第130話 優子と北斎

翌日、またシンの事務所に行った。

夜に家族と話したが、テロを見過ごせないから許可してくれた。

ただ、父さんと母さんは独自で調べたいらしいから、2人は俺達とは離れた所で調べる。

今日は妹も連れて事務所に向かった。

事務所に入ると、昨日会ったメンバーが朝早くから仕事していた。

「あ、来てくれたんだ。歓迎するよ」

「今日はどうするんだ?まだ手掛かりはナシだろ」

「そうだ。だが、調べるのは簡単だ。由美が調べてくれるからな」

並列思考の能力者か。

昨日の夜中に調べ挙げてくれたらしい。

調査結果を俺達に説明してくれた。

まず、このテロリストは世界各地でテロを起こしている組織と同じ可能性がある。

過激派や犯罪者を利用して、彼らにテロを起こさせる。

シンガポールのテロは黒幕と繋がっているヘレスが元警官を利用してテロを起こした。

自分達は手を汚さず、他の組織に実行させる。

よくある手口だが、このテロリストは巧妙に隠しているから中々バレないらしい。

「で、府警のデータを調べたら、ゼロが指名手配されてる情報を入手した。昨日極秘に指名手配したみたい」

「もう手を回したのか。早いな」

「あなた、極秘に指名手配されるなんて、何かしたの?」

公安によって拷問されてたけど、知り合いによって助けられた。

なんて、言っても信じられないだろうから適当にはぐらかした。

「府警は使えないね。となると、神楽組しか協力できないけど。仲間を殺られて、皆ピリピリしてる」

「当たり前だな。で、犯人の情報は?」

「もう調べた。結果、日本のPMCにたどり着いた」

前に父さん達を襲った奴らか。

あらゆるコネを使って銃を手に入れ、それを使って派手に暴れていると聞く。

こいつらも絡んでいるのか。厄介だな。

「彼らは金次第でテロにも加担する、若者ばかり。銃が撃ちたいという理由でPMCになってる。こいつらの居所は現在調査中」

「よくこんなに調べられたな。流石だ」

こんなに優れた後方支援メンバーがいるシンは幸せ者だな。

それを言ったら顔を逸らされた。

「で、その裏取りは夜に行う。今日は……部下の面倒を見てほしいんだ」

面倒だと?どういう事だ?

シンから聞いた話だと、ラミアン以外のメンバーはコンクールなり訓練なり、忙しくなるらしい。

シンは裏取りの準備でいないそうなので、その間俺達が見てくれとの事だ。

テロリストに一歩近づく為なら仕方ない。俺達は引き受けた。

仲間達と話し合い、北斎は優子、クレアは由美、ラミアンはこよりを見るから、俺と他のメンバーは2人につく。

優子とエマと別れ、俺達はラミアンとこよりと一緒に外へ出た。


北斎と共にいる優子は2階の北斎の作業部屋に案内された。

そこには数々の機材と鉛筆や絵の具などの用具が多く並べられている。

優子はここに来た理由を北斎に聞いた。

「シンさんからコンクールについては聞きましたか?」

「はい。ですが、コンクールがあるとしか」

「実は明日の昼までに作品を提出しなければならないんです。提出はネットで済ませられるので問題ないのですが、作品、まだできていないんです」

パソコンからその作品を見させてもらうと、何と白紙のままだった。

「作品のお題は、『自分の理想の女性像』です。ジャンルが2次元イラストなので、名のあるイラストレーターがコンクールに参加しているんです。ほら、この人は数々のアニメの絵を描いている人で、この人は……」

