第13話 目指すべき形
コンテストの参加活動終了まで残す処あと二週間。
最初の予定通り土日に一回ずつ舞台をやるとして残り四回。火曜日の夜に初舞台に立ってから土曜日になるまで一度も出演していないしログインもしていない。その間に新しい情報も出る事がないまま『チョメ子&モカ』の話題は沈静化しつつある。
その間にアバターの調整と舞台の練習、それに準備。それで本当に桃香が納得してくれるかどうかだけどあの喜び方を見る限りいつ平日もやろうと言い出すかがかなり不安だ。
そして金曜日を迎え、明日に舞台を控え練習を終えた後にモカの方から切り出してきた。
「あのさあ、ミユちゃん? パフォーマンスの舞台予定の事なんだけど……」
「……え……あ、うん、何? どうしたの?」
思わず身構えながら平然を装って答えると機嫌良さげにモカ――桃香は話し掛けてくる。
「考えたんだけど、平日はアバターの調整とか舞台練習もあるじゃない? 普段、平日だって学校もあるし、だから……土日だけに完全に絞って頑張っていこうね?」
まるで機嫌を伺う様にそんな事を言うモカ。僕は空いた口が塞がらない。願ってもない事だけどあんなに話題になって喜んでいた彼女が何故そう思い直したのかが分からない。
「え、でも桃香はそれでいいの? あんなに話題になる方がいい、って言ってたのに?」
「んー、だって有名になる為じゃないし。コンテストで入賞したいだけだし、露出増やしても印象薄くなっちゃうだけだし。あれはミユちゃんのお陰で私、何もしてないもの」
伏し目がちにそう言うとモカは少し悔しそうな顔になった。
考えれば当然かも知れない。彼女は『出来る事は自分でやる』と考える女の子で他人に頼る事を余りしない。余計に事態が悪化する事もあるけど今回は僕を頼ってくれたのだ。
「……うん、そうだね。僕もそれがいいと思う。クシナダさんにも思い知らされたしね」
そう言うと僕はあの『クシナダ』について考えを巡らせた。
あの完成度、きっとあれが優勝候補に違いない。あんな凄いアバターが優勝して誰もが使う様になればきっともう、今までのモデルなんて誰も見向きしなくなるだろう。
どうやってクシナダに立ち向かうかを考えているとモカが不思議そうな顔で尋ねてくる。
「ミユちゃん? 前も言ってたけどあの『クシナダ』って子、そんなに凄かったの?」
「うん……って何? いきなりどうしたの?」
「だってミユちゃん……って言うかチョメ子、凄く楽しそうな顔してるんだもん」
いきなりそう言われて僕は思わず自分の頬に手を触れてしまった。画面の中で端に見える影は多分チョメ子の手で、同じ様に頬を触っているんだろう。本当にVRワールドは本音を隠すのが難しい。その気が無くても勝手に表現されてしまうんだから。
「まぁ……彼女は多分オートクチュールだよ。僕達はデフォルトモデルから調整してるけどあの『クシナダ』は完全にゼロから作った独自モデルだよ。きっとあれが優勝候補だ」
「え……でもそれって……ツールやアプリ、すっごく高いよね?」
「うん。だからあの子はプロの関係者で機材を使えるのかも。凄い強敵、ライバルだね」
プロ相手に勝負を挑むのは相当厳しい。相手はプロとして通用する作法を知っているのに僕達は知らない。『クシナダ』がプロじゃないとしても知識を持っている事は確実だ。
「厳しいけど頑張るしか無いよ。こういう業界は実力主義の筈だし、僕達はまだ高校生だから伸びしろがあるって判断して貰えるかも知れないしね?」
そう言いながら僕はそれが気休めだと分かっていた。コンテストである以上は年齢も性別も関係無い。だってこれは『アバター』での勝負だ。それに彼女も気付いたんだろう。
「……私とミユちゃん――チョメ子とモカなら……『クシナダ』に勝てるかな?」
その質問に僕は答えられなかった。きっと桃香も直感的に『クシナダに勝てるなら優勝出来る』と感じたんだろう。きっと間違っていない。それ位クシナダは次元が違い過ぎる。
チョメ子もモカも結局デフォルトの改造でバーテックスと呼ばれる造形構成点の配置を弄っているだけだ。完成した彫刻に粘土を盛り付けているだけだ。でもクシナダは違う。
何も無い処から骨格を作り肉体を構成して作っている。動作用のボーンすら自分で設定した『完全創作』だ。普通に考えれば改造しか出来ない僕達に勝ち目なんて考えられない。
だけど今回は配布・販売を目的とした『ベースアバター』のデザイン・コンテスト。
「――勝てないとは言わない。絶対じゃないけど負けるとも思わない。クシナダは確かに凄いけど完成し過ぎて手が入れられない。僕もあれ以上良くする方法が思いつかな――」
僕はそこまで言ってから自分が言った事に衝撃を受けていた。
――待てよ!? そう言う事なのか!?
