第17話 舞台ユニット結成

 やがてカナさん達の舞台演奏が終わり僕達の出番が回って来る。だけどナイトマーチの人達とは再び顔を合わせる事は無かった。考えてみればその前の演劇をしていた人達もこちら側には戻って来ていない。どうやら舞台が終わると反対側へ出ていく仕組みらしい。


 誰もいなくなった静かな舞台袖から緊張しながら舞台へ上がる。でもそこから視界に飛び込んできた光景に、僕もモカも顔を強張らせた。前にやった舞台とは明らかに違う。火曜日にやった時よりも観客の数も異様に多いし、何より――


「――モカ……なんか、カナさん達の時より……人、増えてない……?」

「……う、うん……何これ……さっきより、異様に人が増えてる……なんか、怖い……」


 目の前に広がる観客席は満員御礼。ある種異様な空気に包まれていた。

 きっと原因はさっきのパートナーカフェだ。あの記者は生放送だと言っていた。多分ストリーミング配信されて見た人が一斉に来たんだろう。僕達は告知なんてしていない。


《……み、ミユちゃん、どうしよ……伴奏も無いし、歌だってまだ二つ位しか……》


 突然モカの震える声が聞こえてくる。慌ててCPチャットを入れたみたいだ。だけどこんな大勢の前で歌うのに伴奏無しで曲も二曲だけなんて話にもならない。舞台に上がったのに何も始まらず見ている観客達がざわめき始める。

