第19話 クリスマス・ライブを目指して

 それから僕の日常は若干忙しい物になった。自分達の事以外に少しだけ手間が増えた。


 学校が終わればすぐ帰宅。土日の舞台での問題点を修正。肌のテクスチャで不自然な繋ぎ目を直したりと地味な作業が続く。細かい作業を進めながら設定を調べ肌の柔らかさが質感ではなく『演算処理』項目にあるのを見つけて設定と調整。桃香にも手伝って貰った。

 そして夜は時間になると『モリグナ』の部屋で彼女達が調整したアバターを見せて貰う。


 具体的な修正箇所は言わずに気になる点を指摘。目の前でエディターを開けないから本当に見せて貰うだけだ。そんなやり取りをする内に最後の舞台である土日まで残す処六日。

 そうして僕は今日もまた彼女達『モリグナ』の部屋を訪れていた。


 こうしてみるとモリグナの三人はそれぞれ趣味も傾向もバラバラだ。

 リーダーのモリアン――アンズさんは落ち着いたシックな物を好む。例えば大人しい丈の長いスカートや地味な物が多くてアバターも大人っぽいリアル寄りだ。

 ネヴァン――ミンクさんは少女趣味。ゴスロリ系が好みでアバターも少女マンガの様にディフォルメ気味で手足も細くすらっとした体型を選ぶ。

 最後にマッハ――ルビイさんは少年マンガの様に快活で骨太。兎に角動き易さを重視する傾向が強い。衣装もスッキリした飾り気が無い物を好んでいた。


「――だけど三人共、凄く趣味とか違いますね」

 僕がそう言うと三人は顔を見合わせて楽しそうに笑った。

「ええ、そうですわね。ネヴァンとマッハは趣味は全く逆です……まあルビイとミンクは実際が逆ですから、それで自分に無い物に憧れてなんでしょうけれど」

 だけどそんなモリアン――アンズさんにマッハとネヴァンは不満そうな顔に変わる。


「……何言ってるの……アンズなんて外見がちびっ子じゃないの……」

「……小中学生に間違われるアンズに言われたくない……」

「ほ、ほ、放っといて頂戴!! と言うか言わないで!!」


 相変わらずプライベート情報がダダ漏れでもう乾いた笑いしか出て来ない。

 だけどそれでも何となく彼女達がアバターに求めている物が分かった気がした。原則的に彼女達は『自分に無くて欲しい物』をVRワールドに見ていると言う事だ。

 リーダーの『モリアン』アンズさんは大人っぽさ。『ネヴァン』ことミンクさんは可愛らしい自分。『マッハ』ルビイさんは元気で快活な姿をそれぞれ求めている様に見える。


 アバターの選択には大きく分けて三つある。一つは『自分に近い存在』としての分身。

 もう一つは『自分とは異なる存在』として。性別や年齢、外見すら関係なく第三者として客観的に創る。そして最後の一つが『なりたい自分』としての『アバター』だ。


 一つ目はあくまで自分の分身としてワールドにログインする一般ユーザー。

 僕や桃香、そしてクシナダは二番目。自分の為ではなくあくまで表現したい姿、イメージを形に再現したいと考えてのめり込むタイプだ。

 そしてモリグナの三人は現実の自分を意識しているからこそ足りない物や要素をアバターに求めている。分かりやすく言うなら僕は着る人の好みを考えず服のデザインと構成を考えているけれど彼女達はあくまで『自分が着る服』としてコーディネートしているのだ。

 単体ならそれも構わない。だけど『モリグナ』は『ユニット』であって三人が各自バラバラに好きな外見を選ぶとチグハグになってしまう。


「――三人共、とりあえず『テーマ』を決めませんか?」

 彼女達に感想を言う様になって数日。僕は何度目かの会合でそう提案した。

「ええと、テーマ……ですか?」

「ええ……例えば『モリグナ』って言う名前や皆さんが使われているアバターネームって少し調べましたけど『アーサー王伝説』に出てくる神様とか神話ですよね?」

 だけどそう言った途端、三人はキョトンとした顔つきに変わった。


「……ええと、単にマイナーで知られていない、三人組の女神だから選んだんですけど」

「え……あの、『モリグナ』ってどう言う女神かご存知ないんですか?」

「いいえ、全然存じませんわ?」

「……あのですね。『モリグナ』って『争いと戦争の三女神』らしいんですけど……」

 それを聞くや否や三人の表情が凍りつく。どうやら本気で知らなかったらしく僕も苦笑するしか無い。そして静かな中でモリアンが凄い剣幕で声をあげた。


「ちょ……だ、誰ですの!? これがいいって言ったのは!?」

「……アンタだよ……」

「……自分が『毛利アンズ』で名前似てるからって言ったの、アンズでしょ……」

 冷静にツッコミを入れる二人にモリアンは頭を抱える。

「そ、そんな……そんなの、悪質なトラップですわ……!!」


 うん、個人情報がダダ漏れ過ぎだ。この数日で僕は彼女達のリアルネームを知ってしまっていた。毛利アンズ、真羽ルビイ、そして根場ミンクだ。気が緩んでいるとは言え注意しないと危なすぎる。そして三人を眺めると取り敢えずテーマについて話し始めた。


