第29話 目指すべき場所
さっきまでいた処に戻ると桃香達四人の姿が見えない。何処に行ったのかと周囲を見回すとポツンと一人浮かない顔で俯く女の子に気付いた。さっき舞台にいた一人だ。
「――えっと、サクヤさん?」
名前を呼ぶと彼女はビクッと肩を震わせた。まるで恐ろしい相手を見るみたいに僕の顔を見つめて視線を逸らす。それで複雑な気分になりながら再び声を掛けた。
「あの、サクヤさん? 四人が何処に行ったかご存知ないですか?」
「あ、あの、お姉さまが……その、連れて行かれました。多分お食事だと思います……」
「そうですか……あの、サクヤさん? もしかして……僕、避けられてます?」
思い切って尋ねた途端、彼女は泣きそうな顔を僕に向けた。
「ち、違います! その、私……偉そうな事言って、勝負にも、なって、なくて……」
そして彼女は再び俯いてしまった。そう言えば結果発表の直前僕は彼女に酷い事を言って怒らせた。正直あの時はそれ処じゃなくて今になって申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「あの……サクヤさん、あの時はごめんなさい」
「……ッ、何故貴女が謝るのですか! あれは私が――」
「でもお陰で何とかなりました。これもサクヤさんのお陰です。本当に有難う」
「――え? あの、モカさんの件、解決出来た……のですか?」
「はい。ですからサクヤさんにお礼しなきゃと思って……」
僕が頷いて言うと彼女は何か考える様な顔に変わる。やがて顔を上げると、
「……ミユさん、ちょっと……お付き合いください。どうか助けてください」
「え? あ、はい?」
彼女は僕の手を引いて会場の外に歩きだした。僕は良く分からないまま付いて行った。
僕が連れていかれたのはホテルの最上階。高級そうな一室だ。ベッドにはドレスが何着か放置されていてその向こうの部屋には大きな板が二枚直角に合わせて立てられている。
彼女は真っ直ぐその板に行くと真剣な顔になって僕を見上げた。
「――ミユさん。こんな時に失礼ですけど、どうか私にアバターの調整方法を教えて下さいませんか? あれからずっと気になって考えているのですが、分からなくて……」
そう言うと彼女は置いてあるグローブを着けると電源らしいスイッチに手を伸ばした。
直後、板から光が瞬いて何もない空間に文字が浮かび上がる。見た事も無い機械だった。
「え……これ、何です!?」
「最新型のアバター・ビルダーです。VRワールドに直接接続出来ないのですが……」
そして彼女が空間に指を走らせると少しして何も無かった場所に少女の姿が現れた。
それは彼女のアバター『クシナダ』だ。今、スマートグラスを着けていないのに立体として存在が見える。それはとても信じられない物だった。
「どうすればポイントを少なくしてあんなに感情豊かに出来るんですか? チョメ子さんはあんなに自然で感情が伝わってきます。バーテックスの減らし方も分からなくて……」
「あ、あの、これ使い方分からなくて……どう言う風に作ったか教えてください……」
「あっ、申し訳ございません! そうですよね、使い慣れた機材じゃあ無いですよね」
そして彼女が操作するとアバターの衣装が消え、皮膚や筋肉、骨格が表示されては消えて行く。最後に板の表面に全裸の少女――どう見てもサクヤさん本人の写真が表示された。
「……あの、これ……サクヤさん、ですか……?」
「はい。クシナダは私自身です。五年も掛かってしまって。これは二ヶ月前に浴室で撮影しました。実は私、絵心が無くて。自分の写真から医学資料を参考にボーンと言う物を作りました。中等部の頃に初めてで背骨が大変でした。関節の繋ぎ目が凄く多くて……」
ボーン――それは確かに『骨』の意味だけど正確にはモデルを人らしく動かす為に配置する物で決して『骨格標本を創る』って意味じゃない。話を聞いているともしかしてこの子、本当にゼロから『人』を作ったのか!? まさか骨格とか筋肉とか全部!?
