第三章 チョメ子さんx萎縮(キョド)る!
第12話 誤算だらけの注目
あれから結局桃香は自力で帰宅出来なかった。何処か虚ろで膝もガクガク。まともに立ち上がれない。顔も赤くて熱があるのか尋ねても大丈夫としか答えない。それに小さな子供みたいに甘えた声で愚図るし仕方なく僕のベッドに寝かせて小母さんに電話で連絡した。
「――あの、夜分遅く失礼します。ええと……幹雪です、隣の……ご無沙汰してます」
『あら? どしたのミユくん? 声聞くのも久しぶりねえ。元気にしてた?』
以前と全く変わらない反応にホッと胸を撫で下ろす。だけど油断出来ない。だって女の子が夜の一〇時過ぎに男の部屋にいて驚かない親はいない。僕は覚悟しながら口を開いた。
「あ、あの、えっとですね? 桃香、うちに来てるんですけど具合が悪いみたいで……」
『……えっ!? ミユくん、モモの事、名前で呼んでるの!?」
あれ……おかしい。驚く処が違う。だけどもしかしたら桃香は出て来る時に小母さんにちゃんと言って来たのかも知れない。そう思いながら小母さんの質問に答える。
「えとですね、『モモちゃん』って呼ぶと桃香、怒っちゃうんですよ」
『……へぇ……そっかぁ、やるわねあの子……』
妙な反応だと思いながら僕は彼女の具合が良くない事を伝えようとする。
「それで名前で呼んでるんですけど……でも桃香、身体の具合が悪いみたいなんです」
『あら、体調が悪いって……だけどすぐお隣だしねえ?』
「それが……自分で歩けないみたいなんです。なんだかぼんやりしてて顔も赤くて、でも熱は無いって言い張ってて。仕方なく今、僕のベッドで寝かせているんですけど……」
『まあ! 今、ミユくんのベッドで寝てるの、あの子!?』
「ええ、どうやらパジャマのまま来たみたいで。そのまま寝かせてます」
『へぇ……と言う事はミユくんとあの子、今晩は一緒に寝るって事よね?』
「……は? えっと……と言うか明日、平日ですけど……?」
僕は何とかそう答えると黙り込んだ。話が明らかに変な方向に流れている。小母さんの声も何処か楽しそうで面白がっている様にも聞こえる。そして更に声が聞こえてきた。
『あら知ってるわよ? まあでもねえ。まだ学生だしね。親の都合で休ませる事なんて割とよくある事だし? 休み続けるならまだしも一日二日休んでもいいけどね? まあそれじゃあモモは今日、お泊りって言う事で……ミユくん、モモの事色々とお願いね?』
それは僕が予想していなかった返事だ。小母さんはズル休みを許す人じゃ無い。中学の時引きこもり掛けた僕は小母さんに凄く叱られた。お陰で僕は学校にはちゃんと通い続けたし、今だって出来るだけ休まない様にしているんだから。それで声を潜めながら尋ねた。
「えっと……あの、
でもそう聞いた瞬間、電話の向こうで楽しげだった声が突然途絶えた。心配になって再び尋ねようとした時、静かで真面目な小母さんの声が聞こえてくる。
『……あのね、ミユくん?』
「え……は、はい」
『私はミユくんを信じてるからね?』
「え……えっと……は、はぁ、どうも……」
『――ミユくんはちゃんと責任を取る子だって私知ってるわ。だから心配なんてしてないんだけど……まだ二人共学生だし気をつけてね? あと……ヒニンはちゃんとしてね?』
「……は?」
『玲子ちゃんが言った通りかもね。モモ、可愛くなったでしょ? あの子、凄く頑張ってたから。妹じゃなくて女の子として見てあげてね……ってどうしたの、ミユくん?』
「……ど、
けれどそう言った途端、小母さんは再び押し黙った。しばらくして慌てた声が聞こえる。
『ど、
「ちょ、小母さん、何を言ってるんですか!?」
『まあ……そ、そうね……パパには内緒にしとくから。男親って娘の事になると必死って言うか、ミユくん大変な事になりそうだし。モモに『頑張れ』って伝えてね。それじゃ』
そして……それだけ言うと、おばさんはすぐに電話を切ってしまった。残された僕は受話器を耳に当てたまま、そのまま呆然と立ち尽くす。
――なんだ、これ……?
