第4話

それから若者は、海岸にある古びた小屋に連れていかれ、

「ここを使わせてやる、必要なものがあれば言え、めしはこの娘が朝と晩運んでくれる」

そう言って鬼は歳は十五、六の娘(人間の姿をしていた)を指さしました。


「どうも……」

若者が言うと娘は丁寧に頭を下げました。

正体は鬼だとしても、なかなかの器量良しでした。


海岸に打ち上げられた木切きぎれで与えられた小屋の修理をしていると、

「こんばんは、晩御飯をお持ちしました」

と声をかけられ、振り向くと

先ほどの娘が、お盆にご飯と焼き魚と汁物を乗せてニコリと微笑んでいました。


「あ、どうも……」

若者は可愛らしい娘に気持ちは惹かれていましたが、正体は鬼だと自らに言い聞かせ、ワザと薄い反応に徹しました。


そんな受け応えを意に介さず娘はニコニコしたまま、若者に盆を渡しました。


「食べ終わったら、外に出しておいてください。朝食の時に持ち帰りますので」

若者は無言で頷きました。


翌朝、目が覚めて少しすると、入口の戸を叩く音がしました。


出ると昨日の娘が朝食を持って立っていました。


そして、変わらない愛想の良い微笑みをたたええながら

「おはよう御座います。朝食をお持ちしました。召し上がってください」


そして、盆を手渡すと、また、晩飯の際に空いた盆は取りに来ると告げて立ち去りました。


余りの可愛らしさに、思わず声をかけそうになりましたが、すんでの所で思い止まりました。


『やばい、やばい、ここで娘に声かけなどして、鬼の親に知られたら、それこそ、食われてしまう』

そう思うと一瞬朝食が喉を通らなくなりましたが、気を取り直してすべて平らげました。


「では、今日は頼むぞ」

船頭仕事の初日を迎え、早速商人に化けた鬼たちを乗せた船を街に向けて出航させました。


島から外界に出るまでが、結構な荒波でしたが、若者は慌てることなく船を操り、荒波を乗り越えて外海に出ました。


見ていた鬼たちはなかなかのものと皆感心して若者の炉捌ろさばきを見ていました。


無事に街に近い港に着くと、

「商売に行ってる間はおまえも自由にしていいぞ。我が家に必要なものでも取りに行ってこい」


鬼に言われた若者は

『自由にしていいだと?帰ったきり俺が戻らないとか、町役人とかにコイツらは鬼だ、と訴える、とか思わないのか?』


そう疑問に思いながらも

『でも、そんなことしても俺には何の得もない。今日島まで戻ればそれだけで宝石一個だ。どちらが得かはあきらかだよな』

と直ぐに考え直しました。


一応必要な物を取りに家には戻りましたが半刻もしないうちに船に戻り帰り支度をしました。


「ご苦労、もう出航準備はできてるみたいだな、感心感心」

そう言って鬼は若者の肩をポンと叩きました。


鬼は人の姿をしていましたが、叩かれた肩には普通の人間が叩いたのとは明らかに違う重みを感じ、『やはり、鬼は鬼』と改めて思いました。


その日は無事に島に帰り、約束通り鬼から宝石ひとつを報酬としてもらいました。


その宝石を小屋の中で眺めていると、戸を叩く音がしました。

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