「それで筋肉をボーンに付けました。お姉さまに相談したのですがある程度纏めてやった方が良いと言われまして、一本一本は諦めて筋繊維単位で纏めてみたんですが……」
――いやいやいや、普通それは髪の毛とかの意味でまとめるの意味が違う!
「あと一番苦労したのは骨盤から長内転筋接続です。筋肉の中を通っていて再現が大変でした。心臓の鼓動はループモーションで、子宮も骨盤との関係が難しかったです……」
「……ちょ……いや、ちょっと待ってください……」
「あと脂肪と皮膚でしょうか。胸は乳腺がありますから――はい、何でしょうか?」
「……サクヤさん、人体を全部作ったんですか? 内臓なんて見えないのに全部?」
「え……はい。見えなくても存在するなら再現した方が良いと思いましたので……」
そう言えば昨日ウズメ――サクヤのお姉さんが舞台で言った筈だ。クシナダの造形構成点は一〇〇万点以上。普通のアバターは一万程度だから骨格や臓器、筋肉に脂肪まで再現して九十九万ポイントも消費している事になる。それは贅沢過ぎる『無駄』だった。
まさかここまでとは思わず僕は項垂れる。それを見たサクヤは不安そうに変わった。
「……あ、あの……駄目、でしょうか……?」
「――全然駄目ですね。話になりません」
「……え、ええっ!? そ、そんな……!」
思わず呆れた声を出してしまう。余程ショックだったのかサクヤは床にぺたりと座り込んでしまった。僕はその隣にしゃがむと慰める様に彼女の肩に手を乗せて尋ねた。
「……サクヤさん、お姉さん――ウズメさんに作り方、相談しなかったんですか?」
「は、初めてのモデルは自分で考えなさい、と仰って……私、クシナダが初めてで……」
それでやっと合点がいった。真面目過ぎる彼女は張り切り過ぎて何の為のアバターなのかを失念している。モデルは絵と同じで目標に対して大きな流れを掴み絞り込む物だ。
彼女は写真の様にある物をあるがままに『再現』していただけだったのだ。
初めてクシナダを見た時に悩んだ事を思い出しながら僕はただ苦笑した。
「……クシナダは確かに凄いです。でもそれは技術的、学術的でアバターとしてじゃありません。僕達は『画家』みたいに自分の世界を描くんじゃなくて誰かが使う為に――」
だけどそう言い掛けて僕はハッとした。サクヤは不安そうに僕を見上げて恐る恐る呟く。
「え……と、『画家』じゃなくて……?」
「――そうか。父さんやウズメさんが言ったのは、そう言う事だったのか……」
「え? あの……ミユさん?」
その時僕の中では今までに聞いた大勢の人達の言葉が一つの形を取り始めていた。
自分の世界を認められたのが『画家』。でも僕達の目指す『デザイナー』は根本が違う。
デザイナーが目指すのは『人が求める物』で歌や演奏をする人――モリグナやカナさん達は聞いてくれるファンの為に。そしてウズメさんは『使う誰かの為』と言っていた。
そして『父さんと僕は違う』――僕は父さんと目指す物が違う。だから父さんの世界で勝負しても意味がない。画家のコンクールに『デザイナー』は求められていないのだから。
それに気付いた時、突然目の前からモヤが晴れて鮮明な世界が広がった様な気がした。
「――サクヤさん。僕達は『画家』じゃなくて『デザイナー』です。僕達は誰かがいないと作れない。だって僕達は自分の為じゃなくて、その『誰か』の為に創るんだから」
「……え……誰かの為に……ですか?」
今も戸惑った表情のサクヤに首を傾けて微笑む。僕はやっと全部理解出来た気がした。
「これから一緒に作りましょう。誰かの為に。それ以外はノイズです。僕達はその為にアバターを創るんです。きっとウズメ――お姉さんも貴女にそれを知って欲しかったんだ」