受話器からツーと言う音だけが聞こえてきて、だけどどうしていいか分からなかった。
*
何とか立ち直って部屋へ戻ると桃香はベッドの上で腰掛けていた。腰まで掛け布団に包まったまま僕を見ると神妙な顔で尋ねて来る。
「ミユちゃん……何処に行ってたの?」
「あ……もう大丈夫? えっと、その……小母さんに、電話してきたよ」
そう答えると桃香の身体がビクリと震えた。彼女の表情が僅かに強張る。
「あのさ……何かあった? 小母さん、なんだか様子が変だったんだけど……?」
だけどそう尋ねても桃香は思案顔のままだ。その上僕を避ける様に顔を背けてしまう。
それでも我慢強く待っていると、ようやく桃香が小さく口を開いた。
「……ママと、どんな事話したの? ミユちゃんは何て話して、ママは何て言ってた?」
「桃香が体調悪いって言ったら明日休んでいいって。あと……『頑張れ』って?」
「え……本当にそれだけ?」
そう呟くと桃香は髪を弄り始めた。実際はもっと不穏当な事も小母さんは言っていたけど流石にそれを伝えられるだけの勇気がない。
「あー……うん、まあ……そうだね。それだけだよ」
「……ふぅん……そっか。『頑張れ』、か……」
そして連絡したと言ってから緊張していた桃香がやっとホッとした顔に変わった。それまでぐったりしていた筈なのに途端に元気に変わる。
「そう言えばミユちゃん! 私のスマートグラスは!?」
「え……いや、ベッドの上。目覚ましの隣に置いてあるけど……」
「そっか、ありがと!」
そう言うと桃香は腕を伸ばして自分のグラスを取ると装着し始める。
「……いや、体調悪い時は酔うし辞めた方がいいよ? それにもう随分遅いし……」
「全然平気だもん! だって私、別に体調悪くなってないし!」
「もう、何言ってるの……膝もガクガクで立ち上がれなかった癖に……」
呆れながらそう呟くと彼女の顔がサッと赤く染まって慌てて掛け布団を手繰り寄せた。僕にベッドまで運ばれた事を思い出したのだろう。
「べ、べべべつに、そんな事ないんだからね!?」
喚くと桃香は集中し始める。理由は分からないけど彼女の様子に先ずはホッとしていた。
これならさっきの舞台の事は大丈夫みたいだ。あんな事があれば恐怖が染み付いて僕みたいに立ち直れなくなってしまう事もある。彼女がそうならずに済んで本当に良かった。
「……まあ、無理はしない様にね?」
余りきつい事も言えずそう言うと僕は部屋に広げていた資料を片付け始めた。多分このまま泊まる気だろうし女の子が泊まるなら散らかしたままにしておく訳にもいかない。
一瞬小母さんに言われた事が脳裏をよぎったけれど僕は頭を振って考えない事にした。
*
本を部屋の隅に積んで資料のプリントをファイルに片付けた後の事だった。後は毛布を準備してリビングに行こうと思った処で桃香が突然大きな声を上げる。
「――ちょ、ちょっと!? ミユちゃん、大変!!」
「……桃香、もう夜も遅いから、大声は……」
幾ら子供部屋で防音されているとはいえ真夜中の静けさだと流石に騒がしい。閑静な住宅地だしそろそろ夜の十一時を回っている。だけど桃香は興奮しきった顔で続ける。
「い、いいから! ミユちゃん、グラスつけて!」
「えー……でもそろそろ寝る準備しないと……」
「いいから! 早く!」
仕方なくグラスを掛けると桃香がスワイプで何かを投げつけてきた。なんだろうと思って見るとブラウザ画面で検索結果が表示されている。次々に飛んでくるウインドウの一番上にあった記事に目を通すとよくあるネットニュースの記事が色々と並んでいる。
何気なくその大きな見出しの一つを見て僕は息を飲んだ。
『――VRワールド緊急メンテの原因!? 『チョメ子&モカ』の恐るべき歌声とは!?』
それはいわゆるメジャー系サイトで特にVRワールド関連ニュースも率先して扱う超有名処だ。全国紙並に読まれていて時々テレビでも取り上げられている。そんな処の最新トップ記事にデカデカとそんな文言が書かれていた。トップ記事だけじゃない、更新された記事の処にも沢山『チョメ子&モカ』の文字や関連した見出しが見える。
