最終章 チョメ子さんx変化(アバター)る!

第28話 父さんの道、僕の道

 コンテスト結果発表の翌日。コンテスト入賞パーティに僕と桃香はやってきていた。

 桃香は黄色のドレス姿でまあそれは分かる。だけど何故か僕まで女性用のドレスを着せられていた。どうにも納得が出来ない……なんでこうなった……?


 今日の昼過ぎ、桃香が随分早くやってきていきなり『チョメ子の動きがおかしい』と言い出したのだ。今更どうしてと言うと叱られた。夕方迎えの車が来るまで時間があると思って油断していたら女装させられた姿のままで送迎車に押し込まれた。

 そして最優秀賞者担当に鳳龍院家のメイドさん、清水さんに案内されて紳士服を頼んだら何故か女性物のドレスを着せられたのだ。

『――恐らくミユ様はこちらの方がよろしいかと存じます』と言われて。

 僕はきっと忘れない。その時桃香も一緒になって僕を押さえていた事を。



 パーティ会場は高級そうなホテルの大ホールで、連れて来られた僕達や他の女の子達はいきなりワイヤレスイヤホンを渡された。何の説明も無くいきなり舞台に引っ張り出されて逃げる隙も無いまま僕はドレス姿でその中にいた。そしてそのまま紹介されてしまう。


「――さて、今回のコンテストに入賞したのはなんと、偶然にも全員が可愛らしいお嬢さん達です! 事業部としましては未だ男性主体であるVR業界の現状を鑑み、システムに詳しくない年齢層、女性層へのアプローチ強化を検討中です。皆様、彼女達に拍手を!」

《――全員お辞儀準備……三、二、一、はい! お疲れ様!》


 イヤホンの指示通りに頭を下げると客席の裕福そうな大人達から一斉に拍手が上がった。

 それを見ていてメイドの清水さんがドレスを勧めた理由が分かった気がした。


 結局『受賞パーティ』と言いながら実は企業の新年パーティだ。僕達入賞者はVRワールド事業の業務報告を兼ねた『新人』として顔見世をさせられたと言う訳だ。

 更に司会の女性の紹介文を聞いた限り、僕が男として混ざるとちょっとよろしくない。

 結局そんな大人の事情を押し付けられただけだった。


 挨拶が終わった後、自由に飲み食いして良いと言われて放置された。だけどそんな事言われても出来る筈が無い。女の子達も隣の桃香も顔を青褪めさせたまま今も緊張している。

 だけどそんな中で突然女の子達の中にいた小さくて可愛らしい子がキッと顔を上げた。


 どうやら緊張していたと言うよりどのタイミングで声を掛けようか迷っていたらしく頬を赤くしながらいきなり隣にいる桃香の前に真っ直ぐ歩いてくる。そして――

「――あ、あの! チョメ子お姉さまですかっ!?」

「……ヒッ!?」


 だけどいきなり声を掛けられた桃香は小さく悲鳴を上げて僕の腕にしがみついてきた。

 相変わらず人見知りは健在みたいで怯えた顔で小さな女の子を見つめている。だけどその子は目を一層キラキラさせると更に詰め寄って嬉しそうに声を上げた。


「チョメ子お姉さまと瓜二つですわ! きっとそうですわよね!?」

「……え、えと……ち、違い……マス……」

 そのやり取りを聞いて僕はこの子が誰だかすぐに気付いた。モリグナの三人が確か自分に無い物をアバターに求めていた筈だ。それなら――


「――こんばんは。初めましてアンズさん。僕がチョメ子のオーナーです」


 すると少女がキョトンとした顔に変わる。やがてその顔が耳まで真っ赤に染まると信じられないと言った様子で首を横に振り始めた。

「お、お姉さま!? え、本当に!? す、凄いですわ! こんなお綺麗な方だなんて!」

 確か男が苦手って言ってたから一瞬バレたかと思った。だけど少女――アンズは両手を組んで大はしゃぎしている。それより僕は別の事でダメージを受けていた。


――き、綺麗って……女の子に言われた……。


 予想以上にダメージを受けているとアンズの後ろから二人の少女が近付いてくる。

 ボーイッシュなショートカットの子と清楚で大人しい印象のポニーテールの子だ。


「こんばんは。ええと……貴女がミンクさんでそちらがルビイさんですね。初めまして」

 声を掛けられる前に挨拶すると二人が驚いた顔で立ち止まった。ショートの子は驚愕に顔を震わせている。ポニーテールの子も口元を押さえて目を白黒させている。


「――え……え、嘘ッ!? なんで私がミンクって分かったの!? いっつも絶対にルビイと勘違いされるのに!? ペケ子姐さんマジパネェ!? ぶっちゃけマジあり得ない!!」

