第27話 告白
コンテスト選考結果発表の後、舞台はそのままパフォーマンスへと移行した。最初に歌い始めたモリグナの後ろ姿を眺め僕はグラスを上げて隣にいる桃香に視線を向ける。
「――だから、ミユ兄ちゃんは凄いんだから……私、ずっと知ってたんだから……」
グラスを掛けたまま僕の方を見もせずに桃香が小さく呟くのが聞こえる。俯いたその姿を見て僕はとても声を掛けられなかった。
ウズメに言われた言葉がまだ胸の中で仄かに暖かく残っている。あの言葉は僕が言って欲しかった言葉だ。だけど例え最優秀賞を獲れたとしても桃香が引っ越す事は変わらない。
桃香の為と言って救われたのは僕だけでとても喜べない。後悔しか残っていなかった。
そんな時桃香の首が僅かに動く。顔を上げた彼女は僕の方を向いて小さく首を傾げた。
「……ミユ兄ちゃん? 私達の出番だって……」
「……うん、分かった……」
そう言ってグラスをつけるとモリグナの三人が笑顔で僕達を見ているのが見えた。
彼女達の後に僕と桃香――モカは舞台の中央に立つ。そこにナイトマーチの演奏するメロディが流れ始める。ヴァイオリンとピアノの奏でる旋律が物悲しく郷愁を誘う。
……二年ぶりに桃香と会って、一緒にコンテストに出る事になって。
やっとまた会えたと思っていたのに今度はもう二度と会えないと言われて。
二人で初めて舞台に立って歌った時の事が重なって見えてくる。
――ダメだ……今歌ったら、泣いてしまいそうだ……。
そんな時、隣から桃香が明るい声で小さく囁くのが聞こえた。
「――ホントに有難うね……私、妹でも、一緒にいられて……良かった……」
その瞬間、僕はグラスを上げて――隣にいる桃香を抱きしめていた。
カランと乾いた音を立てて桃香のグラスが床へと落ちる。身を固くしながら桃香が息を飲むのが分かる。だけど離したくない。僕はただ必死に桃香にしがみついていた。
「……え……ちょ……」
「……桃香、何処にも行かないでよ……」
「……え……」
「……僕、桃香が居ないと……嫌だよ……」
「……で、でも……」
「僕は……桃香は、ずっと傍にいないと駄目だよ……」
そう口にした途端桃香の震えていた身体がピタリと止まる。それでも離さない。服の上から彼女の息遣いと仄かな体温が伝わってくる。僕はそれを失くしたくなかった。
しばらくして黙っていた桃香が小さな声をあげる。
「――私、妹じゃないよ?」
「……うん、分かってる」
「多分、妹じゃ我慢出来ないよ?」
「……うん、それも分かってる」
「ちゃんと……女の子として扱ってくれる?」
「……すぐには無理だと思う……けど、頑張るから」
「……そっか。それじゃ仕方ないね……ほんと、ミユちゃんらしいよ……」
僕らしい――その一言を聞いた途端どうしようも無く涙があふれて零れ落ちる。今まで僕は勘違いしていた。大人が求める『らしさ』ではなく僕は『僕らしく』で良かったんだ。
きっと僕は誰かに『君は君らしくていいんだよ』と言って欲しかった。画家の子らしく子供らしく――そう言われるたびに『お前らしさは不要だ』と言われる様に感じてきた。
今までだって桃香はずっと傍で言い続けてくれたのに僕は気付いていなかったのだ。
クシナダが言った通りだ。僕は今まで自分から手を伸ばそうとしなかった。桃香が手を伸ばしてくれているのにそれに甘えて自分からその手を掴もうとしていなかった。
そんな風に強く意識した瞬間ずっと見てきた恋愛物の最後のシーンが脳裏をよぎる。
――きっと、こういう時ってキスとか……するんだろうな。
でも僕にはその勇気が無い。母さんが言う通りチキンだし泣いた顔は恥ずかしくて見せられない。それでも桃香は何も言わず黙って僕の背中を撫でていてくれる。
――いつか、ちゃんと女の子としてキス出来る様になればいいな。
そんな事を思いながらただじっと僕は桃香の体温を感じながら抱きしめ続けた。
*
どれ位経った頃だろう。不意に桃香が小さな声を上げる。
「――あ、そう言えば舞台……忘れてた……」
「……ああ、そうだね。もしかしたら大騒ぎかも……」
アバターが急に動かなくなれば舞台どころじゃない。まあそうなったとしても多分モリグナの三人やクシナダだっているしきっと何とかなっているだろう。僕と桃香は二人笑いあってグラスを付ける。再び舞台に戻るとそこは――何とも言えない空気に変わっていた。
画面の中ではモカの顔が目の前にあって気を失った様にぐったりとしている。ユーザーがグラスを外すと陥る状態だ。さっき桃香のグラスが落ちてしまった所為だろう。
支えていると不意にモカの身体がピクリと動いてその表情が桃香とシンクロする。
「……あ、ごめん、おまたせ……どうなったの?」
「……良く分かんないけど……」
そう答えながら僕は周囲を見回した。
舞台の上にはモリグナの三人、クシナダ、そして司会者のアバターが居る。観客席には大勢の観客がいるけれど全員が黙り込んでいてその場はシンと静まり返っていた。
クシナダは両手で顔を覆って跪いてしまっている。モリグナのモリアンは興奮した様な顔つきだしマッハは目を逸らす様にしながら頬を掻いているのが見える。
そんな中でただじっと僕を見つめているツーテールの少女アバターに尋ねた。
「あれ? えっと……ネヴァンさん、え、なに? どうしたの?」
「……うん。まあ……いいんじゃないかな? 『恋愛は自由』だって言うし?」
「え……どう言う事?」
「まあ……ガンバ! 遠くから応援してる!」
そう言いながら彼女は親指を立てて見せる。何の事を言っているのか全く分からない。
だけどそれを聞いて身悶えしていたモリアンが目元を痙攣させて近付いて来た。
「――お、お姉さま! 幾らなんでもそれは酷いですわ!」
「え……あの、モリアンさん?」
「そ、そ、そんな……私だって……私だって!」
「――おっと、そこまでだリーダー」
そう言いながら詰め寄ろうとしたモリアンをネヴァンが後ろから羽交い締めにする。
口元も押さえられて身動き出来なくなったモリアンは凄い形相であがいている。
――え、なにこの反応……って言うか僕……チョメ子、何かしたの!?
