第129話 京都での調査

 皆に恥ずかしい思いをさせられて、気づけば朝になった。

 今日は沖縄に行く為に町中を調査する日だ。皆手分けして調査に回る。

 チーム分けで俺は響子とクレアと回る事になった。

 早速西京から調査を開始した。

 今でも昔の地名がそのまま使われていて、西京は最も新しい区だ。

 そこでの成果はないので、次は右京区に向かった。

 かつては都の皇族や公家などの別荘が集まっていたが、今は住宅地が並んでいる。

 西院駅で聞き込みをしてみると、どうやら沖縄へのルートは警察が封鎖しているそうだ。

 そこから先は俺達が知っている情報ばかり。時間を食ったのでショッピングモールのフードコートで昼食を食べる。

 俺の目の前に響子が座っており、昨日の事があって話しづらくなってる。

 何とかクレアの仲介で話せるレベルだ。

 俺と響子がギクシャクしているのが気になったのか、俺に質問してきた。

「なあ、ゼロは響子の事が好きだよな?」

 ストレートな質問で吹きそうになる。

「はっ?ま、まあな……」

「響子もそうだよな?」

 響子は静かに頷く。

「なのにどうして喧嘩したみたいな関係になるのか分からない。お互いに好きなのに、今は面と向かって話せないのが私としては少し悲しい」

「それは……変に意識するというか、見る目が変わるというか」

「そ、そうよ。コイツは顔が良いし、性格も良いから余計に意識するのよ」

「うーん、私も恋をすれば理解できるのか?だが、生憎と恋をしたいという感情はない」

 AIは人間の事を深く知りたいと思っているらしく、クレアは俺と響子に質問を何度もぶつけた。

 その度に俺と響子は少しずつ、普段と同じ態度で話せるようになった。

 もしかしたら俺と響子の仲を元通りにしたいという思いがあったのかもな。

 昼食を食べ終え、調査に乗り出そうとすると、妙に上が騒がしかった。

 向かってみると、1人の男が3人の不良と揉めていた。

 男は比較的高めの黒いスーツを着ており、若い事もあって新社会人みたいなルックスだ。

 大学生だと言われてもおかしくないぐらい童顔だが、男の目は死線を何度もくぐり抜けたベテランの目だ。

 俺達は一目見ただけで男がただ者じゃないと気づくが、不良は勿論野次馬も気づいていない。

「おい、こんな騒ぎになったんだ。さっさと慰謝料を払えよ。肩がイテェよ」

「そうだぜ。さっさと払え」

「あの程度で骨が折れたか?カルシウムちゃんと取れてるか?」

 不良はありがちな手で男から金を取ろうとしているが、それに対して男は冷静沈着。

 おまけに不良を煽る始末だ。不良3人は癪に障ったのかキレた。

「あぁ?ふざけてんのかテメェ?」

「俺達、トライデントのメンバーだせ。よくそんな事、言えるなぁ」

 トライデント?もしかして、こいつら半グレか。

 男も組織名を聞いて察したのか、少し高圧的な態度で半グレ達に話した。

「おい、ここで大人しく手を引けば何もしない。お互いにフェアで帰ろう」

 男は半グレに大事にしたくないようで、大人しく帰るよう頼んだ。

 しかし、半グレ3人は聞く耳を持たない。

 それどころか、ポケットに手を入れている。ありゃナイフか何か出す気だな。

「回り込もう」

 人混みに紛れて半グレの後ろに回り込み、隙を伺った。

 半グレ3人が互いに顔を合わせた時、俺達は人混みから飛び出して半グレを取り押さえた。

「んなっ!何だお前ら!」

「その前に危険な物は捨てようか」

 それぞれ取り押さえた俺達は半グレが手にしている折り畳みナイフを奪って、使われないように遠くに捨てた。

 響子はやれると思ったが、クレアもちゃんと半グレを拘束できていて驚いた。

「このぐらいなら実戦で動けるぞ」

 どうやら一応の護身術をプログラムしているらしい。

 だから、華麗に半グレを取り押さえられたのか。

 しばらく半グレの動きを封じていると、さっきまで絡まれていた男が別のスーツの男達を連れてきた。

「そいつらを取り押さえてくれて感謝する。後はウチの者に任せろ」

 スーツの男達に半グレを引き渡すと、喚き散らす半グレを無視して奥へと消えた。

