僕の気のせいだろうか。でもそうしないと空に行ってくれないというのでしぶしぶ従う。公園の芝生なら大丈夫だろう。
足で合図を送ると、ユニコーンが上昇する。
二ヶ月ぶりだ。最初の時は振り落とされたのだ。今度こそ優雅に空の旅が出来るはずだ。
そんなウキウキとした気分も最初だけだった。
空の上では上手くバランスが取れない。マナを使えば何とかなる事は分かっているのだが、振り落とされないように手綱をつかむのに必死で何も出来ない。
どうしよう。どうしたらいいのだろう。とにかくマナを使って……。
……なんだかだんだん気持ち悪くなって来た。
***
気づいた時には僕は芝生に寝かされていた。まだ頭がくらくらしている。
「だから無理だって言っただろう」
「すみませんでした」
叱って来るユニコーンに謝罪の言葉を告げる。本当に彼にも申し訳ない事をしてしまった。
きっと、ユニコーン自身のマナでなんとかしてくれたのだろう。でなければ一人と一頭で地面で落ちるはめになってたのだから。
「最初からこうなる事を分かってたって事?」
ユニコーンが頷いた。
普通は上昇する時からマナを使うらしい。それをユニコーンまかせにしたから『こいつはまずい』と降ろしたのだそうだ。
だからと言って振り落とす事はないと思うんだけど、今の情けない状況でそれは言えない。大体、僕はまだ立てる状態ですらないんだから。
とりあえず落ち着いたらマナについてもっと勉強しようと決める。でなければ彼に乗っての旅なんて夢のまた夢だ。
彼にもきっとこれから苦労を強いるのだろう。
「ごめん。もうしばらくは馬でいてくれる?」
「だから誰が馬だ!」
恥ずかしさを隠すために茶化したら、鼻で小突かれてしまった。その後でため息を吐かれたので意図は伝わっているだろう。
僕はもう一度きちんと謝罪をしながらその鼻をそっと撫でた。
うちのユニコーンが空を駆けてくれません ちかえ @ChikaeK
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