クシナダは凄い。だけど『完成』し過ぎている。『作品』としては完成度も高くて素晴らしいけれど人が弄る『ベース』としては適していないのだ。もし『クシナダ』を渡されても直す処がない。下手に手を入れればバランスが崩れるから一般人には絶対弄れない。
となると……チョメ子やモカも突き詰め過ぎるとマズい、と言う事だ。完成度を上げ過ぎるとユーザーが好みに近付ける余地が無くなる。早速僕はどうするか考え始めた。
「……どうしたの? 急に黙り込んで……」
気が付くとモカが不安そうな顔で見上げていて以前の舞台を思い出して僕は慌てた。
「あ、違う違う! そうじゃないよ! そんな心配しないで!」
「……え? 違うって……えと、心配って何が?」
「いや、なんだか凄く不安そうな顔してたから……なんか、ごめん……」
だけど謝った途端にモカはしばらく硬直すると慌てて自分の頬を両手で押さえる。そのまま俯いた彼女を心配になって覗き込むとモカの顔から首筋まで真っ赤に染まっていた。
「……え、あ、あれ? どうしたの?」
「……嘘……そんな、私……モカ、そんな顔、してた……の?」
「え、うん。前の舞台の時程じゃないけど、凄く不安そうだったよ……?」
「……もしかしてこの前、舞台の時って……モカ、どんな顔してた?」
「え、そりゃあ……真っ青になって震えながら泣きそうな顔、してたけど……」
だけどそう答えると一拍の間を置いた後でモカは激しく取り乱した。
「――ッ、いやあァァァッ!! は、はず、恥ずかしいィィィッ!!」
「へ? え、いや……桃香? 急にどうしたの?」
「み、み、見ないでェェェッ!!」
凄い恥ずかしがり方に悲鳴みたいな声。それで一体何事かとオロオロするしか無い。呆然としながら桃香が落ち着くのを待つしか無かった。
随分時間が過ぎてやっと彼女は立ち直った。それでもまだモカの耳は真っ赤に染まっていて視線も泳いでいる。半ば涙目の状態だ。そんな状態で彼女は呟いた。
「……し、知らなかった……こ、こんな……感情とか出まくりとか……」
そう言ってモカは手鏡のオブジェクトをずっと見ている。その様子に呆れながら答えた。
「いや……だから散々言ってたじゃない? 脳波コントロールだから、って」
だけど僕がさも当然の様に言うとモカは口元を引くつかせながら顔を上げる。
「これ、出過ぎ!! こんなの……こんなの乙女心、暴露されてる様な物でしょ!!」
「そうかなあ……でも桃香、実際にこんな感じだから……」
「で、出てないもん!! 私、もっとお淑やかだもん!! ポーカーフェイスだもん!!」
「……いや、別にポーカーフェイスはお淑やかって意味じゃないよ?」
正直良く分からなかった。僕はデフォルトのアバターを殆ど使っていない。そもそもログインしてなかったし積算時間ならチョメ子の方が圧倒的に上だ。だから脳波コントロールの方法もチョメ子でしか経験していないし桃香の言う意味が分からなくて首を傾げた。
だけどそう言うとモカの目付きが座って恨めしそうに見上げてくる。
「……んじゃ、デフォルト使うから見比べてみてよ……交代するから待ってて……」
それだけ言い残すと部屋からモカが消える。ホストユーザーが落ちた後もしばらく部屋は維持されるからロビーへ戻される事も無い。アバターの交代には三〇秒も掛からない。
そしてすぐに桃香のアバター『ミャモ』が戻ってきた。最初に待ち合わせした時に広場で僕と出会ったアバターだ。そしてその表情を見て僕は相当驚く事となった。
「……どう? こっちだと表情、分かる?」
「そうか……そう言う事だったのか……全然気付いてなかった……」
驚く僕を前に、彼女は頬に手を当てながら小さく首を竦めた。
デフォルトのアバターは表情の変化を最小限に押さえていたのだ。つまり感情も最低限しか表現されない様に調整されている。コロコロと表情が変わって生き生きした『モカ』と違って『ミャモ』は無愛想過ぎる。今も彼女は恥ずかしがっているのに分かり難いのだ。
