第26話 優しい世界
舞台にいたのはクシナダ、モリグナの三人。そして僕とモカだけだ。他の参加者は前に聞いた通り辞退してしまったらしい。そんな中で司会者の男性が挨拶を始める。
《――さて、今回第二回のアバター・コンテストですが残念ながら、応募者数が大変少なくなってしまいました! その原因となったのが今こちらにいらっしゃる参加者の方々です! 余りにも高品質なアバターを公開された為に参加を断念された方も大勢いらっしゃいます! ですが……第一回コンテストを遥かに超える作品が出揃う事となりました!》
そして最初の末端賞から発表が始められた。同時に楽器による演奏が始まる。その演奏者にナイトマーチの面々がいる。あの時言ってた仕事はこの結果発表の事だったみたいだ。
《――『パフォーマンス賞』……受賞、『モリグナ』の皆さんです!》
そんなアナウンスが流れて会場では観客席から歓声が上がった。彼女達三人にスポットライトが浴びせられてその中で喜んでいる姿が見える。背後のスクリーンに大きく映された映像に三人の嬉しそうな笑みが映し出されている。
そして観客席が落ち着いた頃、司会進行の声が大きくその場に響いた。
《さて、選評です。『モリグナ』の皆さんはデフォルト・アバターを大きく変える事無く、表現方法と見せ方、その発想が大きく評価されました! おめでとうございます!》
そう言ってマイク・オブジェクトがリーダーのモリアンに突き出される。彼女は一度だけチラと僕の方を見ると少し緊張した様に声をあげた。
『――私達だけではきっと、ここにすら立てていなかったでしょう。ですが沢山の皆様のご協力、ご声援のお陰でここに立つ事が出来ました。本当に有難うございます。出来ましたらこれからも私達、『モリグナ』にご声援賜ります様、お願い申し上げますわ!』
その瞬間観客席から割れる様な大きな歓声が溢れ出す。やがてその大歓声が静まった後次の入賞者にスポットが当てられた。光の柱が立ったのはすぐ隣に立っていたモカだった。
《――メイクアップ賞、『チョメ子&モカ』所属、モカさん! この賞は主にアバターのメイクアップレイヤーを用いたメイクアップでの評価で、個人に向けて贈られます!》
そして同じ様にモカにマイクが突き出された。
けれどその中でモカはぼんやりと俯いていてその顔がゆっくりと上がっていく。
《……えーと、感動の余り呆然とされていらっしゃる様ですが、コメントを!》
茶化したトークが会場に響きかすかな笑い声が観客席から上がる。けれどその後顔をあげたモカの前で再びシンと会場が静まり返った。
モカは左右をキョロキョロと見回した後でぼんやりとしたままボソリと呟く。
『――え……私? えっと……』
そんな声が会場に響きすぐにモカは俯いてしまった。彼女はそれ以上何も言おうとせず少し慌てた司会者のフォローが入る。
《……ッ、ど、どうやら感動の余り、コメントが戴けなかった様です! 会場の皆様、入賞者のモカさんにどうぞ、盛大な拍手を!》
会場が再び拍手喝采に包まれる中、僕はグラスを少しあげてすぐ傍に座っている桃香を見つめた。その顔はモカと同じでどこかぼんやりとして俯いている。
何も言えず再びグラスを掛けると同時にすぐに司会者の声が聞こえてきた。
《――さて! 本来であれば銅賞、銀賞、金賞とある処ですが今回は参加者が少ない為に、最優秀賞のみの発表とさせて戴きます! どうぞご了承ください!》
でもそう言った途端観客席がザワザワとし始める。それと同時にブーイングの嵐。
流石にそれで焦ったのか司会の声が慌てた様子で続けた。
《――会場の皆様、どうぞお静まりください! 代わりと致しまして今回、ご来場戴いた皆様にも参加賞と致しまして、アバター名変更等のサービスから一つだけ選んで行える、スペシャルチケットの配布が行われます! これは今回のみのスペシャルプレゼント!!》
そんなアナウンスがされるとブーイングは一転して歓声へと変わる。
現金な物だ。何かを貰えると言われた途端に文句が歓声に変わるなんて。僕はグラスの下で乾いた笑いを浮かべながらその様子を眺めていた。