「ほんとに……初めましてチョメ子さん。先日は大変お世話になりました。私達、お会い出来るのを楽しみにしてたんです。だけどまさかこんなお綺麗な方だったなんて……」


――ま、また綺麗って言われた……。


 凹む。マジ凹む。男の自分を完全否定された気分だ。ちょっと泣きそうだ。だけど僕は優しい暴言に耐えた。実は男だとバラしたい衝動に何とか耐える。

 すると桃香が抱きついていない左腕にアンズがいきなり抱きついてきて自慢げに笑った。


「当然でしてよ! だって私のチョメ子お姉さまなんですから!」

「……あの、ホントすいません。この子いつもこうで……」

「ちょ、ルビイ! いきなり否定しないでくださいます!?」

 そして非難の声を上げるアンズをジト目で見ていた桃香がボソリと呟いた。


「……間違えた癖に……」

 でもその瞬間ミンクとルビイの視線が桃香に向かう。そして見た途端驚いた声を上げた。


「――うわ、何これ!? リアルペケ子!? 似てると思ってたけどマジやばくね!?」

「凄い、アバターそっくり……あ、と言う事はモカさんですね。よろしくです」

「ひ、ヒィ……た、助けて、ミユちゃん!!」

「……あの、二人共……程々に――」

 二人に頬や腕を触られまくって悲鳴を上げる桃香。だけどその時僕のニックネームを口にしてしまう。それを耳聡く聞きつけた三人は嬉しそうに笑った。


「まあ、チョメ子さんはミユさんと仰るんですね。お名前を知れて嬉しいです!」

「マジ羨ましいわー、身近にこんなお姉さんいたら男なんて要らなくなるよねえ」

「で、ですわよね! そりゃもう、き、キスしてもいい位に!」


――げふぅっ……。


 その瞬間昨日カナさんに見せて貰った衝撃キス映像が僕の脳裏に蘇った。

 あの直後映像はネットで配信されて恐ろしい事にそれまで余り支持されていなかった若い女性層に大好評らしい。確かにチョメ子は中性的だけど色々複雑と言うか怖い。

 そして桃香が三人の玩具にされている中、大人達が僕達に近付いてきた。司会をしていた女性に連れられてスーツ姿の男女が傍にまで来た時、僕は――絶句した。


「――皆、放ったらかしでごめんね? 実は私の家で絵を描いて下さってる画家の先生が是非皆に会いたいと仰って――阿波先生、玲子さん、サクラさん、こちらです」

 そして女性の後ろに続く大人の内二人が目があった瞬間口元をパンと叩いて押さえる。

 その隣で困った顔で笑う女性――サクラ小母さんを見て桃香が驚いた声を上げた。


「あっ――ママ!? それに小母様、小父様も! どうしてここに居るの!?」

 そう、それは僕の両親と桃香の母親、サクラ小母さんの三人だったのだ!

「あら、やっぱりモモだったのね! もしかしてと思ってお願いしたのよ!」


 だけどサクラ小母さんは僕に反応しない。どうやら気付いていないらしい。だけど父さんと母さんは口元と脇腹を押さえながらブルブルと震えている。その様子を見て司会のお姉さんは怪訝な顔になると首を傾げて父さんに尋ねた。