今思えば『チョメ子を使いたい』と言ってくれた子は僕が桃香を思って作ったからこそ魅力を感じてくれたんだろう。情けない話だけど僕も全然分かっていなかったと言う事だ。
だけどサクヤは僕が姉のアバターの名を口にした途端涙ぐんで小さく呟いた。
「……お姉さまが、私を……駄目な妹じゃなくて……教えようと……」
「ええ。だからクシナダを『アバター』にしましょう。先ずはそこからですよ」
「……は、はい!」
彼女が嬉しそうに笑みを返して僕の手を取った――とそんな時部屋の扉がノックされた。
『――お嬢様、失礼致します。入っても構いませんでしょうか?』
扉の外からそんな声が聞こえてきて、サクヤが『はい、どうぞ』と短く返す。
聞き覚えのある声だ――と思っていたら、予想通り僕達の世話役だった清水さんだ。
だけどその隣で小さな人影が動いた。
「……ミユちゃん、契約書作るから来て、だ……て……なんだとう!?」
「あれ? 桃香、どうして一緒に?」
桃香は愕然とした顔で硬直している。そしてその代わりに清水さんが穏やかに答えた。
「……ミユ様をお探しでしたのでお連れしました。サクヤお嬢様のお友達でもいらっしゃいますので、お部屋の方へお連れしても構わないと判断したのですが……」
「え、あ……はい。モカさんも私のお友達です……あの、モカさん?」
でもサクヤが声を掛けても桃香は動かない。視線が僕達の後ろをひたすら凝視している。
なんだろうと僕とサクヤは顔を見合わせて二人一緒に首を傾げた。だけど少しずつ桃香の顔が真っ赤に染まっていく。そしてそのまま桃香はズカズカと僕達の間に割り込んできた。手を取り合っていたのを無理矢理引き剥がすと突然、僕の頭を小さな胸に抱きしめる。
「……もがっ……桃香、何を……」
「えっ? あの……えっ?」
戸惑いの声を上げるサクヤ。だけど桃香は彼女に向かって大きな抗議の声を上げた。
「――み、ミユちゃんは、私のなんだからね!! 私の彼氏なんだからね!!」
「……えっ? 彼氏、って……こんな綺麗な方が殿方の訳が……ああ、そう言う……」
サクヤは一人納得する様に呟くが、清水さんの憂いを帯びたため息が聞こえてくる。
「……サクヤお嬢様。大変申し上げにくいのですが……」
「え? あの……清水さん?」
「……ミユ様はれっきとした殿方にございます」
「……えっ?」
そしてサクヤの場違いな疑問の声。僕はやっと桃香の胸から何とか顔を引き剥がした。
「――ぷはっ……も、桃香……苦しいでしょ……いきなり何するの……」
口を開いたまま何も言えないサクヤとやっと呼吸が出来る様になってため息を付いた僕の視線が桃香へと再び向けられる。だけど桃香は今にも泣きそうな顔になって僕達の後ろにあるアバター開発用機材を指差しながらまるで悲鳴みたいな声を上げた。
「お、男の子に……部屋で二人きりで、女が自分の裸見せるとか、何考えてんの!? 信じらンない!! さては……ミユちゃんを誘惑するつもりね、やっぱり、この……泥棒猫めえッ!!」
そして桃香が指差した先へ僕とサクヤは視線を向けた。そこにはサクヤが風呂場で自撮りした全裸写真が壁一面に表示されている。制作過程を聞いた時からそのままだったのだ。
「……ああ、サクヤさんの裸か……なんだ、そんな事か……」
「そんな事って何よ!? 女の子にとって、そう言うのって超大事なのよッ!!」
「……裸婦デッサンで昔から散々見てるし……分かったよ、今度見て上げるから……」
「そ、そう言う問題じゃないっ!! あと、そう言う意味で見るなっ!!」
