第127話 最後の護衛

 ゼロ達が殺し屋達と交戦している頃、2つ下のオフィスエリアでも戦闘が起こっていた。

 待ち伏せていた優依の私兵部隊とメイソン、優子、エマが激しい銃撃戦を繰り広げている。

 私兵の装備は5.56ミリアサルトライフルばかり。軍事訓練を受けていて、遮蔽物を利用した射撃を仕掛けている。

 メイソンがHK416A5、優子が二丁のM92F拳銃で応戦するが、距離と威力不足で私兵部隊の数が減らない。

 私兵が数の差を考慮して、前衛の私兵を前に進ませた。

 そのタイミングで、三人の中でも突出した戦闘力を誇るエマが攻撃を仕掛ける。

 ブースに潜め、私兵が姿を現した時、エマはモシン・ナガンで私兵を一発で仕留める。

 ボルトを引いて弾を排出すると、ブースから出て2人目の私兵を狙撃する。

 私兵がエマの存在に気づき、エマに向けて集中攻撃する。

 それがエマの作戦で、ブースで銃撃から身を潜めると、仲間の2人に目配せした。

 エマの合図を理解したメイソンと優子はエマに攻撃している私兵部隊へ射撃する。

 2人にも私兵部隊が攻撃すると、エマが両手にグレネードランチャーを構えた。

 それも、6連発のグレネード弾を発射できるMGL-140を。

 エマは12発のグレネード弾をばら撒き、私兵部隊がいる所に爆発が起きた。

 グレネード弾が爆発した後、私兵部隊からの銃撃が止んだ。

 メイソンと優子が左右から前進し、エマもM500リボルバーを持って中央から進んだ。

 私兵のほとんどはグレネード弾の爆発で死んでいるが、何人か重傷で生き残っていた。

 重傷の傷でも私兵は3人に銃を向けたが、撃つ前に3人に撃ち殺された。

「クリアだな」

「はい、早く2人を助けに行きましょう」

「……!」

 先行したゼロと響子と合流する為、3人は階段から上の階へと上がった。


 最上階に着き、部屋へと突入する。

 待ち伏せしている私兵はいない。あるのは執務机とその上にあるパソコン。

 金野や紅蓮姉妹の姿もない。

「クレア、奴らは?」

『分からない。探知できない』

 俺はパソコンの画面を見て、証拠を隠滅しようとしている事を理解した。

「クレア、金野は銀行のデータを処分する気だ。外部から阻止する事は簡単か?」

『スマホをパソコンに繋げて。そうしたら可能な限りやってみる』

 俺はスマホをパソコンに繋げ、データ処分阻止をクレアに任せる。

 すると、入ってきた扉が土で埋もれた。

 ダクトから土がボトボト落ちてくると、それらが人の形へと変貌する。

「あなたの行動は手に取るように分かる。このパソコンの中を見たなら証拠を得る為にここに留まる」

 紅蓮姉妹の姉里美だ。右手にピンクと水色のUSPコンパクトを握っている。

「金野は?妹と一緒か?」

「彼ならそこに」

 2つのタンスの中から金野、優依の2人が現れた。

 逃げていると思ったが、俺達が来るのを待っていたようだ。

 金野はゴールド塗装のAK-74を腰だめで構え、優依はX M8アサルトライフルを構えている。

 金野の肩にショルダーバッグがたすき掛けされている。

「フフフ。ノコノコと現れやがって。ここは俺の銀行だ」

「金野……」

「よくコイツらを誘き寄せてくれた。後は下にいる奴らも捕らえて、それで終わりだ」

 金野は俺達を捕らえたつもりでいる。姉妹が銃を向けているからか。

 てか、下にいるのは戦闘のプロだぞ。私兵なんかに殺られるか。

「優依、奴らの銃を奪え」

「分かりました」

 優依が俺に向かって歩き出す。

 響子が俺の前に出て、優依を威嚇すると、壁に取り付けられたテレビが勝手に点いた。

 俺達がテレビを凝視していると、砂嵐から赤い画面に切り替わった。

 画面にはナチスを象徴するナチ党のマーク。まさか、アイツか?