「……まあ、理由はおいといて……三人一緒なんですから、せめて同じテーマで統一してアバターをデザインしてみませんか? その方が多分、イメージが統一されて――」

「――え……お姉さま、邪神っぽくしろと仰るんですか!?」

「……うぇ……」

「……私、もうちょっと正義っぽいのがいいなあ……」

 その後ろで黙り込むネヴァンに文句をブツブツと言うマッハが控えている。

 僕はがっくりとしながら三人へ向くと疲弊した気持ちを隠そうとせずに続ける。


「……アンズさん、邪神じゃなくて『戦乱の女神』です。あとミンクさん、あからさまに嫌そうな顔をしない。それとルビイさん、正義は画一的なテーマになりがちですよ?」

「お姉さま、そんな御無体な……」

「ほ、本名で呼ばないで!!」

「……えー、でも正義の方が……」

「今更何言ってるんですか……三人共、本名で呼び過ぎです。一応アイドルなんですから、性格設定だけじゃなくてそっちもちゃんとしましょうよ? いつか身バレしますよ?」

「うっ……そ、それは確かに……」

「は、反省してます……」


「……いいですか? 三人でちゃんと相談してください。全員のイメージを統一して、その上で個性を出すのは構いません。大人っぽくても少女趣味でも小学生男子っぽくてもいいですから、三人がちゃんと『同じユニットのメンバー』だと分かる様にしてください」

「……ぐっ」

「……むうっ」

「……ひ、酷い……小学生男子って……」


「例えばもうすぐクリスマスですけど、サンタをテーマにすれば色や多少形が違ってもちゃんと誰でも『サンタだ』って思うのと同じで『モリグナ』と分かる様にしてください」

 苦情を無視しながらそう言うと三人はやっと理解した顔になった。何を決めるにいつもこの調子で兎に角彼女達は騒がしい。悲しい事に僕もそれに慣れつつある。


 これで今日の話はおしまい――だと思っていると不意にネヴァンが声を上げた。

「――じゃあ、ペケ子のテーマ、モチーフって何なの?」

「え? 僕、ですか?」

「うん。参考までに聞かせて欲しいな」

「あ、私も是非、お聞きしたいですわ!」

「私も! なんだか中性的だし興味あります!」

 そう言うと三人はじっと僕――チョメ子を凝視し始める。


 モチーフ――そう言えば僕はチョメ子を創る時、最初に何を考えていたんだろうか? 

 最初は単に本物みたいに『人間』を作れる事が楽しかった筈だ。そこからどんどん手を加えて、突き詰めて……肌のテクスチャを作ったり造形にも気合が入り始めた。だけど『創る物』は必ずその人の中にある。その身体を通り過ぎた物だけを形に出来る。


――じゃあ、僕は……一体何を思って『チョメ子』をイメージしたんだろう?


 一番最初に作りたい物が何だったのかを考えているとアンズ――モリアンが近付く。

「……あの、お姉さま? 少しお顔に触れてもよろしいですか?」

「――あ、はい。別に構いません、けど……」


 アバターに触れられた処で痛くも痒くもない。頷くと彼女の手が頬にそっと触れた。

 まるで本当に触れた様に指先が頬にフィットする。これはエフェクト項目にあるマグネット設定が指先だけに設定されているからだ。

 造形の表面に綺麗に吸着する事で一層リアルに見せる。特に手は何かに触れる事の多いパーツで一番目に留まる部分だ。例えば剣を持ったとしてグリップから浮いて見えてしまっては雰囲気が台無しになってしまう。それらしく見せる、それは最も重要な事だった。


 モリアンは顔を近づけると頬の表面をそっと指先で撫でながらうっとりと呟く。

「お姉さまのお肌って凄くリアルと言うか……まるで本物みたいですわ……」

「……そうですね、僕は『自然に人がいる』事を特に意識してますから……そう言われてみると僕はこの世界で『ちゃんと人間がいる』事を意識しているのかも知れませんね」

 そう答えると手をポンと打ちながらルビイ――マッハが納得した表情に変わる。

「あ、そっか。確かにチョメ子さん、いない筈の女の子がそこにいるみたいに見えるし」


――いない筈の存在がそこにある、か……。


 そう言われてみれば存在しない物を『そこに居る』様に見せるのは楽しい事だ。元々自分の頭の中にしかなかった存在を仮想空間とは言え『いる事』に出来る。他人から言われてみるとその通り、絵を描いていた時だってそんな感じだった筈だ。


