第5話

開けると例の娘が晩飯のお盆を持って相も変わらず、にこやかに立っていました。


「おぉ、いつもすまない」

そう言って盆を受け取ると

「昨日の晩は焼き魚だったんで、今日は煮魚にしました。お口に合えばいいのですが……」


娘が少し伏目がちに言うと

「口に合うかなんてとんでもねぇ、口を合わせます!」


自分でも妙なことを言ったと思った瞬間

「プッ」

と娘が吹き出して笑い始めました。


娘は笑いをこらえながら

「ご、ごめんなさい。あんまり面白いことを言われるから、つい……」


「そ、そうですね、我ながら変な物言いをしました」

そう言って一緒に笑い始めました。


ひとしきり笑いが収まると二人は自然と会話を始めていました。


「この飯はあなたが作ってくれているのですか?」

「はい、本当にお口に合うかわからなかったのですが、人間の調理を真似て作りました」


「人間の調理ですか……じゃあ普段皆さんは何を食べてるんですか?」

言った瞬間、若者は『しまった!』と思いました。


人を食っているなど言えるはずもなく、娘に失礼なことを聞いたと後悔しました。


しかし娘は

「もしかしたら人を食っているとか思ってます?」


若者が黙っていると

「鬼が人を食っていたのはもう百年も前のことです。今の鬼たちは人は食いません。動物は食べますが、人間が食べる動物とほとんど変わらず、魚なんかも食べますよ」


「えっ?そうなんですか……知らなかったです」

「うふふ、やっぱり誤解されてましたね。人里では相変わらず人喰い鬼の話は絶えてないことは知っています。子どもを夕刻に家に帰すため鬼の話をすることもね」

そう言って娘はニコリと微笑みました。


「なんか、とんだ誤解を人間はしていたんですね。じゃあ今はほとんど人間と同じような生活をしているんですね」

そう言って若者も娘に微笑みかけました。


心なしか娘の頬が赤らんだ気がすると

「いけない、長居してすみません。もう、戻らなきゃ」

そう言って娘は足早に小屋をあとにしました。


翌朝も朝食を渡された時に娘と少しおしゃべりをして仕事に向かいました。


なぜか昨日よりが軽く感じられ、昨日以上にうまく船頭できました。

鬼たちは益々感心して若者を称えました。


毎日同じ生活の繰り返しでしたが若者は何故か充実感を味わっていました。


それは何より貯まっていく高価な宝石と朝晩の娘との語らいがその要因だと感じていました。


あっという間に月日が過ぎ、間も無く約束の一年が経とうとしていました。


いつものように晩飯の時間に娘はやって来ました。


しかし、いつもの満面の笑みはなく、どことなく寂しげでした。


「もうすぐお約束の一年ですね。やっと街に帰れますね」

「えぇ、年季奉公が明ける感じです」

そのあとしばらく沈黙が続きました。


「あのっ!」

二人同時に言葉を発しました。


「あっ、どうぞ、そちらから……」

「あっ、いえ、どうぞ貴方様あなたさまから」


「あっ、じゃあ……俺と…俺と一緒に街へ行って暮らしませんか」

若者は意を決して言いました。


娘を見ると涙を流していました。


「あぁ!すみません!今のは聞かなかったことに……」


すると娘から

「違うんです。嬉しくて涙が出ました」

「えっ?」


「私も同じことを考えていました。貴方様と一緒にいたいと。ただ……」

「ただ?」


「私は島で一緒に暮らせないかと考えていました」

「あっ、そうですか……そうですよね、島を出ることはできませんよね」

喜びが苦悩に変わりました。


残り三日となった時、若者は決断して娘に言いました。

「一緒に島で暮らします」

すると娘は再び涙して若者の胸に飛び込みました。

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