『それで勝ったつもりかね、頭取。彼らだけだと思ったのか?』

 声は機械音声だが、それでも分かる幼い少女の声は間違いない。

 アーニャから聞いていた、元ナチス親衛隊の少佐だ。

「何だお前は?」

『私の事はどうでもいい。ただ、そこの少年に手を貸しただけに過ぎない』

「ゼロと手を組んでいるの?」

 里美がテレビの相手に質問すると、少佐は笑った。

『とんでもない、彼と協力したのは戦闘が見られるからだ。小規模なのが残念だが、良い戦闘が見れたから良しとするよ』

 やっぱりイカれてるなこの少女。

「動かない方がいい。ここは我々が有利だ。狙撃手も配置してある」

 スナイパーだと?そんな話は聞いていない。勝手に送り込んだな。

「頭取、どうしますか?」

「…………」

「指示を!」

 紅蓮姉妹が金野に指示を請うと、金野は懐から注射器を出した。

『ん?それは何だね?』

「知っているだろ。裏ルートで出回ってる能力薬だ。効果は警備の1人で検証済みだ」

 金野が持っていたのは能力薬の注射器だった。まだ一本隠し持っていたのだ。

「これを打てばお前らを皆殺しにできる。ハハッ、どんな能力が手に入るのか楽しみだ」

「止めて下さい!人間を辞めるつもりですか!」

 里美が声を上げて金野に注射を打つのを止めるようお願いした。

 優依も同じ反応だ。2人は効果を知っているから必死になって止めようとしているのだ。

 しかし、金野の意思は固い。

「フン。商品風情が俺に指図するな。そこで見ていろ」

 金野が注射器を首筋に狙いを定めて打とうとする。

 その瞬間、響子が拳銃を素早く抜いて発砲し、金野の手から注射器を離した。

「うわっ!」

 注射器は放物線を描いて落下したが、割れる事なく俺の足元に転がった。

 俺はその注射器を回収する。

「これは俺が預かる。危険物だからな」

「ぐっ……」

 手首を撃ち抜かれた金野は恨めしそうに俺を見た。

 優依はライフルを向けているが、響子に銃を向けられて撃てずにいる。

 里美は……あれ?姿が見えない。

「ゼロ、後ろ!」

 背後を向くと、観葉植物の土から里美が人の姿へと変わりながら現れた。

 いつの間にダクトに移動したのか。クソ。

 ライフルを向けようとするが、里美に押し倒される。

 響子が里美に銃を向けたが、優依に肩を撃ち抜かれる。

「いたっ!」

「お姉ちゃんの邪魔はさせない」

「クソ。くっ……!」

 里美にUSPを向けられ、両手で狙いを逸らそうとするも抵抗される。

 このままだと頭を撃ち抜かれる。どうにかしないと。

 目だけ動かすと、左に注射器が落ちていた。

 できればやりたくないが、しょうがない。

 俺は左手を動かし、注射器を手にして里美の首に打った。

「がっ!」

 針の痛みで里美は拳銃の引き金を引いた。

 片手で急所を避けたが、胸に一発撃たれた。

 ボディーアーマーで弾は人体に貫通しなかったが、激痛で動けない。

「いった……。あ?」

 注射器を打たれた里美は立ち上がって、首を押さえて苦しんでいる。

 この苦しみ方……あの時と同じだ。

「あっ……がぁぁ……暑い……!暑い!」

 拳銃を落とし、体の異変に里美は苦しみながら怯えている。

 響子は俺を引っ張って後ろに下がる。金野と優依は呆然と立ち尽くしていた。

 里美の体がみるみる泥になり、体の形が崩壊して床に泥が広がっていた。

 そして泥が床に広がると、マネキンのような泥が泥溜まりから現れる。