「……あら? あの、ひょっとして……先生、お知り合いだったりされます?」

「――くっぷ……くくっ……す、すいませ……う、ウチの、むす……娘、です……」


 必死に笑いを堪えている父さん。その隣で立ち直った母さんが恐ろしい笑顔で近付いてくると動けない僕の肩に手を置いてガッチリと掴んだ。そのまま僕の顔を覗き込んでくる。


「……あらーミユちゃんじゃないのー。偶然ねー一緒に来ないと思ったらモモちゃんと一緒に来てたのねー。それにとっても可愛らしいドレスじゃないのー。よく似合うわー」

「……か……か……かあさ――」

「……だけどねー、女の子が二人だけだと『お母様』とっても心配だわー。だけどアマノちゃんの処のパーティなら安心ねー。『お母様』大安心ー。失礼の無い様にねー」

「――は、は、はい、お母様……」


 そしてそんな光景を見ていた司会者のお姉さんが驚いた顔に変わる。

「――え……まさか、阿波先生のお嬢様だったんですか!?」

「うふふ、ミユちゃんって言うの。普段は全然女の子らしい格好してくれなくてねぇ」

「道理であんな素晴らしいアバターを調整出来た訳です! 私でも悩んで実装を躊躇していた感情表現をあっさり創るなんて……流石先生のお嬢様ですわ! 早速公表して――」

 だけど司会のお姉さんが恐ろしい事を言い始めた時、やっと笑いが止まった父さんが如何にもそれらしい真面目な表情で口を挟んだ。


「――ああ、アマノちゃん。公表はしないでやってくれるか? 今までこいつ、俺の所為で色々苦労してっからさ? 出来たら自由にやらせてやってくれると助かるんだけど?」

「ああ……分かりますわ。家の名前で苦労しているのは私も同じですから。分かりました阿波先生。どうぞ私にお任せくださいな。お嬢様をお預かりさせて戴きますわ!」

 そしてその直後――僕は父さんに『話がある』と言われて席を外す事になった。



 会場の壁際に行くと父さんは壁にもたれる。僕は何とも言えずただ黙って立っていた。

「――いや驚いたわ。まさかミユがここにいて、モモちゃんとコンテストに参加してたなんてな? 玲子ちゃん滅茶苦茶喜んでたぜ? ちゃんとやる事やってたんだな?」

「……えっと、その……」

「ま、娘になっててマジウケたけどな? ミユは玲子ちゃんが学生ン頃に似てっから似合い過ぎて怖いけどよ? ま、アバターなら性別関係ねーし、行けるトコまで頑張れや?」


 じっと黙って聞いていてふと一昨日前に父さんが言っていた事を思い出した。それで僕は自分が決めた事を言おうと小さく掠れる声で呟く。

「……父さん、あのさ、僕……」

「――ん? なんだ、どうした?」

「僕、桃香を……女の子として見ようと思う……」

「……そっか。そりゃモモちゃんも喜ぶだろうな」

「でもどうすれば桃香が一緒にいられるか分からないんだ。どうすればいい?」


 だけどそう言った途端父さんは意外そうな顔になった。穴が空きそうな位まじまじと見られて居心地が悪くなって来た頃、やっと父さんは小さく息を吐き出す。


「そりゃもう話してっから気にすんな。けど……やっとミユ、俺に相談してくれたな?」

「え……あ、あれ? そう……なのかな?」

「そうだよ。ガキが頼ってくれねえと親は助ける事が出来ねえんだからな?」

 そう言うと父さんは小さい頃に見た顔で笑う。僕は僕でやっと全部解決したんだとホッとしていた。きっと桃香も喜ぶ――そう思っていると父さんが僕の名を呼んだ。


「――なあ、幹雪」

「……え? うん、何?」


 いつも女の子みたいに『ミユ』と呼ばれるのに珍しくちゃんと呼ばれる。だけど父さんはいつもと違って真剣な表情で、僕はもたれた壁から背中を離すとその正面に立った。


「前も言ったけどお前は俺と違う。あン時、俺に相談してくれてたら俺は多分止めてた」

「あの時って……中学の頃?」

「そうだ。幹雪は俺と違うモン見てる。それでいいんだよ。俺が認められた世界じゃお前は認められねえ。けどお前が認められる世界じゃ俺は認められねえ。それを理解しとけ」

「……僕が、認められる世界……」

「ああ。ガキが親越えるって多分そう言う事だ。俺を目標に見てくれたってのは嬉しいんだけどな? でもお前はお前が信じられる世界を行け。俺の世界は案外小さいぜ?」


 そう言うと父さんは僕の横を通り抜けていく。その途中、僕の頭にポンと手を乗せて。

「――だからお前に出来ねえ事は親の俺がやってやっから、何ンも心配せず頑張れや?」


 そして僕は立ち去る父さんの背中を見送った。その先には母さんとサクラ小母さんが笑っているのが見える。やがて三人がパーティ会場の外に向かって歩きその姿が見えなくなった頃、僕は桃香が待っている場所を目指して歩き始めた。

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