追跡者
揣 仁希(低浮上)
追われる者
「はっ、はっ、はっ、はっ」
狭い路地を抜け、疎らな人の間を走り抜けていく。
「くっ!?まだ?まだついてくるのかよっ!」
背後からはまだあの気配が迫ってくる感覚がする。
じわりと冷や汗が出て、彼は沸き上がってきた嫌な予感を振り払う様に頭をふった。
再び路地に入り、必死の形相で脚を動かし続けるが忍び寄る気配はジリジリとすぐそこまで追いついて来ている。
そして……冷たい感触が頬を撫で……
「うわぁっ!! ……っ!?」
そこで私は目を覚ました。
また……またこの夢。
ここ何ヶ月の内に見る様になったこの夢。
「はぁはぁ……いったい何なのよ……」
汗で顔に張り付いた髪を掻き上げると、手にはついさっきまでのあの冷たい感触が残っている様な気がして背筋が寒くなる。
私はベッドから出てグッショリと汗で濡れたTシャツを脱いでバスルームに飛び込む。
いったいあの夢は何なんだろうか?
毎回毎回、誰かに追いかけられ続ける夢。
そして決まって最後はあの何とも言えない冷たい感触で目を覚ますのだ。
夢の中の私は私であったり、全く別の誰かだったりする。
それは男性だったり女性だったり、子供の事もあれば老人の時もある。
部屋に戻りコーヒーを淹れ、ソファに深く身を沈ませる。
「もしかして……精神感応症候群……」
十数年前、世界的に大流行したウイルスの所為で外を出歩く人は激減した。
今までの日常や世間一般常識すら何もかもが変わってしまった世界。
そんな中、沈静化したウイルスに変わって流行りだしたのが精神感応症候群と名付けられた病だ。
自分以外の誰かの精神に感化されてしまう病。
家に閉じこもり、外に出なくなった人達のストレスが生んだ病だと言われている。
各言う私もほとんど家から出た事はないし、もっと下の子供なんかはそもそも外に出たことすらないだろう。
「参ったわ……まさか私が誰かの干渉を受けてるだなんて」
誰かの願望や衝動に感化され、それが夢に出てきているのだろう。
実際のところ病と言われてはいるものの治療法がある訳でもなく、これまで差したる被害も出ていない為──軽い不眠症になるくらい──それほどメジャーではない。
中には全くその分野の知識が無かった人間がこれによって知り得ない知識を習得した様な事例も報告されている。
どうせならもうちょっとマシな感化のされ方をしたかったな、と私は少し残念に思いこの日もいつもと変わらない一日を過ごした。
……
……
深夜、私は肌寒さを感じて目を覚ました。
「……え?」
意識が段々とはっきりしてくるにつれ、自分がおかしな状況にある事に気付く。
薄暗い路地に私は立っている。
服は何故か普段着ない黒の上下、靴はいつものハイヒールではなく動きやすいスニーカーだ。
しかし不思議と疑問に感じる事はなく私は静かに歩き出し、裏路地に入り駆け出した。
いつか見た夢の様に。
見知らぬ筈の狭い道を駆けて行く。
時折見かける人を横目に私は目的の──何故かそれが分かっていた──人物を追跡する。
そう、まるであの夢の様に。
私に気付き驚愕の表情を浮かべ必死に走り出す男性。
路地を抜け人通りのない繁華街を駆け、私は彼にそっと手を差し伸べる。
鈍く光るナイフを持つ手で。
チェックメイトよ。
追跡者 揣 仁希(低浮上) @hakariniki
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