 そんな時、画面の中でいきなりテキストでメッセージ着信アラートが表示された。


《カナ:演奏のデリバリーはいかが? Y/N》

 慌ててカナさん達が出ていった方を見るとナイトマーチの面々が顔を覗かせているのが見える。それで僕は慌てて『Yes』と送信すると今度はチーム招待の文字が表示された。

 CPチャットの項目が追加されて参加を選んだ途端観客の声がフィルタリングされる。


《おーすげーなー、俺らン時より客入り激しくね?》

《あの子ら歌うの、童謡でしょ? そんで親子連れも来てるのネ》


 男性と女性の声が聞こえる。確かロノさんとポニーテールのクーさんだ。続いてバリトンの《よろしく。いい舞台にしよう》と言う声。そして最後にカナさんの声が聞こえた。


《よろしくね、チョメ子ちゃん。余り慣れて無いみたいだけど気楽にね。それとモカちゃんに招待送ってるんだけど反応がないの。チャンネルに参加する様に言って頂戴?》


 それで僕はグラスを上にあげて隣の桃香を見た。今も彼女は『どうしよう』と小さくブツブツ呟きながら固まっている。CPチャットを切り替えるより直接言った方が早い。

「桃香、カナさんの招待受けて! チームにすぐ入って!」

「――え!? え、えと……」

「CPチャットのすぐ傍!」

「あ……あ、うん!」

 そうして再びグラスを掛けると画面にモカが入った事を示すメッセージが表示される。


《よろしくね、モカちゃん。さて、時間がないから簡単に説明するわよ? 最初に二人が歌える童謡のタイトル教えて頂戴? 二人はどの歌を準備してきてるの?》

《え、えと……『紅葉』の英語版と、『七つの子』だけ、です……》

《オッケー、じゃあ他にパブリックドメインの三つを入れて五曲構成。歌詞も出るから、憶えて無くても安心して。二人は歌うからCPを受信のみに設定。私が進行指示します》


 そうしていると彼ら『ナイトマーチ』の面々が出ていった筈の方向から出てきて配置に付き始める。それで観客席は一層訳が分からない様にザワザワとし始めた。

 でもそんな中、並行して画面の中には恐ろしいスピードで次々に文字が並ぶ。聞いた事がある童謡のタイトルが次々に構成されていく。最後に『紅葉』が表示されて――


《――さあ、始めるわよ! 二人共、逆境を楽しみなさい!》

 カナさんがそう言うのと同時にピアノ演奏が始まり、僕達の舞台が始まった。



 全ての演目が終わり僕達は『ナイトマーチ』の人達と一緒に控室へと移動した。

 グラス画面に歌詞が流れて覚えていない歌も簡単。観客を見ずに済むから緊張もしない。

 終わった後で反対側の舞台袖に行くと移動ゲートがあってその先に待機ブースがあった。


「――あ、有難うございました! 本当に凄く、助かりました!」

「……あっ、ありがとう、お姉さん達!」


 開口一番にお礼を言うとモカもそれに続く。そんな僕達にチャラい感じの男性アバター、ロノさんが楽しそうに笑って落ち着いた男性アバター、カネさんが口を開いた。

「お姉さん達、って……俺もカネさんもお兄さんなんだけどな! な、カネさん!?」

「……お疲れ様。いい舞台だった」

「もー辞めなさいって、ロノはいっつも一言多いのよー」

「えーでもよークー、ちょっと寂しいじゃんか! 俺はお兄ちゃんと呼ばれたい!」

「……ったくホント、バカなんだからー」


 そんなやり取りの最後にカナさんが溜息をつくと笑みを浮かべる。

「構わないわよ。舞台の縁は大事にする物だからね。それよりも……貴女達、実際に歌うとその声、とんでもないわね……急かされてるみたいで凄く焦ったわ……」

「……あー、カナさん、音が走ってたねー。ま、ウチもそうだったけどねー」

 しみじみ呟くカナさんにクーさんが頷く。四人を眺めながら僕は再び頭を下げて尋ねた。


「……ですけど驚きました。あんな風にCPチャットを使うんですね。カラオケみたいな歌詞を見て歌えるのも知りませんでしたし、フィルターのお陰でちょっぴり安心でした」

 だけどそれを聞いて四人は一瞬顔を見合わせると笑い始める。

「まあ、普通はしないわね。子供達のお遊戯なんかじゃやるけど。それに貴女達どうやらアカペラのボーカルしかした事ないみたいだし、使う機会がなかったんだと思うわよ?」

「はあ、そんな物なんですか?」


 考えてみれば僕達は歌っているから会話に参加する事は出来ない。指示を飛ばしていたのはもっぱらカナさん一人でタイミング指示なんかも殆ど僕達に向けての物だった。

「まあでも……子供向け音楽教室用のデータが手元にあって良かったわ」

 そんな事をカナさんと話しながら笑っているとロノさんが突然大きな声を上げた。


「……うおぉぉぉ、何だコレすっげー!」

「ん? 何よー? どしたの、ロノー?」

「いやこれ、マジヤバイって、見ろよコレ!」


 そう言ってロノさんが表示ウインドウをばら撒き始める。手元にやってきたウインドウを見るとそこには例の有名動画サイトが表示されている。早速動画が掲載されていた。

 但しタイトルが前回と違う。『チョメ子&モカwithナイトマーチ』と表示されていてさっきやっていた舞台映像がもう配信されているみたいだった。


「……うわ……なんだか、異様に早いですね。投稿されるの……」

 舞台が終わってまだ一〇分位しか経っていない。なのにもう投稿されていてアクセス数が恐ろしい勢いで増え続けている。他人事の様に眺めていると見ていたカナさんが呟いた。


「――やっぱり。これ、ユーザー投稿じゃないわ。カメラワークもそうだけど音響にノイズが混じってない。観客席はリアルにする為、空間反響音にフィルタリング入れてるのよ」


 カナさんは投稿者情報を見ている。『ジャパンVRワークス』と表記されていて調べてみるとこれまでに見た映像も全て同じ投稿者による物だった。投稿履歴を確認するとクシナダの映像も同じく投稿されている。そして更に遡ると『ウズメ』の名があった。


 ウズメ――七年前の第一回コンテストの時に歌声でサーバーを落とした伝説のアバター。

 だけどそれを見ようとしても既に削除済みで見る事が出来ない。何とか見れないかと色々調べているとさっきから何かを考えていたカナさんが口を開いた。


「……これ、運営だと思うわ。広場で流れている物と同じレベルの音質だし、確かアバターのコンテストだっけ? 多分、それの広報活動を兼ねているんじゃないかしら?」

 そう言われて映像を見直すと確かに表で流れている物と似ている。それに普通映像を加工する時間や準備する手間を考えれば一〇分程度で掲載なんて個人で出来る筈が無い。


「あ……それよりこんなに助けて頂いて、何をお礼したら良いんでしょう?」

 妙に静かになった中、僕はお礼を言っただけだと思いだした。流石にこれだけ助けて貰って言葉だけで終わりなんて無いだろう。世の中そんな旨い話なんてある筈がない。

 だけどそれに答えたのはカナさんじゃなくてロノさんとクーさんの二人だった。


「いやあ……別にいんじゃね? むしろ一緒にやってこっちもメリットあるしよ?」

「……そう言われてみれば……『ナイトマーチ』の名前もクレジットされてるしねー」

「おーやっべ! マジやっべ! 俺ら話題の関係者、時の人じゃん!?」

 そんな二人にカナさんはカネさんと顔を見合わせて苦笑する。

「まぁ有名になる目的じゃないけどね。でも何でもそうだけど新しい事に手を出してモチベーション維持するのも大事だし。二人がコンテスト終わるまで一緒もいいかな?」

「おー来た来たァッ! つー訳で二人共、これから『お兄ちゃん』とヨロシクなッ!」


 途端に元気になって親指を立てるロノさん。でも僕にはそれがカナさん達にメリットがあるとは思えない。すぐに返事を出来ず迷っていると気付いたカナさんが笑顔を見せる。

「こういうのは一緒にやる事に意味があるのよ。要は……如何に観客を楽しませられるかって事かな? 歳とか関係無くてね……エンターティナーってそう言う物でしょう?」

 カナさんの言葉は僕がかつて信じていた事で何も言えず頭を下げるしか出来ない。

「……はい……それじゃあ……短い間ですけど、よろしくお願いします……」

「お、お願い、します」


 そしてナイトマーチの面々に僕とモカの二人が頭を下げた時だった。待機ブースの中で突然消灯していたディスプレイが点灯する。その場にいた全員が何事かと画面に視線を向けると、そこには『New Entry』の文字が表示されていた。


「……うっわ、終わった空気ン中で演るとか……マジぱねぇな……勇気あンぜ……」

 ロノさんが苦笑しながら呟く。だけどしばらくして表示された映像には見覚えのある三人の少女アバターの姿があった。全員がショルダー・キーボードを構えているのが見える。


「……あれー? あれって確か、『モリグナ』の三人娘じゃー……?」

 クーさんが呆気に取られながら呟くのと同時にテロップに『モリグナ』と言う文字が表示され、僕はその名前の後ろに小さく星マークが付いている事に気付いた。


――あれ……確か、星マークって……。

 そして思い出すよりも早く、画面の中で長髪の少女が大きな声で叫ぶのが聞こえる。


『――私達『モリグナ』は『チョメ子&モカ』に挑戦しますわ!! 私達と勝負なさい!!』

 そんな言葉が聞こえてきてその場にいた全員の――勿論僕も含めて――目が点になった。

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