第24話 最後の約束

「――昨日も今日も、本当良かったわ! 時間無かったのにホント良くやれたわね!」


 舞台が終わった後、待機ブースでカナさんが僕とモカにそう言って笑う。

 二十五日の日曜日、夜の九時三十七分。モリグナとの勝負は一般投票で決した。

 結果は僅差で僕達の負け。モリグナは今までとは激しく違うアバターで雰囲気を重視した選曲が功を奏しファン以外から相当数の票を獲得する事に成功した。


 今も彼女達モリグナは舞台の上でウイニングライブを行っている真っ最中だ。僕達は負けたけれど余り悔しく無かったしモカも勝負はどうでも良かったらしい。

 終始それなりに機嫌よくてお祭りを楽しんでいたみたいだった。


「――ロノさん、クーさん、カネさん、カナさん。本当に有難うございました」

 話が一段落ついた処で僕は立ち上がるとナイトマーチの面々に向かって頭を下げる。

「……ッ、あ、有難う御座いました!」

 ぼんやりしていたモカも慌てて立ち上がる。そんな僕達を見て四人は楽しそうに笑った。


「んにゃ、面白かったぜ? な、クー?」

「うん、でも観客の殆どが勝負に無関心なのがチョー受けたわー」

「ま、客層違うしなー。こっちゃ親子連れやら爺さん婆さんに好評だったしよ?」

 クーさんとロノさんはいつもみたいに軽口を叩きながら談笑している。そんな様子を眺めていると突然画面の端にメッセージ着信のランプが点灯する。送信者はカナさんだ。


 視線を向けてもカナさんは皆が雑談しているのを見て笑っているだけで僕の方を見ようとはしない。それで僕も黙ったままメッセージを開いてみた。

《→モカちゃんと何かあった?》

《←ええ、ちょっと喧嘩しちゃいました》

《→そっか。声の感じが違ったから》


 カナさんは特に音や声の変化に敏感だ。実際モカは今までみたいに振る舞っているし僕にベタベタしないだけで普通に話し掛けてくる。拍子抜けする位に普通だった。

 僕は少し考えてからカナさんをフレンドリストの方に登録する。するとそこで初めてカナさんは少し驚いた顔で僕の方をじっと見つめた。


《→あら、いいの? チョメ子ちゃん、年上が苦手なんじゃないの?》

《←……やっぱり、バレてたんですね。でもカナさん達は大丈夫ですから》

《→これでも音楽の先生よ? 怖がる子も見てるから。でもそっか……ありがとね》


 そんな返事が戻ってきた処でカナさんが声をあげる。

「……まあ、一緒にやったお陰でナイトマーチもメリットがあった……かな?」

「おー、動画配信されてっしなー! 俺らも名前、結構憶えられたんじゃね?」

 そう言いながらウインドウを左右にゆらゆらと動かすロノさん。けれどカナさんは苦笑して首を横に振ると人差し指と親指で輪を作ってニヤッと笑う。


「ノンノン。実はVR演奏のオファーが来てるの。ギャラが出るわよ?」

「ンまっ、マジでかよ!?」

「おー、こりゃチョメちゃんモカちゃんのご利益かなー?」

「お、んじゃ今ン内にもっと拝んどこうぜ!!」

 そう言うとロノさんとクーさんが僕とモカに向かって手を合わせ始める。それにモカが嫌そうな顔を返して皆が再び笑い始めた……そんな時だった。


 待機ブースの部屋に設置されている舞台映像が表示された中でモリグナの三人が歌を終えた直後、声を上げるのが聞こえてきて僕達は画面へと視線を向けた。

 舞台の上では長髪の少女アバター、モリアンが真面目な顔で立っている。


『――ここで、皆さんにお伝えしなければならない事があります。これは私達モリグナがこうして舞台に立っていられる理由。それを私達はお知らせしなければなりませんの』


 その言い方を聞いて画面を眺めながら僕は小さく呟いてしまった。

「……ああ、プロデビューの事かな……」

 彼女達は僕達との舞台の勝負で見事勝利した……と言う事は話していた芸能事務所との約束を完璧に達成したと言う事だ。ここでデビューを告知すれば一層劇的になるだろう。


 だけど僕が呟いた途端部屋の中で全員がじっと僕に視線を向ける。

「……え、チョメちゃん……あの子達、プロデビューすんの……?」

「てか……なんでそれ、チョメ子ちゃんが知ってんだ?」


 クーさんとロノさんに尋ねられたけれど僕は何も言わず困った顔だけで返した。その中でモカはじっと僕の顔だけを何か言いたそうに見て再び画面の方を向いてしまう。

 そして画面の中ではツーテールの少女ネヴァンが一歩前に踏み出した。