 無言で連れて行く辺り、スーツの男達もただ者じゃない。

 男がスーツの男に礼を言うと、男達は頭を下げて立ち去った。

「すまなかった。本来ならこっちで処理するのだったが、君達のおかげで助かった。改めて礼を言おう」

 さっきとは違う口調で礼を言われ、意表を突かれた気分になる。

「あんた、素人じゃないな。あの半グレを留まらせたのは、部下達を送る為の時間稼ぎか?」

「そうだ。その様子だと、俺がカタギじゃないと分かってるな」

 男は俺達に名刺を渡した。

 名刺には、『京都府民間警備会社 副社長 焰木シン』と書かれている。

「民間警備係?お前、警備会社の人間か。でも、それにしては……」

「若いって?何故ならまだ設立されて10年も経っていないからな」

「京都府って書かれてるって事は、あなた府から認められてるのね」

「ま、認められるまで苦労したけどね」

 焰木シン、20代の若き警備会社の副社長。

 だけど、俺はコイツが警備員だと認めていない。あの黒服の事があるからだ。

 俺が疑いの目を向けているのに気づいたのか、シンはある提案をしてきた。

「もし時間があったら、会社を紹介する。気になるだろ?」

「……どうする、ゼロ」

「決まってるだろ。行くさ、案内してくれ」

 シンは反応通りだと予想していたのか余裕の表情で俺達を警備会社まで案内してくれた。

 その道中で優子とエマにメールを入れ、俺達と合流するようにした。

 これが吉と出るか凶と出るか、一応応援は呼んだから大丈夫な筈だ。

 もし、シンの警備会社の人間が暴れる事があったら、響子とクレアを守らないと。


 シンの警備会社は中京区のど真ん中にあった。

 建物は賃貸契約の事務所ビルで、この3階建てのビルごと警備会社が所有している。

 その会社の入り口に着くと、待機していたエマと優子と合流した。

 シンの事を警戒していたが、敵じゃない事がハッキリ分かったのか警戒を緩めた。

「ここが俺の事務所だ。中に入ってもいいぞ」

 そう言って先にシンが事務所へと入った。

「父さん達は?」

「連絡してある。何かあったらすぐ向かうって」

 父さん達の状況を響子から聞き、すぐに事務所の中へと入った。

 事務所は会社のオフィスのような内装で、中央にある机には数人の男女が事務作業をしていた。

「おい、客人だ。丁重にもてなせ」

 シンが手をパンパンと叩いて仕事していたメンバーに伝えると、すぐに動いて俺達をソファーや椅子に座らせた。

 30秒以内にお茶が俺達に用意される。この早さはかなり訓練されてるな。

 シンが前のソファーに座ると、シンの部下達も座った。

「ここが京都府民間警備会社だ。社長の席は最近空いていてね。今は俺が社長代理を務めている」

「そうか。その歳で社長か、苦労していそうだな」

「ま、ウチは合法違法問わずに仕事を取るからね。内容も警備以外がちょっと多いかな」

 そう聞くとウチと似た会社になるな。ただ、そっちは京都府に認められるからバックアップが大きい。

「そうだ。メンバーを紹介しよう。こちらにいるのは設立当初からいる古株、ラミアン・ザフィール・シャルジャ。俺の2つ上のアジア系アフガン人だ」

「よろしくな、私が部下やシンの面倒を見てる」

 ラミアンは黒髪と茶髪が混じったショートボブで、左目に眼帯を着けている。

 面倒見の良い姉御肌、その証拠に隣のメンバーの頭を撫でている。

 中々黒の多い服装で、本当に副官だと感じられる。

「次はウチの会計士、石川由美。こんな小さいヤツだが、歳は18だ」

「小さいって言うなシン。成長期が来なかっただけだ」

 シンに小さいと言われた由美だが、確かにエマよりも小柄だ。

 おまけにパステルカラーの可愛らしい服やアクセサリーも相まって、小さなお子様に見える。

 しかし、シンの口から意外な才能を教えられる。

「こう見えても並列思考の能力者だ。一度に1人で多くの事ができる。だから、一番働いている」

「凄い……じゃ、一度に色んな事を考えられるんだ。凄いね、由美」

「何か……馬鹿にされてる気が……」

 多分、無意識だと思うぞ。響子は自覚ナシで言ったみたいだし。