きっと最優秀賞はクシナダに違いない。元々『ジャパンVRワークス』がプロモーションしていたのはクシナダだし彼女は鳳龍院のお嬢様だ。広告塔にするのに最適だ。僕達はモカがメイクアップで入賞しているし妥当な処だろう。きっと会場にいる観客の誰もが疑う事すら無くそう思っているに違いない。
――ほらね? 何もかも大人に利用されているだけなんだ――。
そう思うと何もかも虚しかった。
そしてとうとう最優秀賞の受賞者が発表される。
長めの演奏が会場に響き渡り舞台の上でスポットライトの光が踊り狂う。やがて演奏が止んで充分な溜めをおいた直後。司会者の声が会場に響き渡った。
《――ジャパンVRワークス主催、第二回アバター・コンテスト最優秀賞の発表です!》
ドラムが細かいリズムを刻み叩かれて最後にシンバルの音が鳴った。
やがて会場全体が静寂を取り戻した直後、僕は画面を埋めた白い光に眩んで目を細めた。
――なんだ、眩しいな……。
そんな事を思っていた矢先、耳元で突然大きな声が聞こえた。
《第二回コンテスト最優秀賞、受賞者は――『チョメ子&モカ』のお二人です!!》
「……え?」
「……え、嘘……」
呆然としながら呟くと同じく隣から――スマートグラスのスピーカーからじゃなく実際にすぐ隣から桃香の唖然とした呟きが聞こえてきた。だけど司会者は盛り上げる為なのかモカではなく驚いて動けない僕に向かってマイクを突き出してくる。
《栄光ある第二回アバター・コンテスト、最優秀賞受賞、おめでとうございます!!》
だけどそのマイクに向かって僕は大声をあげてしまっていた。
『……ちょっと待ってください!! そんな、じゃあ……クシナダは!?』
半ば悲鳴みたいな声を拾って会場のスピーカーからハウリングする声が響いた。その瞬間会場はシンと静まり返る。だけどマイクは僕の呟く声もつぶさに拾う。
『……そんな、クシナダが受賞して終わり……じゃないなんて、あり得ない……』
誰もが沈黙する中そんな声が響いて……途端に会場はザワザワとし始める。
そのざわめきはやがて大きく変わり大騒ぎにまで発展していく。
『――そうだ、おかしいぞ!』
『――クシナダが何も無しだなんて変だ!』
『――チョメ子の言う通りだ!』
そんな罵声に近い声が会場を埋め尽くしていく。
《そ、そんな事を言われましても……これは厳正な審査の結果でして……》
司会者が慌てて言うけれど誰一人としてその言葉を聞こうとはしない。座っていた観客のアバター達が立ち上がって拳を振り上げている。誰も傷つかない暴動の様な物に会場の空気が変質する。やがてそれが収拾が着かないレベルに達した時――
「――もう、辞めて!!」
そんなクリアな声が響き渡り氷の様な悲鳴がその場を一気に突き抜けた。
マイクを、アンプを通していない筈の声は恐ろしい程響いて会場を一瞬で沈黙させる。
その声の主を見て僕は思わず声を上げた。
「……クシナダ、さん……」
それはクシナダ本人。だけど彼女は顔を歪めたまま俯いていて何も言おうとはしない。
《……ええと……》
そんな司会者の間抜けな声が場違いに響いた、そんな時だった。
《――これはもう仕方ないわね。さて皆さん、審査委員からの説明をさせて戴くわね?》
そんな声と共に舞台の中央上辺りにアバターがログインする時のエフェクトが発生した。
ブロック状の光が細かくモザイクの様に分割されてそれは人の姿へと変わる。
やがて一人の美しい女性の姿へと変わって舞台の上に華麗に着地した。遅れて異様に長い髪がふわりと広がる。それはまるでクシナダの様にキラキラと輝いている。
その姿が現れた途端、会場から幾つかの小さな声が上がった。
『――ありゃ、ウズメだ……前回の優勝者の……』
そんなざわめきにニッコリと微笑むと女性アバターは観客に向かって首を傾げる。
《――そうよ。私はウズメ。まさかまた舞台に立つ事になるなんて思わなかったわ》
それは第一回アバター・コンテストの最優秀賞だったアバター、『ウズメ』だった。
今現在『伝説』と言われる女性アバターは楽しげに笑みを浮かべる。