『――今回、実は私らアバターの相談に乗って貰ったんだ。だってアバターは素人だし、私らだけで上手く出来る訳ないっしょ? んでその相手が『チョメ子&モカ』なのさ!』

 その発言に観客達がザワザワとし始める。画面の前でも僕が反応するより早くナイトマーチの人達が驚いた顔を向けてきた。カナさんも珍しく驚いた顔に変わっている。


《→……それが喧嘩の理由なのね?》

 カナさんからのメッセージに首を竦めながら苦笑で返すとモカが小さく呟いた。


「……ったり前じゃん……チョメ子が手を貸して、上手く行かない訳ないもん……」

 モカの寂しそうな声が静まり返った部屋の中で静かに響く。

「……ま、マジでか!? うっへ、それチョメ子ちゃんの一人勝ちって事じゃん!?」

「……あ……そう言う事になンのね……ヤッバイわー……マジパないわー……」


 そう言いながらロノさんとクーさんが無意識に僕に向かって両手を合わせ始める。

「あーいえ、僕、アドバイスしただけで……何もしてないですから……」

 そう言って僕はじっとモカを見つめた。さっきまでの元気な様子が嘘みたいに消えていてじっと何かを考える様に俯いて身動きしない。どこか諦めた様な表情が浮かんでいる。

 それを見た時、僕は胸を掴まれた様な気分になって一瞬呼吸が出来なくなった。


――ダメだ。何もしないままじゃ……。


(……桃香、最後……最後はうちに来てよ。僕の隣で……最後のお願い、だから……)

 もう何も思いつかない。だけど何も出来ないのは嫌だ。衝動的に彼女の耳元で呟いた。

 モカはぼんやりしたままゆっくり顔を上げるとやっぱり諦めた様な疲れた笑みを浮かべながら……それでもはっきりと頷いてくれた。

(……ん、分かった。最後、だしね……)

 そんな寂しい笑い方を見た途端心の中が激しくざわめき始めた。


――僕は……桃香に、本当に酷い事ばっかりしてる……。


 後悔の感情だけが次々に浮かぶ。だけどそれ以上何も言えない。

 そんな中、画面で赤いショートカットのマッハが一歩前に踏み出すのが見えた。それまでざわめいていた観客が一斉に静かに変わる。部屋の中も再び静かになった。


『――勝負を挑んだ私達なのに彼女らは助けてくれた。その理由はたったひとつだ。ファンの為に――そんな素晴らしい彼女らにどうか皆、拍手喝采を贈ってあげて欲しい!!』


 だけどそんな声が流れた途端待機ブースの中で空気が突然変わった。

「……カナさん、これってやっぱ……」

「――うん、一応準備!」

 クーさんの焦る声にカナさんが慌ただしく手元で操作を始める。ロノさんとカネさんもそれぞれ自分のストレージをチェックしているらしく忙しく動き始めた。だけどその理由が分からない僕とモカは呆然として眺めるしか出来ない。


 そんな時舞台画面でモリグナの三人が大きな声で言うのが聞こえてきた。

『――この後舞台のエントリーは無いね。皆、私らと彼女らの、コラボステージが見たいと思わない!? モリグナ、チョメ子&モカ、そしてナイトマーチのコラボレーション!!』

「――やっぱり来た!!」

 カナさんが立ち上がった瞬間、待機ブースの中にメッセージウインドウが大きく開いた。


《――ステージ・オーダーがリクエストされました。舞台の準備をしてください――》


 そして画面の中に曲目リストが凄い勢いで表示され始めた。

 訳が分からない僕とモカがその場で硬直しているとカナさんの興奮気味な声があがる。

「二人共、舞台アンコールよ!! ほら準備!! 観客が私らを待ってるわ!!」


 そう言われて僕とモカは呆然としながら慌てて立ち上がった。待機ブース内に舞台へ移動するゲートが現れて全員が準備出来た時、ロノさんが楽しそうに声をあげる。


「――へへっ、これだから……ライブステージは辞めらンねぇよなあ!!」

 そして僕達はナイトマーチの四人と一緒にゲートをくぐった。


 こうして僕達は大盛況のまま、最後のステージを何とか成功させる事が出来た。

 だけどこの後、コンテストの本戦――最後の結果発表が待っている。そして桃香と最後に一緒にいられるチャンス。そこで僕は桃香にちゃんと、何かを伝えなきゃならない。


 結果発表は年明けの一月二日――その日、僕達が今まで進んできた結末が待っている。

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