「え……えっと、マッハさん!? 一体何が……」
「……あー、えっと? その、まあ……」
一番マトモなマッハまでが頬を赤くして何処かよそよそしい。そして――
「ちょ――く、クシナダさん!? 一体何が――」
だけど彼女は名を呼んだ瞬間、肩をビクリと震わせて再びイヤイヤと首を振り始めた。
――な、何? この凄く気不味い物を見たみたいな反応!?
そうして観客の方を見ると――それまで沈黙していた観客達からどよめきがあがった。
その声に僕の腕の中でモカがビクッとして怯えた表情に変わる。
だけどそれと同時に我に返ったらしい司会者が興奮した顔でマイクに向かって叫んだ。
《――ま、まさかのッ、勝利の接吻かぁぁぁッ!? 熱いベーゼが交わされましたッ!!》
「……え、何?」
「ちょ、何を言って……」
こうして訳が分からないまま、舞台は興奮に包まれた中で幕を下ろす事となった。
*
全てが終わった後で待機ブースにいるとナイトマーチの四人がやってくる。
「……いや、凄かったわ……と言うか、色んな意味で……おめでとう?」
開口一番カナさんにそう言われて首を傾げる。それに他の三人も何処か気不味い感じで黙ったまま。微妙に顔を引きつらせてただ笑っている。
「あの、すいません。ちょっと意味分からないんですけど……」
「……え。えっと……もしかして舞台で何したか、分かってないの?」
「いやあの、ちょっとグラス外しちゃってて……」
「……あ、そうなの……うん、まあ……録画してたけど……見る?」
「ぜ、是非見せてくださいッ!!」
そうして僕とモカは早速カナさんが録画した舞台映像を見る事となった。
だけどそれを見ている内に僕とモカの顔が青褪め始めた。
*
――舞台の上でモリグナが歌い終わった後で彼女達が僕達の名前をコールする。
その直後、前に踏み出したチョメ子とモカが――突然抱き合った。シンと静まる観客の前でバックスクリーンに拡大表示されるチョメ子とモカのアップ。そして――チョメ子はいきなりモカの唇に自分の唇を合わせたのだ!
その唇の質感が恐ろしい程ツヤツヤプニプニとしていてそれが重なり合った直後モカの身体がビクリと痙攣する。何かを掴む様にしばらく宙空を彷徨ったかと思うと突然モカの腕から力が抜けてがっくりと垂れ下がった。だけどチョメ子は唇を重ねたまま離さない。
そうしてしばらくの間、映像はその場面を映し続けていたのだった――。
*
そんな映像を前に僕とモカは二人共、顔を覆ったまま頭を上げられない。
僕の部屋の中でも桃香と僕は同じ様に床にうつ伏せたまま、動けなかった。
「「――い、いやぁあっ……は、はず、恥ずかしいぃぃッ……!!」」
画面の中と部屋の両方で、桃香とモカの声がハモる。
「……くおぉぅ……なんでこんな事に……ッ!?」
道理で皆の反応が微妙だった訳だ。公衆の面前どころか大観衆の前でやってしまった。
巨大なスクリーンに拡大表示された上にまるでモカが気を失うまで唇を奪い続けた様にしか見えない。それもマグネット設定で柔らかな唇がぴったり隙間なく重ねられて――。
――あ、あの時か……!?
僕は桃香を抱きしめた時つい余計な事を考えてしまったのだ。アバターは脳波コントロールで操作される。つまり考えたままにアバターは動いてしまう。更にタイミング悪く桃香のグラスが落ちてモカはコントロール外になってしまった。
「……あ、ああっ……どうするのコレッ!?」
「わ、私だって……う、うわーん!!」
そんな風に悶絶する僕達を生暖かい目で見守るナイトマーチの四人。
「……ああ……うん、まあ、本人らが幸せならいんじゃね?」
「……彼氏無しこじらせるとこうなるのかあ……ちょっと考えさせられるわー……」
「お? 何言ってんだよ、クーにゃ俺がいるじゃん?」
「うっさい。それならまだ、女の子同士の方がマシよー!」
フォローなのか、そうじゃないのか……そんな訳の分からない会話を聞きながら。
僕と桃香は二人、ログアウトした後も部屋の中で悶絶し続ける事になった。
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