『何よ!この感じ……最高じゃない!!』

 声は里美だが、あの泥人形のような人が里美だとは思えない。

 土ではなく、土が液体によって変化した泥に能力が変化したのか。

「お姉……ちゃん?」

 優依は変貌した里美にショックを隠しきれない。

 里美は高揚で俺達に泥を放出した。

 間一髪で避けたが、泥が被った机や床が溶けていた。

 あの泥に溶解物質が入ってるのかよ。

『ゼロ、スマホを回収して!溶かされる!』

 俺は急いでスマホを回収するが、また里美が泥を放った。

 机に隠れるも、その机があっという間に溶けた。

 響子が里美に弾を何発も撃ち込むが、弾は体に吸収されるように消えた。

「ダメね……」

 スマホを回収した俺は響子と合流すると、里美は金野の方に向かっていた。

「お、おい。何してる?奴らはあっちだ!」

『散々人をコキ使って……金でのし上がったからって調子に乗らないで』

 里美が金野の口に泥を入れ込んだ。

 泥を口にしてしまった金野はもがき苦しむ。

「ゴボッ……ゴガゴゴボゴボゴゴゴ……」

『そのまま苦しんで死ねよ!アハハハハッ!』

 狂ったように笑う里美。能力薬で人格も変わった。

「お姉ちゃん!もう止めてよ!」

「もうコイツはお前の姉じゃない!化け物だ!」

 里美をあんな化け物にしたのは俺の責任だ。俺が片付ける。

 里美が自身の泥で金野の死体を飛ばし、それにぶつかった優依は気絶した。

『さぁ、これで心置きなく楽しめるわね。遊びましょ、ゼロ』

「響子。コイツは俺がやる。援護しろ」

「了解」

 響子が右に移動し、俺がM4A1のマガジンを交換すると里美に動きがあった。

 部屋全体に泥が広がり、奴の攻撃範囲も広がる。

 俺は里美だと思われる人型に弾をぶち込むが、弾は吸収されているようでダメージはない。

 弾を受けた人型の隣に別の人型が出現した。ダミーを増やして撹乱する気だ。

 俺はM203グレネードランチャーを使い、地面に向けて発射した。

 2つの人型が巻き込まれ、体がバラバラになる。

 その時、一体から脳と心臓が露出した。

『痛い……痛いよぉぉぉぉ!』

「あれが本体か。響子撃て!」

 俺と響子は里美の脳と心臓に銃撃する。

 弾を受けた里美の声は苦しそうでダメージはあるみたいだが、臓器から血が出るだけで破壊できない。

 そして2つの臓器は再び人型が形成されると取り込まれ、位置が分からなくなった。

「これでも食ってろ」

 俺がグレネードを放り込むが、泥でグレネードを包み込まれ、溶かされて爆発しなかった。

 クソ。厄介な泥だ。これも薬で変異したんだが。

 その後、俺達に複数の泥水を放出した。

 狙いが鋭く、避けるのも手一杯だ。泥を被ったら体が溶けて終わりだ。

 避けている間にダミーを増やされた。このままだと何もできずに殺られる。

『アハハハッ。たかが人間なんてそこが知れてる。能力ナシじゃ、これが限界ね!』

 里美が能力がない事を煽るように言い、挑発してきた。

 銃は効かない、グレネードは泥で無力化される。

 しばらく回避に専念していると、窓からピシッと音がすると、里美の体に弾が貫通した。

『なっ!どこから……!』

 窓には弾痕があり、外から狙撃したようだ。

 ここから狙撃できる建物があったとしても1つだけで、そこはここから500メートル離れている。

 俺達を狙うかと思ったが、スナイパーは里美だけを攻撃した。

 一体誰だ?必ず体に当てる狙撃手は?


