走れ! 走れ! 村民運動会!

楠秋生

最後に勝つのはどのチーム?

 初夏の陽気がただよいはじめたゴールデンウィーク最終日。小山野おやまの村では村民運動会が開催される。普段は百人にみたない村が、この日は倍以上の人々であふれかえる。村民運動会といいながら、ここ数年近隣の市町からの来場者も増えていて、イベント化している。


「うわぁ~。すごい人だなぁ! この村に、本当にこんなにたくさん人が集まるんだ!」


 小学校の運動場に続々と集まってくる人の多さに、孝太が目を丸くした。準備期間中に、大体の人数は聞いていたものの、実際に見るまで想像もできなかったのだ。


「そっか。孝太たちが引っ越してきたのって去年の夏だったから、村の運動会は初めてなんだね。学校の運動会と違って、人が多いし面白いよー。」


 孝太と同じ六年生の楓は、いつもちゃきちゃき賑やかだけど、今日はさらに張り切っているようだ。きらきらした目が物語っている。


 晴れ渡る青空のもと、徒競走や綱引き、玉入れなどが、五つのあざ対抗で行われる。中には少し変わった競技もあって面白い。


 最初の『いっぱい競争』は、50メートルほど先に置いてある一升瓶に水を運ぶ競技だ。お玉、平皿、スポンジの好きなものを使って色水を運ぶ。リレー式でタイムアップまでにどれだけ一升瓶に入っているかを競うのだ。


 各チーム、一走目は小学生だ。地元の六年生は孝太と楓の二人。よそ者はわからないけど、昨年の二人の50メートル走のタイムはほぼ同じ。


「負けないよー! これは走るスピードだけじゃないんだから」


 楓がにんまりと笑うのを見ても、孝太は内心では全く負ける気がしていなかった。


 ところが! これが結構難しい。一升瓶にはほぼ同時に着いたけれど、お玉を選んだ孝太は半分以上こぼしてしまっていた上、瓶に入れるときにもこぼしたため、瓶に入ったのはほんのわずか。対して楓はスポンジから上手に瓶にしぼりいれた。

 だから二回目はスポンジを選んだのに、走っている最中にだばだば滴り落ち、やっぱり楓より少なかったようだ。

 リレーなんだから、孝太だけのせいではないけれど、結果的に楓のチームは一番で、孝太のチームは三番だった。


 くっそう! 次の競技は負けられない!


「孝太。召集係、手伝いに行くよ!」


 闘志を燃やす孝太に、楓が涼しげな顔で次の指示を出す。ちらりと得意そうな表情が浮かぶのが、にくたらしい。

 観覧席の人々は、宴会状態で飲み食いしながら応援しているようだ。中にはもうほろ酔いのおじさんたちもいる。


「楓! 田中のおっちゃんとジローさん、呼んできて!」


 召集門へ着くと、即座に青年団の人から声が飛んできた。


「孝太は、ウメばーちゃん!」

「了解!」

 

 急いでうちのレジャーシートのところに走る。


「ばあちゃんは?」


 シートに座っているのは、都会からやってきている従兄弟たち。


「モモばーちゃんのところじゃない?」


 モモばーちゃんのシートに行ってもいない! もうすぐ前の競技が終わりそうなのに。


「サクラばーちゃんのところ、行ってみた?」

「わかった!」


 全く困ったばあさんたちだ。自分の出番くらい覚えておいてほしいよ。心のなかで愚痴を言いつつ走っていくと、ばーちゃんが二人座っている。


「ばーちゃん、出番!」


 孝太が息をはずませたまま声をかけると振り返ったのは、サクラばーちゃんとモモばーちゃん。


「……うちのばーちゃんは?」

「ウメ姉ならもう行ったよ」

「孝太、偉いねぇ。探してくれてたの」


 無駄足にへたりこむ孝太を、モモばーちゃんが労ってくれる。


「おまんじゅう、食べるかい?」

「ありがとう!」


 受けとって口に放り込む。甘さが口の中に広がる。お茶も飲ませてもらって、ほっと一息ついてから本部に戻ると、楓が手を振って呼んでいた。


「早く早く! 孝太、次の借り物競争出るんでしょ!」

「え? もう?」


 ばあちゃんのこと、言えないな。というより出番回ってくるの早すぎだ。


「孝太。おまんじゅう食べてきたんでしょ」


 見透かしたように楓が眉をあげて孝太の口元を見た。


「え? 口についてる?」


 慌てて口をぬぐうと、楓はけらけら笑った。


「ついてないついてない。ばあちゃんたちのところに行ったなら絶対もらってるだろうなって思っただけ」


 借り物競争は、書いてあるものが毎年特殊で、会場になければ家に取りに走る場合もあるそうだ。だから各字とも、何が出ても対応できるようにに色々準備している。字の前のシートには、鍬やらスコップやら、竹の杭やら、農機具倉庫にありそうな小物から台所用品まで細々と並んでいる。