頭が真っ白になる中、書かれている内容に目を通そうとその内の幾つかをタップする。
『――先程行われたパフォーマンスで舞台に突如登場した謎の少女アバター二人組。彼女らが日本の童謡を英語で歌った処、高負荷が発生しサーバーがダウンした物と思われる』
『――彼女らは最近話題のハイエンドアバター、『クシナダ』の関係者との情報有り』
『――かつて歌声でサーバーを落とした伝説のアバター、『ウズメ』の再来か!?』
恐ろしい内容が次々と開かれていく。慌てて見てみるとどれも似た内容だ。特に必ず書かれているのが『歌ってサーバーダウンを引き起こした』と言う部分でまるで僕とモカが意図してサーバーダウンを招いた様な書かれ方をしている物まである。
「……な、な、なんだ、これ……!?」
確か公式では『広場の許容人数を拡張する為のメンテナンス』とアナウンスされていた筈なのにその事にはどの記事も触れていない。誰も信じていないみたいだった。
更にいつの間に撮影されたのか舞台で歌うチョメ子とモカのスナップだけじゃなくてその後クシナダと正面から向き合っているチョメ子とその胸に抱かれているモカの画像まで掲載されている。あの時は確かもう処理落ちしていた――でも撮影していた人もいたのだ。
真っ先に脳裏をよぎったのが『コンテスト』の事だ。こんな風に変な意味で話題になってしまうとどんな結果に繋がるか予想も出来ない。こんな話題になっている時点で見てくれる人達だって興味本位が増えるしまともな評価なんて一切期待出来なくなってしまう。
僕は慌てて過去メッセージを開いた。そこにはコンテストの概要が記載されている。コンテストのエントリー締め切りは年末の一週間前。それまでにパフォーマンスを最低一度はやらなければならない。だけどまだ桃香はエントリーしていない筈だ。
「……あの、桃香? ちょっと言いにくいんだけど――」
「ふぉー! すごっ、ミユちゃんこれ! これ凄いよ!」
僕の言葉を遮って桃香は奇声を上げる。興奮しながら確認も取らずに彼女は見ていた画面を次々に投げて寄越す。それは動画サイトで――僕は見た途端悲鳴を上げてしまった。
「――え……これ……って、ヒィッ!?」
それは超有名な動画配信サイトでさっき歌ったばかりの映像がもう配信されている。まだあれから二時間しか過ぎていないのに閲覧者数が既に一四〇万アクセスを突破していた。
日本のアバターは世界でもかなり人気が高い。日本は非経験型だからこそ性別に関係なく使えるから製作者も自由にデザイン出来るし元々日本のアニメ、ジャパニメーションは超人気コンテンツだ。その影響もあって世界規模で一気に拡散してしまったのだ。
更に日本の童謡をわざわざ英語に翻訳して歌った事もあって日本語のコメントだけでなく英語でのコメントも異様に多い。どうやら現場に来ていた海外の人も割といたらしく大絶賛する物が並んでいる。チョメ子とモカはもはや世界規模で認知されてしまっていた。
ニヤニヤと笑みを浮かべてサイトを見まくっている桃香に僕は顔を強張らせる。
「――よし、桃香……これ、もう辞めよう!」
「何言ってんの!! 折角ミユちゃんが注目されたのに!! ここで辞めちゃ意味ないもん!!」
「そんなのどうでもいいよ!! こんなの注目じゃない!! 見世物だよ!!」
「そんな事ないもん!! それにもうエントリーだって終わってるんだからッ!!」
「……えっ……?」
桃香が口走った一言に僕は黙り込んだ。言った桃香本人も『しまった』と言う顔つきになっていて俯きながら人差し指でベッドのシーツのひだをグネグネとなぞっている。
「……え、桃香……嘘、だよね? エントリー、まだ、してないんじゃ……」
だけど桃香はイタズラがバレた子供みたいに自慢げに、申し訳無さげに笑う。やがて静まり返った部屋の中で桃香が小さな声でわざとらしく可愛い言い方で話し始めた。