 500メートル以上離れた高層ビルの屋上。

 ヘリポートに伏せて、M82A5バレットライフルを構えるレッドスナイパーは右目に取り付けたレンズでスコープを覗き、里美を狙撃していた。

「横風最悪、狙撃ポイントは一ヶ所。そんな中でも当てられる俺はマジで神」

 再装填したレッドスナイパーは特殊な弾を排出口から装填し、里美に食らわせた。


「この威力……バレットか?」

 ダミーが狙撃で体が裂けるので、弾の威力は対物並みだと推測する。

 最後の1体に弾が撃ち込まれると、悲鳴と共に体が実体化した。

 マジか。普通の里美が姿を現したぞ。

 俺はこれを好機だと考え、ライフルを撃つ。

 しかし、周りの泥が盾となり、弾が貫通できない。

 ダメかと思うとスナイパーの狙撃で泥の壁が崩壊し、里美の左腕を消し飛ばした。

 そのまま里美との距離を詰めると、泥から金野が持っていたAK-74が出てきて俺に向けられる。

「うげっ」

 撃たれると体を低くした時、誰かに抱えられ、一緒に地面に倒れた。

 それと同時にAK-74が弾切れになるまで発砲される。

 俺は抱きついている奴を退け、ソイツが響子だと判明する。

 響子の腕と背中に銃創があり、背中の方は弾が食い込んでる。急所に当たっていない事が不幸中の幸いだ。

「響子!」

「行って……!倒して」

 響子の弱いが、芯の通った言葉に応え、俺は響子を置いて里美へと向かう。

「何なのよ……変化できない……ゼロ!何したんだ!?」

「さあな。スナイパーに聞いてみろ」

 俺はグレネード弾を発射する。里美は泥の壁で爆発を阻止する。

 その後もライフルの銃撃を行うと、スナイパーの狙撃で壁が壊される。

 ライフルの弾はないので、拳銃に切り替える。

「ウザいのよ!さっさと死ね!」

 泥を近距離で放出されたが、読めた動きなので最小限の被害を受けて回避した。

 そして里美が泥から出したUSPを俺に向けて連射する。

 片手撃ちだから狙いが曖昧で、俺に当たらない。

 俺はその腕を掴んで狙いを外させ、M19で里美の腹に何発も撃ち込んだ。

「あ…………が……?」

 里美は腹を抱えながら倒れると、形作っていた泥が液状化した。

 里美を倒した俺は拳銃をしまうと、体に痛みが走った。

 泥の溶解物質で少し体が溶かされた。まあ皮膚が溶ける程度だが、かなり痛い。

「終わったわね」

 響子が俺の隣に現れる。

「まだ痛むだろ。止血するから座れ」

「後でいいわよ。それより、里美は?」

 倒れている里美は立ち上がろうとしているが、腹の弾のせいで立てずにいる。

 正気に戻っているが、この傷だと処置しても手遅れだ。

 土壇場だったとはいえ、能力薬を人に使ったのを後悔してる。

 能力も変異した里美を見ていると、扉の土が爆破された。外から父さん達がやって来た。

「おお、無事だったか。てか、何でここ泥だらけなんだ?」

 それは後で話すよ、父さん。

 3人共怪我はなくて良かった。あの私兵部隊を倒したんだな。

「ううっ……これまでね……」

 里美が自分の傷を見てこれまでかと悟り、不思議と安らいでいるような顔をしていた。

「いいのよ……これが私達の運命。受け入れるしか……ない」

「潔いな。流石トップを張ってるだけはある」

「……優依」

 里美が首を傾けて呟いた。

 まさかと思い、体を向けると気絶していた優依が目覚めていた。

 姉の状態を見て、俺達をかなり憎んでいる。

「よくも……お姉ちゃんを……!!」

「ダメよ、優依。あなたは逃げなさい……。私は……もう終わり……」

「お姉ちゃん!今、助けて……」

 優依が激昂して俺に銃口を向けた瞬間、外からサイレンの音が複数鳴り響いた。

「もう警察が来たのかよ。クレア、脱出ルートを頼む」

『分かった。急いで部屋から出てくれ』

 警察が下で包囲しているから、このまま本社に突入するのも時間の問題だ。

 捕まるリスクを考え、俺以外のメンバーは先に部屋から出た。

「優依。お前の姉を殺ったのは俺だ。今は急いでるから見逃す。俺を殺したければ好きにしろ」

「……絶対に殺す」

 その復讐心、絶対になくすなよ。

 俺は紅蓮姉妹を背に部屋から出て、脱出ルートに従って下へと向かった。

 何故優依を殺さなかったのかは自分でも分からない。

 ただ、自分を優依に置き換えた時、亡くした痛みを理解した。

 零を失ったら、俺も優依みたいになるかもな。他人事じゃないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る