つまりデフォルトアバターはそうデザインされている。最低限の感情だけで使用者の心情を伝え過ぎない為に。利用者の感情をダイレクトに表現しない様に設計されているのだ。
やがて考え込み始めた僕を見ると彼女は再び『モカ』に交代して部屋へ戻ってきた。
「……大丈夫? ミユちゃん、ちゃんと分かった?」
床に座ったまま帰ってきたモカを見上げると僕は静かに尋ねる。
「――桃香、どうしてモカに戻ったの? 感情が出過ぎると嫌なんでしょ?」
「えっと……だって私、ミユちゃんの……チョメ子のパートナーはモカだもん。ミユちゃんがチョメ子を使うんだから私もモカで慣れなきゃ駄目でしょ? まだ恥ずかしいけど」
そう言ってモカははにかんで見つめ返してくる。それで僕もやっと苦笑した。
「……まさか、そこまで意図して作られてるとは思ってなかったよ……」
「だってVRワールドのデフォルトアバターだもん。そりゃ凄いと思うけど?」
「そうじゃなくてさ。デフォルトを作った人は天才だよ。利用者がどう思ってどう感じるかまで考えてる。多分個性もわざと消してる。だからどうしても淡白に見えるし物足りなくなるけど……そうか、だからカスタマイズさせる前提でデザインしてあるのか……」
そう答えると僕は再び考え込んだ。
デフォルトアバターは感情表現が淡白で素っ気ない。だけど改造する上では異様に調整し易い。バーテックスと言う造形構成点もシンプルで誰でも簡単に『分身』を作れる。
表情も多分幾らでも表現出来た筈だ。実際に感情が出過ぎるチョメ子やモカも基礎構造はデフォルトと全く同じで不自然に思った僕が表情変化の造形点調整を行っただけだ。
だから表現出来ない訳がない。全て凄まじい技術と配慮の上で準備された物だったのだ。
「……道理でアバターデザイナーが少ない筈だよ。ここまで自分を殺して利用者を考えて作られた『作品』なんて普通じゃない。凄いな……僕なんて全然及ばない。凄過ぎるよ」
こんなの長い間忘れていた感覚だ。誰かに喜んで貰う為だけに何の躊躇もない。自分が褒められる為じゃなくて誰かが楽しんでくれる為に――たったそれだけに集約されている。
「なんだか――昔のミユちゃんに戻ったみたい。凄く楽しそうね?」
そんな声が聞こえて顔を上げると桃香――モカが嬉しそうに笑うのが見えた。それは昔、小さかった桃香が僕に見せてくれた物と似ている。だけどその顔が不意に変わった。
「だけど、んじゃあどうするの? デザイナーさんの意図に合わせて感情を抑えるの?」
デフォルトと同じにすれば誰でも使い易くはなる。だけどそれは既に実践されているしコンテストである以上同じ事をしても仕方ない。散々迷った挙げ句、僕は首を横に振った。
「……ううん、このままにする。桃香は嫌かも知れないけどさ」
「んー、でもそれってどうして?」
「その方が可愛いからだよ。モカは桃香と同じで表情が凄く変わるから凄く生き生きしてる。その方が僕は好きだし注目されたのもそれが可愛かったからじゃないかな?」
そう言うとモカは再び顔を真っ赤にして俯いてしまう。だけどどこか嬉しそうだ。
デフォルトと同じ事をしても意味がない。きっと今回開催される理由はそれが原因だ。
これまでに無い要素を求めている。第一回が七年前でユーザーの意識も変わっている。
「……へ、へぇ? ふぅん? そ、そっか……まあ……いいんじゃない?」
口調こそ澄ましている物のモカは頬をりんごみたいに赤く染めている。まるで幼い女の子が恥ずかしがりながらも喜んでいるみたいだ。流石にそれを言えば彼女はきっとまた拗ねて顔を隠してしまうだろう。だから僕は何も言わずただ黙って彼女に笑いかける。
何処か懐かしさを感じさせる飾り気の無い笑顔を見て――僕は今後の方針を固めていた。
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