「次は、イラストレーターの鴻上北斎。イラストでウチに貢献している坊やだ」

「初めまして皆さん。北斎です、よろしくお願いします」

 律儀に挨拶したのは中学生の黒髪少年北斎。

 シンから成績は普通、運動も普通、どこにでもいるような中学生男子だと説明した。説明でどこにでもいる中学生男子って言うのかよ。

 しかし、北斎にも才能がある。それは絵だ。

 元々母親がアトリエで、母親の影響で絵が好きになって、徐々に上手な絵を描くようになったらしい。

 今では中学生イラストレーターとしてその界隈で有名になり、複数の企業や会社から北斎が描くイラストを依頼している。

 ネットで調べると、確かに惚れ惚れする程上手いイラストだ。

「お前、絵が上手いな。私でも印象に残る程の良作だ」

「あ、ありがとう……」

 クレアに面と向かって褒められたのが恥ずかしいのか、顔を合わせず礼を言った。

「最後は、胡蝶こよりだな」

「よろしくお願いします。こよりです」

 暗めの赤髪のロングヘアだが、綺麗な肌と明るい顔で活発のある少女だ。

 聞けば一時期体操で日本一になっていたそうだ。ネットでその裏は取れた。

 今は体操から一線を引いて、シンの警備会社に入ったとか。

 各メンバーの紹介を聞いて、俺はシンに気になった事を質問した。

「ラミアン以外は未成年なんだな」

「そうだ。次はこの警備会社について説明する。この警備会社は当時の社長と神楽組によって設立されたんだ」

「神楽組……京都にいる極道組織ですね」

 優子の言葉で思い出した。神楽組は関西連合会に属さない組織で、京都から勢力を拡大していない。

 しかし、京都を獲ろうとする者は返り討ちに遭っている。

 この警備会社ヤクザが出資しているのかよ。

「俺は……もうバレてるから言うが、神楽組の若頭補佐だ。こう見えてもな」

 若頭補佐、それも20代でか。大した出世だな。組織のナンバー3じゃないか。

 でも、それならどうしてヤクザから離れているんだ?

「俺が頭に伝えて、警備会社を創った時はフロント企業として動くと言ったんだ。頭の計らいで俺は表向きは警備会社の副社長、裏は神楽組の若頭補佐、という訳だ」

 信じられねえ。大卒みたいな見た目してるのに、2つの肩書きを持ってるなんて。

 だけど、真に有能なヤツはシンみたいに器用な人間の事を言うだろう。

 シンは一通り説明を終えると、茶を一杯飲んで、俺に礼を言った。

「さっきはありがとう。あの半グレ共を一瞬で取り押さえるなんて、何か同じニオイがするな」

「だからここに連れて来たのか、悪いが俺達は便利屋だ。スカウトは困る」

「知っているさ、ゼロ。君達の事は由美が調べてもらった。色々貢献しているようだね」

 もう俺達の事を調べていたのか。冷静だったのはこれもあったのか?

「そんな君達を見込んで、頼みがある」

 急に真剣な表情になり、俺の目を見ながら言った。

「京都に現れたテロリストを、排除してほしい」

 テロリストという単語に俺達は僅かに反応した。

 数ヶ月前にメキシコでテロリストを片付けたばっかりだ。今度は日本でテロかよ。

「既に神楽組や京都府警に被害が出ている。警察もヤクザもお手上げ。俺達に依頼が来た。内容はテロの調査だ」

「何でもやる警備会社に表と裏の治安を守る組織から依頼か。信頼されてるんだな」

「ああ。だが、正直俺達では手が足りない。実働で動くのは俺とラミアン、こよりだけだ。他は非戦闘員、又は出張で不在だ。だから手を貸してほしい」

 こんなに真剣に頼むんだ。余程困っているに違いない。

 京都に着いた矢先にトラブルか。どうしようか。

 でも、日本でテロは起こさせたくない。それは一緒だ。

 それに、同業は大切にしないと。まだウチは提携している所はない。

 これを機に協力者を増やすか。

「……分かった。力になる。ただ、俺達の他に俺の家族も来ている。家族が了承してくれたら協力する。返事は明日だ」

「分かった。良い返事を期待している」

 俺はシンと握手を交わす。

 それにしても京都でテロの兆しか。とても穏やかじゃないな。

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