北斎から凄く有名なイラストレーターの話を聞き、圧されながらも熱意を感じた。

北斎のイラストに対する熱意は多分誰にも負けないと思った。

「僕も参加して、先週から考えていたんですが、中々良い女性が浮かびません。なので、無理を承知でお願いしたいのですが、モデルになってくれませんか?」

「作品のモデルを……私がですか?」

「もうこれしか方法がありません。会社の仲間の女性達でもピンと来なかった。だからシンさんにあなた方の誰かをモデルにすればいけるかもって」

北斎は優子に頭を下げ、真剣に頼み込む。

優子は北斎の熱意と誠意に心を許し、モデルになる事を引き受けた。

北斎は優子に何度も感謝し、早速準備に取り掛かった。

北斎は細かく考える性格で、先に優子の身長や体重などを質問した。

優子はあまり体重などを気にしないので、普通に質問に答えた。

すると、北斎は画用紙に次々と色を塗った。

髪色や肌などの色を考えているようだった。しかも色のバリエーションが多く、北斎は数ある色から選出している。

「あの、イラストなのでパソコンなりタブレットでやればいいのでは?」

「僕は紙で先に色を見るんだ。提出はネットだけど、作品は後で紙でコピーされる。だから、紙でどんな色になるのか調べるんだ」

決まった色をメモ用紙に書き込みながら優子の質問に丁寧に答える北斎。

顔を画用紙から動かさず、使う色をどんどん決めていく。

「……凄いですね。何と言いますか、プロみたいですね」

「……別に僕は本職のアニメーターより劣るよ」

謙虚に言う北斎だが、真面目に褒める優子に恥ずかしくなった。

北斎は思春期を迎える中学生。学業に励みながら、警備会社のイラストレーターとして働いている。

ラミアンや由美、こよりの女性達は慣れたが、優子も負けず劣らずの美人で北斎の心が揺れる。

そういえばゼロの周りにいた女性達も美人だった。そんな女性達に囲まれているゼロが少し羨ましかった。

ゼロに嫉妬しながらも、描く準備を整えた北斎。

椅子を用意し、そこに優子を座らせた。

「そのまま少しの間、座って。あまり動かないでもらえると助かる。だけど疲れたら言ってね」

「はい、よろしくお願いします」

優子が頭を下げた時、胸の谷間が見えてしまい、北斎はそれを振り払えずにいた。

すぐに気を取り直し、タブレットに向かって優子を見ながら下書きする。

ペンでゆっくり、そして綺麗に線を描く。

優子は北斎にとって良い素材だった。だからこれで作品を描き終えたかった。

後一歩の所で何かが足りず、ずっとスランプに陥った。

失敗したくない、そういう思いが強くなり、神経が切れそうなぐらい集中する。

それを見ていた優子が心配になり、声をかけるも反応はない。

「北斎さん?」

「…………」

人は集中すると、他の音が聞こえないと言うが、北斎は並の人より集中力が高い。

そう思ったのか、優子は大声で北斎に話しかけた。

「北斎さん!」

「……はっ。な、何かな?」

ようやく北斎が反応し、描く手を一旦止めてくれた。

「あまり無理をされない方が……。とても辛そうでしたよ」

「辛い……か。いつの間にか、無意識にそう思ってたんだ」

優子に言われて理解したのか、手を止めて自分の過去を語り出した。

どうして北斎がイラストレーターの道へ進んだのかを、優子に知ってほしいから。

「あそこの壁にある絵、見て」

優子は北斎が示した絵画を見る。

その絵画は油絵で、慈愛に満ちた母親が幼い男児を抱いている。

優子は不思議と、その絵に見とれていた。

「綺麗です……とても」

「……そう。それなら良かった」

「これはあなたが描いた絵ですか?」

「いや、これは僕の母が描いた絵だ。しかも最後に描いた作品」

「最後?」

「その絵を描いて数時間後、持病で亡くなった。まさに生涯最後に描いた作品だよ」

優子は北斎の母が死んでいた事を聞き、すぐに謝った。

北斎は大丈夫だと言ったが、まだ母親の死から立ち直れていない様子だった。

優子は何とか北斎の気を落とさせないよう、絵の感想を述べた。

「この絵……子供が北斎さんですよね?」

「よく分かったね」

「北斎さんに似てましたし、それに母親の顔が穏やかでしたので」

「どういう事?」

「あなたのお母さんは、この作品をあなたに見てもらいたくて描いたんだと思います。あなたを死ぬ最後まで愛していると、そう伝えている気がして」

優子の言葉に北斎はハッとして絵を見た。

今まであまりこの絵を見ていなかった。当時は母親の死で直視できなかったから、感想など言えなかった。

けど、改めて作品を見て、優子の感想を聞くと腑に落ちた。

絵の中の母親の慈愛の表情、その意味がようやく理解できた。

「良いですね。良い母親に恵まれていますね、北斎さん」

「そんな……優子さんの母親の方が」

「私に親はいませんよ」

優子が淡々と呟いたので、北斎は若干驚いた。

親がいない事で驚いたのではなく、それに対して何とも思っていない事だ。

「親は私を麻薬を買う為に犯罪組織に売りました。幼児期は、アジアの犯罪を色々見てきました。私は、黒に染まっている屍です……」

「……そんな事はないと思います」

北斎の言葉に「えっ」と呟く優子。

「僕の作品を見た時、僕よりも作品の意味を理解していた。あなたが黒に染まっているなら、そんな感想は出てこない」

「北斎さん……」

「あなたは確かに一度、黒に染まっているかもしれません。ですが、あなたに鮮やかな色を与えたのは、お仲間のおかげではありませんか?」

優子はゼロや響子、出会った仲間の事を思い浮かべ、目を閉じて微笑む。

「……あ。ごめん、言い過ぎた」

「大丈夫です、むしろ私の心が救われました」

優子は北斎に面と向かって笑顔で感謝した。

優子の笑顔から流れる優しさに北斎の心が大地震並みに揺らいだ。

何とか平静を保っているが、北斎の思春期の心にダメージが大きい。

だが、優子の一面を見て、アイディアがどんどん浮かんできた。

「優子さん。数時間で描き終えます、完璧に仕上げますよ」

「はい。期待していますよ」

2人の顔は、モヤモヤが晴れて、スッキリしていた。


『ええ。私です。手筈通り封鎖しました』

『まだあのガキ共は生きているな?』

『はい、今は京都に留まっています。どうされますか?』

『京都か……。なら、そこの工作員に働いてもらおう。新参者が、トップになってから有能になったからな』

『分かりました。すぐに準備を整えさせます』

『……念のため、そこに監視員を送れ。状況を知りたい』

『お望み通りに……先生』

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