春よりはやく

鈴鳴 桃

立春

走る。

疾く。

駆ける

この言葉を伝えるために。

坂道に従って勢いよく。

僕からあふれ出る感情だけで身体を動かす。

右足で地面を精一杯地面を蹴る。

肺が酸素を求める。

何度も転んだ、血も流れている。

腕も足も心臓もどこもかしこも痛い。

でも、それが止まる理由なんてならない。

限界なんて、とうの昔に超えた。

普段、運動しないつけがまわってきている。

地面に足がつくたび折れるかと思うほど痛む。

待ってくれ。

一言だ、一言だけで言い。

一瞬だけ俺にくれ。

風が吹き、先駆けの桜の花びらが数枚目の前視界に映る。

花びらが散っていく向こうに駅が見えた。

まだ、電車は来ていない。

駅にはまだいるはず。

僕の行動は端から見れば、無意味だろう。


頭はこれまでにないほどはっきりしている。

逃げ出す、見ないふりをする。そんな選択肢あるわけがない。

答えは出ている。


世界は常に変わり続けている。

僕が何かを考えている間にも動き続けている。

だから、選ぶ頃にはもう手遅れになっている事もある。

遙(はるか)とは何でもないただの同級生だった。

幼なじみでも、血を分けた兄妹でもない。

ただ、僕が彼女に片思いをし続けているだけだった。

三年間同じだったクラスメイト、同じだった委員会。他のクラスメイトより彼女との接点は多いはずだ。

「彼女と少しでもいたかった」という今思えば子供な理由で端から端まで彼女が立候補する事すべてに僕も立候補した。

クラス委員なんて柄でもないことすることにもなったが、彼女の隣である事実の前に些細なことだった。

そんな彼女は中学校卒業とともに転校してしまった。

僕はまだ、何も出来ていない。

転校する直前に言われた一言。

「言いたいことがある。明日、駅に行くから」

僕がどういう心情で言ったか、彼女は知らない。

ただ、今でもその一言を言うだけで緊張したのを覚えてる。

僕には最初で最後のチャンスだと確信した。

僕の努力は実るのか僕の行動にかかった。

何を彼女に言うか、その夜は寝ずに考えた。

調べて、紙にも書いて言葉にもして練習した。

今思えば、玉砕覚悟、その場の自分に、空気にまかせて彼女に思いをつたえればよかった。

僕は彼女の待っている駅にはいかなかった。

いけなかったのではない。行かなかった。考えていく中で怖くなって、次の日僕は家から出ることはなかった。

彼女に謝罪のメールを打つだけ打ち送りもしないで放置した。

結局のところ、僕には送る勇気なかったのだ。

あれから、高校生になりいろんな事が変わった。

でも、彼女に対するこの思いは劣化することなく今でも残っていた。

いつか苦い記憶になると信じた。

時間が解決してくれる、そう信じた。


それは突然のことで、あっさりしていてた。


今日、遙が町に帰ってきてる。


なんでも住んでいた家を売りに出すため、残っている荷物を片付けに来るって。

授業中に話していた後ろの女子から聞こえた。

その情報が正しいかも分からないの俺は教室を抜けた。

僕の思っている事を彼女に言おう。

世界が変わる前に僕が変えればいい。


やっとついた駅には電車が来ていた。

僕はなんのためらいもなく改札を飛び越えて、今にも電車に乗ろうとする彼女の背中に叫んだ。

――。

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春よりはやく 鈴鳴 桃 @suzumomo

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