ボクとパパと、ときどきママ。

アナマチア

走る


「ママ〜、莉久リクとお散歩に行ってくるよ〜」


 玄関でくつを履きながら、パパが台所に向かって言った。


 すると、台所から廊下にひょっこり顔をのぞかせたママが、明るく笑いながらヒラヒラと手を振った。


「はぁーい、気をつけて行ってらっしゃい!」


 くつを履き終わったパパは、ママにヒラヒラと手を振り返して、仕上げにトントンとつま先を鳴らす。


「行ってきまーす。ほら、莉久もママに『行ってきます』して」


 パパに言われて、ボクはママの方を向いた。


「いってきまーす!」


 ボクの声がちゃんと届くように大きな声で言うと、ママが嬉しそうに笑ってくれた。


「ふふ、行ってらっしゃい」


 ママの笑顔が大好きなボクは、何度もママを振り返りつつ、わくわくしながらパパに引かれてお外に出たのだった。



※※※



 ……わっ、まぶしい!


 お外に出たボクとパパをお迎えしてくれたのは、ママの笑顔みたいにキラキラしたおひさまだった。


「お〜、いい天気だな〜。絶好のお散歩日和だ!」


 そう言ってお空を見上げたパパの真似をして、ボクもお空を見上げてみる。


 そこには、ふわふわした白いの――前にパパが、『くも』って言ってたやつ――がひとつもない、青い空が広がっていた。


 ……うわぁ、きれいだなぁ〜! ママも一緒だったらよかったのに。


 でもママは『おそうじ』するから一緒に来れないんだ、ってパパが言ってた。……ざんねん。


 しょんぼりしていると、パパが頭をなでてくれて、ボクの気分は『寂しい』から『嬉しい』になった!


「よし、莉久。さっそくよーいドン、するか?」


 よーいドン!?


 その言葉を聞いて、ボクはたちまち笑顔になった。


「うん! よーいドンする!」


 よーいドン、はかけっこの合図。ボクは走るのがだーいすきなんだ!


 興奮気味に「はやくはやく!」とぴょんぴょん飛び跳ねながら、パパを見上げる。


「よーし、じゃあいくぞ〜。よーい……ドン!」


 ダッ!


 ボクは思いのまま、全速力で走り出した。


「こら〜、怪我しないようにな〜」


 ボクの後ろをついて来るパパに、「わかってるよ〜!」と視線で返事をした。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 短い手足を必死に動かして、真っ直ぐに伸びる道をどんどん進んでいく。


 風を切って走るのは、とーってもきもちいい!


 真っ直ぐ前だけを見てひた走っていると、目の前から、女の子を連れたおばさんが歩いてくるのが見えた。


 少しずつ速度を落としてパパの足に寄り添うと、初めて会った女の子に、ちらりと視線を向けてみた。


 女の子は、ボクと目が合った途端、ぷいっと反対側を向いてしまった。


 ……お友だちにはなれそうにないみたい。


 仲良くなれそうな気がしたんだけどなぁ、と思いながらしょんぼりした。


 そんなボクの様子に気づかずに、パパが愛想よく「こんにちは」とあいさつをする。すると、おばさんからも「こんにちは」と返ってきた。


 「じゃあ……」と、そのまま通り過ぎようとしたボクたちを、おばさんが引き止める。


「とってもかわいい子ねぇ〜、女の子ですか?」


 ……むっ! ボクは男の子だよ!


 女の子に間違われて、ぶすっとふくれていると、パパが笑いながら「男の子です」と答えた。


 笑いごとじゃないよ!


 でも、むっすりしているボクの頭をパパが優しくなでてくれたから、ほんの少しだけ気分が良くなった。


「あら、ごめんなさいね。かわいい服を着てたから、てっきり女の子かと……」


「いえいえ、お気になさらず。よく間違われるんですよ。見ての通り、うちの子はかわいいので。……って、親バカですみません」


「ふふふ、私も親バカですから。お気持ちはよくわかりますよ」


「ありがとうございます。ええと、そちらは……女の子、ですかね? お名前は?」


「くう、って言うんです。漢字で『空』って書くんですよ。三歳になったばかりの女の子です」


「空ちゃんですか、かわいい名前ですね。うちの子は莉久って言います。もうすぐ三歳なので、空ちゃんのほうがお姉さんですね」


「あら、莉久ちゃんって言うのね、いい名前。……莉久ちゃん、また会ったら、うちの空ちゃんと仲良くしてね」


 おばさんが優しく頭をなでてくれたから、ボクは満面の笑顔で言った。


「うん! いいよ!」


「うふふ、ありがとう。それじゃあ、失礼しますね」


「はい、失礼します」


「ばいばーい!」


 おばさんと空ちゃんとお別れしたあと、パパからお水を飲ませてもらって、ボクたちはまた走り出した。



※※※



 近所をぐるりと一周して、ボクとパパはママが待っているお家に帰ってきた。


 二人して息を切らしながら玄関を開けると、廊下の奥からママが駆け寄ってきた。


「莉久、パパ、おかえりなさい!」


「ただいま〜……」


 ヘロヘロになったパパが、心底疲れたとため息をつく姿を見て、ママが苦笑している。


 ……パパ、情けなーい。


 たくさん、たくさん走ったけど、ボクはまだまだ元気だよ!


 その証拠に、ボクはママに向かって猛ダッシュして抱きついた。


 危なげなく抱きとめてくれたママが、「お散歩、楽しかった?」と聞いてきたから、ボクは元気いっぱいに答えたんだ。



「わん!」



 楽しかった気持ちが伝わったのか、ママはとっても嬉しそうに抱きしめてくれた。


 それから、何度も頭をなでたあとに、おでこにチューをしてくれた。


 うふふ! ママ、だーいすき!


「ふふ、とっても楽しかったんだねぇ。よかったね、莉久。今度のお散歩は、ママと一緒にいーっぱい走ろうね!」


「わん!」



※※※



 そのあと、ママから冷たいお水とおやつもらって横になると、すぐにウトウトしてきて寝てしまった。


 夢の中で、ボクとパパとママは、よーい……ドン! で走り出す。


 目指すは、ふわふわの白いくも!


 きっと、一等賞はボクのもの!

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ボクとパパと、ときどきママ。 アナマチア @ANAMATIA

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