「なんでこんなのが出るんだよ?」


 孝太がひいた札は、『トースター』。さすがにそれは用意していなかったため、孝太は家まで走る羽目になった。家まで一キロ弱。どう考えてもビリは決定。それなのに、取ってこないとゴールにならないから、ペナルティで点が引かれるからと、走らされされているのだ。


「走れ~! 次の競技までには戻ってこいよ~!」

「頑張れ~!」


 違う字からも声がかかる。腹を抱えて笑う楓を尻目に孝太は全力で走った。帰りは抱えたトースターがかなり重くて、ペースダウンしたけど、それでも頑張った。帰りの声援はさらに大きかった。



「さぁ! これで最後の種目です! この運動会の名物の一つ、世代交流障害物競争が始まります!」


 もう十分ヘロヘロになっている孝太の最後の種目だ。だけどこれは割と楽勝なはず。なんといってもばあちゃんたちと一緒なのだから、そんなに本気で走るわけじゃない。それに現在、孝太の字はトップの得点だ。最下位にならなければ逃げ切れる。


「ルールを説明するからよく聞いて下さいね」


 よそから来ている人もいるので、各競技ごとに召集門で説明が入る。


「まず、孫世代がスタート。障害物を越えて、親世代へタッチ。それから祖父母世代がパン食いしてゲットしたパンを再び孫へ。最後にひ孫世代へパンをつないでゴールです」


 疲れていたけれど、これで負けるのは許されない。


「孝太くん、速い速い! 借り物競争の長距離ランの影響はないようです!」


 そんな実況放送を耳にしながら一番でタッチしたのに、お母さんの遅いこと遅いこと……。


「ああ~っと、洋子さん、抜かれました! が、すぐ先に待っているのはウメばあちゃん。まだまだ勝負はわかりません! 次はウメ、サクラ、モモの三姉妹対決です!」


 この三人の対決は毎年恒例だそうで、会場も湧きに湧いている。


「サクラ、モモ、ウメの順に受け取った~!」


 実況にも熱が入る。


「これが最後の種目です。さあ、勝つのはどこだ? あ、ウメさん、頑張ってます! 障害で追いついて、サクラさんを抜かしました! 最後のパン食い、これもウメさんの得意とするところ。どうだ!?」


 得意と言われただけあって、ウメばあちゃんは、一発でパクリとパンにかぶりついた。


「モモさん、パンでもたついている間に抜かれました! あ、サクラさんにも抜かれそうです!」


 得意そうな顔でパンをくわえたばあちゃんが走りよってくる。走るのはそんなに速くなくても、みんな似たようなものだから、追いつかれる心配はない。

 やったぜ! これで優勝だ! パンを受け取った孝太は、ラストのひ孫世代のところへ全力で走った。親戚の幼稚園児、美香ちゃんへ渡せば、五メートルほどでゴールだ!


 ところが、最後に落とし穴があった。


「パンちょうだい!」


 と手を伸ばしてきた美香ちゃんが、二人、いた。


「え!? どっち?」


 よく似た顔立ち。さっき顔合わせしたのはどっちの子だ?


 こっちだ! と渡そうとすると、観客から「違う違う!」の声と「そうだそうだ!」の声が混ざり合う。目の前の二人は、二人ともが「早くちょうだい!」と手を出す。

 迷っているうちに後ろから楓がやってくる。思い定めて右側の子に渡すと。


「よっしゃ~! やった~!」

「ああ~」


 歓喜の声と落胆の声。……どうやらやらかしてしまったようだ。


「戻れ戻れ!」


 の声に慌てて駆け戻る。ウメばあちゃんもパンを取りに戻る。


 結果。うちの字は優勝を逃してしまった。


「あれって、詐欺じゃないのか?」


 息を切らして楓に抗議する。


「作戦だよ~」


 ちろりと舌を出す。


「親戚だからよく似てるなぁって思ったんだ。それで、お揃いのシャツ着せちゃった。で、香苗ちゃんに、お兄ちゃんが来たら『パンちょうだい!』って言うんだよ。って教えたの」

「ずるっこだろ~」

「人の顔をちゃんと覚えない孝太が悪いんじゃない。でも、楽しかったでしょ? この運動会、孝太が一番たくさん走ったんじゃない?」


 走って走って走った運動会。まぁ、楽しかったといえば、楽しかったな。来年は、リベンジするぞ!

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走れ! 走れ! 村民運動会! 楠秋生 @yunikon

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