《さて――それじゃあ選評よ。今回の審査では原則として配布・販売を目的とした新基軸デザイン募集の為に審査を行っています。その上でクシナダさんは不適切と判断されました。これはアバターを調整しない方には耳慣れないでしょうがアバターには造形構成点といわれる物が存在します。一般に使用されるアバターは大まかに基準が存在するのです》
そう言うとウズメは一旦言葉を区切って僕とモカに優しい視線を向けた。
《――今回最優秀賞に選出された『チョメ子&モカ』はデフォルトモデルから構築された物で造形構成点――バーテックスポイントは皆さんと同じ一万ポイント。ですが――》
優しげな視線が僕達を通り過ぎクシナダへ向けられた途端、険しい顔付きに変わる。
《――クシナダはそれ処じゃありません。最終ログアウト時コンテスト参加アバターのデータ収集・計測を実施しています。具体的に言えば三十一日、大晦日の夜。その時点で彼女のバーテックスポイント総数はおおよそ一〇〇万以上。こんなの話以前の問題だわ?》
その一言に僅かにざわめいていた観客席が一斉にシンと静まり返った。誰も動かない中で一人ウズメは観客達を見渡すと再び声を上げる。
《――たった一人で皆さん一〇〇人分のアバターと同じデータよ? そんなの審査するまでも無くレギュレーション違反だわ? ちゃんとコンテスト応募要項にもしっかり書いている筈よ? 『一般に配布・販売する為のアバター』だってね。これが公式の見解よ!》
それだけ言うとウズメは黙ったまま観客席を見回す。これでもまだ文句があるのかと言わんばかりに。そしてそれに声をあげられる人間はこの場には一人としていなかった。
僕もまさかクシナダがそんな緻密で膨大なデータで作られているとは予想していない。
そう言われてみればカナさんが言っていた筈だ。『クシナダがワンマン・オーケストラで演奏するとサーバーが不安定になる』って。ワンマン・オーケストラと言う楽器は可能な限りの音源を搭載しているからそれが原因かと思っていたけれど実際はそうじゃなくてクシナダ自身のデータ量が大き過ぎてサーバーに過負荷が掛かっていたのだ。
俯いていたクシナダが顔を上げる。今にも泣き出しそうな顔で静かな中で声が響く。
「――じゃあ、お姉さま。私は最初から、勝負出来ていなかった……と言う事ですか」
「ええ、そうね。クシナダは誰かが使う事を想定していない。誰かに使わせる気が無い物を優れているとは言わないわ。それは名画かも知れないけれど誰も触れないなら意味が無い。アバターはワンオフじゃ駄目なの。もっとユーザーの事を考えるべきだったわね?」
ウズメが答えるとクシナダはがっくりと舞台上に崩れ落ちて座り込んでしまった。まさかそんな姿を見る事になるとは思わなくて――いや、それよりさっき彼女はウズメの事を『お姉さま』と呼んだ筈だ。と言う事はつまりウズメもクシナダと同じ鳳龍院家の――。
自分が落ち込んでいた事も忘れて呆けた顔でその様子を眺める。だけどそんな僕にウズメは近付いてくると頬に手を伸ばしてニッコリと優しく微笑んだ。
「……貴女はもっと自信を持ちなさい。ここは人の為の優しい世界。誰かの為に頑張れた貴女が選ばれたの。そしてようこそアバター・デザイナーの世界へ。貴女を歓迎するわ」
「……誰かの、為に……」
「だけど――まさか私のアバターをこんな風に調整してくれるなんてね? 感情をこんな風に表現されるとは思って無かったわ。作者冥利に尽きるってこういう事を言うのね」
誰かの為に――その一言が麻痺した感情の中にポツンと残る。だけどそれよりもその後に続いたウズメの一言に僕はとても驚いていた。
「……ウズメさん……じゃあ、デフォルトモデルを作ったのは――」
「詳しい事は今度ね? パーティで会えるのを楽しみにしてるわ。『ミユ』ちゃん?」
彼女は僕の頬を指先で撫でると離れていく。そのまま舞台の中央に立つと大勢の観客達に向かって両手を広げた。そして恐ろしく大きな声で呼び掛ける。
《――さあ、そう言う訳で皆さん! 紛うことなき頂点に、心からの祝福と喝采を!》
会場は割れんばかりの拍手喝采に包まれる。だけど僕は呆然とするしか無かった。
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