そんないつものやり取りを桃香としていると、『ヒッ』と言う小さな悲鳴が上がる。視線を向けるとサクヤが青褪めた顔で表示された自分の裸体を見つめている。ゆっくりと振り返ったサクヤと僕の視線が重なって、僕が『ん?』と首を傾げた途端――
「――ッ、い、イヤァァァッ!! わ、私なんて事を、み、見ないでくださいぃぃぃッ!!」
突然、部屋の中に彼女の悲鳴が響き、背後から清水さんの冷静な声が聞こえて来る。
「サクヤお嬢様……例え同性が相手であったとしても、こう言った物をみだりに人様へお見せになるべきでは無いと清水は思うのですが……如何でしょうか?」
「……ひっ……ひっ……ひぐっ……う、うわーん!!」
しゃっくりの様な引きつる声を上げて彼女は顔を真っ赤にしたまま泣きだしてしまった。
*
「――もう! 折角他の子に目を付けられない様に女装させたのに意味無いじゃない!」
「え……そ、それでか!? と言うか、それはそれで精神的に滅茶苦茶キツイんだけど!?」
廊下を歩きながら怒って腕にしがみつく桃香がとんでもない事を暴露する。後の事は清水さんが請け負ってくれたけど何と言うか疲れた。それにしがみつかれて歩きにくい。
そうやって下のフロアに行くと僕達はウズメ――鳳龍院アマノさんの部屋に辿り着いた。
早速契約書を交わす事になり、僕が出した書類を見た途端アマノさんは絶句してしまう。
書類に書いた『阿波幹雪・十六歳・男』の文字にアマノさんは呻く様に呟く。
「……そ、そう言えば……前に阿波先生が、息子さんに電話とか言ってた様な……」
「ああ、あの時の……アマノさん、父さん達と一緒にフランスに行かれてたんですか?」
「ハァ……フランスは医療に厳しいから。ご両親には通訳で付き添って頂いたの。それよりサクヤの友達になってくれてたのね。あの子人見知りで自分に自信がないから。でも先生のお子さんなら親戚みたいな物だしやっと一安心って処だわ。本当にありがとうね?」
少し引きつった笑顔のアマノさん。だけど僕は首を傾げた。考えてみれば僕は小さい頃から親戚や両親の身内に会った事が無いしお盆の様なイベントとも殆ど縁が無かったのだ。
「あの……親戚みたいな、ってどういう事ですか?」
「うん? ご両親から聞いてない? 阿波先生は若い頃、うちのお爺ちゃんが後見人だったのよ。色々あったらしいけど私からは言えないかな? だからご両親に聞いてね?」
そう言ってアマノさんは話を一旦区切ると、『さて』と続けて真面目な顔に変わった。
「……桃香ちゃんにミユちゃん……ミユくんかな? 君はサクヤとよく似てるわ。もっと自分がやる事に自信を持ちなさい。私達の仕事は『他人を考える』けど『流される』のは駄目なの。その上で最後の確認よ? 貴方達は『やる』? それとも『やらない』?」
その途端室内はシンと静まり返った。黙っていた桃香が僕の袖をそっと摘んでくる。
桃香の不安そうな顔を見てからアマノさんを見ると、やがて――
「――やります。出来るなら将来の仕事として……ですから、よろしくお願いします」
僕がそう言うと桃香も『やります』と短く答えて、アマノさんは再び笑みを浮かべた。
「じゃあ二人共、今後共よろしくね。ようこそ、ジャパンVRワークスへ。歓迎します」
こうして僕と桃香は先ずはバイトとして、『ジャパンVRワークス』で働く事となった。
やがてパーティも終わった後、帰りにふと思う事があって僕は桃香に尋ねてみた。
「桃香、もしかして……最初から全部、僕の為にやろうとしてたの?」
彼女はいつもの様に指を髪に絡めて悪戯そうに笑うだけで何も答えてくれなかった。
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