「――えっとね? 今日私が手続きした時、コンテスト参加のチェックがあってぇ……」
「え……チェック、入れたの?」
驚いて尋ねると桃香はコックリと小さく頷いた。
「……そしたら、申請画面になってね? 私の名前とミユちゃんのお家の住所で申し込みしちゃった。さっき見たら、エントリー完了って運営さんからメール来てたから……」
それを聞いた途端僕は床にがっくりと突っ伏した。
賞金が出るコンテストだから本名と住所を記載して当然だ。現時点で桃香はリアルの情報を提出してしまっている。つまり舞台の申請と同じで……もう逃げられない。
僕だけならまだ逃げられるけどそれで彼女だけ――今日の舞台を見てあんな処に桃香を一人きりにするなんて絶対出来ない。それで僕の中に残っていた『出たくない』と言う思いは完全に砕け散ってしまった。これでもう本気で、必死で取り組むしかない。
そうしていると余りに酷い沈み方だったのか桃香が慌てて弁解を始める。
「あ、でも大丈夫よ? ミユちゃんはメンバーで、私の個人情報しか書いてないもん。住所は書いちゃったけど……でもお隣だしね? 間違えちゃった、で済むと思うし?」
だけどそんなの慰めにもならない。僕は再びメッセージを開き応募要項を調べ始めた。
よくよく考えてみると『結果発表の一週間前』が締め切りと言うのはおかしいのだ。
何故たった一週間前なのか? それはコンテストの参加締め切りと言う意味じゃない。
そもそも結果は審査員による審査で勝負も無い。これは『アバター』のコンテストだ。
なら『最低一週間はパフォーマンスに費やせ』と言う意味であってそれまでに作ると言う意味じゃない。締め切り通知は『告知』ではなく『参加者への催促』と言う事になる。
「……ねえ、桃香……今回のコンテスト、いつから告知されてたの?」
「え? えっと確か……六月位? だから今から半年前、くらいかな?」
尋ねると桃香は思い出す様に天井を見上げて呟いた。それを聞いた途端推測が確信へと変わる。つまり――半年前から参加する為に準備しているユーザーもいると言う事だ。
それで少しだけ救われた気分になった。だって僕達みたいに締め切り一ヶ月前から行動する人間なんていない筈だ。それだけ高品質の中で競う。例えば――クシナダみたいに。
となればそんなアバター達を相手に僕達が目立つ事も無いだろう。メインの入賞はそれだけ厳しくなる。となれば狙うのは予定通り『部門賞』と言う事になる。
「えっと……ミユちゃん?」
「あ、あははは……うん、まあ……頑張ろう?」
楽観的過ぎるけど……そう考えるしかない。僕は乾いた笑いを浮かべると毛布を取り出して部屋の扉へと向かう。そんな僕を黙って見ていた桃香が少し焦った顔に変わった。
「――あ、あれ? ちょっとミユちゃん、何処に行くの?」
「……今日はもう、寝る……」
「え、何処で!? ここで、じゃないの!? わ、私、別に……いいよ!?」
だけど僕は扉の前で立ち止まると桃香に向かって疲れた笑みを見せる。
「……リビングのソファーで寝る。桃香はベッド使って。それじゃ、おやすみ……」
「え ……え、ちょっと!? もう……ミユちゃんってばあ!」
扉を後ろ手で締める時、桃香の悔しそうな声が聞こえた。だけどそのまま僕は階段を降りてリビングにあるソファーに横たわると頭から毛布を被って目を閉じる。
――きっと変な目立ち方をしただけだ。他の参加者だって目立つ為に行動を始めるに違いない。そうなれば僕達の話題はすぐに収まる。何せ半年も前から準備してきた人達がそう簡単に諦める筈がない。品質だって高い筈だ。だからそれに期待して今まで通り地道に頑張るしかない――それが僕が考えた今回の大まかなロードマップだ。
だけど参加者総数も未発表でそれは甘い考えだとこの時の僕はまだ気付いていなかった。
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