「……そうですね、もしかしたら僕は『無い物をある事にしたい』のかも……」

 だけどそれを聞いてネヴァンがツーテールの髪を撫でながら、

「……当たり前じゃん。皆、無いから欲しいんだもの……」


 そう呟くと僕は後の二人と一緒に顔を見合わせてただ苦笑するしか無かった。



「――そう言えばあのアイドル三人組との勝負っていつだっけ?」


 残り二回の舞台を控えた木曜日の夜。僕と桃香はカナさん達『ナイトマーチ』の面々と打ち合わせをしていた。泣いても笑っても明後日と明々後日をこなせばそれで終わりだ。

 そんな中、演目を決める話の最中にカナさんに尋ねられて僕は困った顔で答えた。


「ええと……丁度クリスマスです。二十五日の日曜日ですね」

「そうなんだ? へえ……でも三十一日も土曜だけど、それはノーカンなの?」

「ええ、どうやら年末年始で舞台が埋まるらしくて。そこにコンテストの参加者が出る余裕なんてないですし、多分主催者の会社がお休みに入るんじゃないですか?」

「ふぅん……それでイブとクリスマスで最後なのね。まあ妥当な感じねえ」


 そんなカナさんの声を聞いてクーさんがいやらしい目に変わる。

「……何なに、チョメちゃんもモカちゃんもイブは予定ないのー?」

「あ、はい。特に予定は無いですけど……」

「私も無いよ! チョメ子と二人一緒に舞台だけ!」


 随分慣れてきたのかモカが嬉しそうに元気よく答える。桃香は人見知りだけど年上に可愛がられ易くて馴染めば問題ない。そんな僕達を見てクーさんが複雑そうに苦笑する。

「……あーもう、寂しい話だわー。二人共、今の内に彼氏見つけてさー? せめてイブ位はリアルで一緒、とかしないとあっと言う間よー? 女同士の友情もいいけどさー?」

 だけどそう言うクーさんを見てロノさんが口を尖らせた。


「……何言ってんだよ……クーも当日は演奏会参加だろーが? 寂しいンか?」

「いやまあそうなんだけどさー? やっぱ彼氏無し歴十九年は堪えるわー……」

「……だから、俺と付き合えばいいじゃんよ?」

「なぁに言ってんのよー。ロノも当日、一緒に演奏会で演奏でしょー?」

「……ま、そなんだけどな?」


 クーさんとロノさんの二人はいつもこんな調子だ。ロノさんは軽口を叩く様にクーさんにアプローチしてはあしらわれる。だけどどうこう言っても二人は仲が良い。

 そんな二人のやり取りを眺めながら僕はカナさんに尋ねた。


「そう言えばカナさんやカネさんはクリスマスはどうされるんですか?」

「私達はお店があるからね。そっちが終わった後だから舞台は大丈夫よ」

「そう言う意味じゃ無いんですけど……でもお店って皆さん社会人なんですか?」

 そう言えば『ナイトマーチ』の人達がどれ位の歳なのか全く知らない。リアルの話だから少しマズいかと思ったけど社会人かどうか位なら問題ない筈だ。それで尋ねてみた。


 だけど尋ねた途端クーさんが楽しげに笑う。

「カネさんが喫茶店のオーナーで、カナさんがその奥さん。私とロノは音大生で空いてる時間はお店でバイト。あと時々、カナさんのピアノ教室もお手伝いする感じかなー?」

「あ……そうだったんですか」

「そおよー? だからイブもね、子供と親御さん集めて演奏会やるのよー」

「クーとカナさん、ミニスカサンタ希望!」

「ロノ、あんたバッカじゃないのー? 子供と親の前でミニスカとか無いわー」

「…………」

「……うっ……か、カネさん、マジすんません……」

 無言でニコニコ笑っているだけのカネさんにロノさんが慌てて頭を下げる。一緒になって笑っていると何やら思案顔だったカナさんが『そうだ』と声をあげた。


「……チョメ子ちゃん、モカちゃん。どうせだし当日、クリスマスソング歌わない?」

「えっとクリスマスソングって、定番のアレですか?」

「そうじゃなくて……アヴェ・マリアって言う賛美歌っぽい本格的な奴だけど」

 そう言うとカナさんはいきなり手を動かし始める。その場にいるメンバー全員にウインドウが配布されて、僕とモカの手元にも何やら難しそうな外国語の歌詞が表示された。


「二人は『紅葉』を英語で歌ってたでしょ? それでやってみたいなーって。グノーのアヴェ・マリアならラテン語だけどそんな難しくないし、練習すればいけると思うのよ」

「……え……ら、ラテン語ですか……」

「大丈夫よ、行ける行ける。簡単で短いし。二人の声で聞きたいから歌ってね?」


 何とも言えずモカと顔を見合わせているとクーさんとロノさんが苦笑する。

「……うわ、カナさんスイッチ入ったよー……」

「二人共、これから覚悟して練習するしかねぇなぁ……」

「え……こ、これ、明日一日で歌うんですか!?」

「……嘘、これ……もう決定なの!?」


 二人の声に僕とモカが慌てて声を上げるけどもう遅い。カナさんは楽しそうに微笑む。

「大丈夫大丈夫、余裕よ? 折角だしイブと翌日これで締めましょ? はい決定!」


 こうして気がつくと次々に演目が決まっていく。グラスをあげて隣を見ると桃香が楽しそうに笑っているのが見えて、僕はカナさんに『分かりました』と返事をした。

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