第123話 秘密の場所

「あ~あ、やられちゃったねお姉ちゃん」

「優依、楽しそうね」

逃走している車に乗る里美は妹が笑っている事に気づき、それを指摘した。

「だって!私と撃ち合った敵がいるんだよ!しかも、単発とはいえ連射してたから多分フルオートでも撃てる。ああ、ゾクゾクする」

「まったく……このまま頭取の所まで向かって」

「分かりました。隊長、隠しミニガン役に立ちましたよ」

「だよねー!おかげで逃げられたし」

車に隠していたミニガンは本来緊急時に防衛として使用する武器だった。

できれば撃ちたくなかったが、あの時はミニガンで掃射しないと逃げられなかった。

「ハァ、あなたの損害は少なくていいわね。私は手下を多く失ったわ」

「でも、後でまた増やせるからいいじゃん。私のは育てるのに金も時間もかかるから」

「……ゼロめ。やってくれるじゃない。今度はそうはいかないわよ」

「そういえばターゲットってどんな顔なの?見たことないんだよねー」

「あなた、写真見てないの?」

「だって、あっても渡してくれないじゃん」

里美は頭を抱え、ある事を思い出す。

ターゲットの写真を見たらすぐに覚えて、すぐに殺しに動く事を。

その妹は今は携帯でメールを打っている。

昨日から誰かとメールをしていて気になるが、今は仕事に集中するしかない。

里美はこれから出るであろう後始末の事を考え、大きなため息をついた。


ログハウスに帰ってくると、家の壁に私兵の死体が並べられていた。

全員撃ち殺されているが、それにしては血まみれだ。

すると、武器を持った母さん達が荷物を持って現れた。

「ここはもうダメね。金野にバレた、さっきそこの戦闘員が襲撃してきたの。まあ、エマと零のおかげで撃退したわ」

「急いで車に乗って!また敵が来るかもしれないから!」

戦闘から帰ってきた俺達は休む暇もなく車に乗り込み、母さんが最後の荷物を車に入れると運転席に乗り込んだ。

母さんがエンジンを始動し、キャンピングカーはバンドルを握って真夜中の山道を走る。

「困ったわね。もうバレるなんて、調査で気を緩み過ぎたわね」

「敵の追跡はしつこいぞ。今は誰も来ていない」

「どうする?どこで身を潜めるんだ?なるべく誰も知らないような場所で頼むぜ」

「……1つだけあるわ。本当は使いたくないけど」

母さんが安全な場所を知っているそうだ。

そこに何があろうとすべこべ言っている状況じゃない。

俺達は母さんを信じ、母さんが知っている安全な場所に向けキャンピングカーを走らせた。


「この部屋よ。まだ売っ払ってなくてよかった」

何度も遠回りにして、朝日が昇った頃にその場所に着いた。

一応仮眠したとはいえ皆眠そうだ。

キャンピングカーは空き家の裏手に隠した。

母さんが案内し、地下への階段を下りると前に古びた扉が見えた。

そこを開け、電気を点けるとそこは会議室のような部屋だった。

「ここは私が駆け出しの頃に使ってたアジトよ。もう当時の所有者はいないけど、私の名義にしてあったから壊されなかったみたい」

「遠回りしたのは追手を振り切る為か」

「そうよ。私だけのアジトだから、他の誰にも知られちゃいけない。さ、荷物を運んで」

持ってきた荷物を休憩室に置くと、棚にある古びた写真を見つけた。

写真には警察の制服を着た若い男女が腕を組んで笑っている。

後ろの建物は警察学校で、桜の木や卒業証書から卒業記念に撮ったものだと分かる。

真ん中の黒髪の女性が母さんだと分かった。まだ二十歳ぐらいか。

「あ、それまだ残ってたんだ」

母さんがやって来て、その写真を取り上げた。

「うわ、この時の私若っ。青春してたなー」

「これは?」

「卒業式に同期と撮った写真よ。もう20年以上前になるのね。婦警になってから大変だったな」

そう言うと写真をポケットにしまって立ち去った。

スッと去ったので昔の事を聞く暇がなかった。

だけど、あの様子だと昔の自分を見られて恥ずかしいのだろう。

詮索するのは野暮だな。とりあえずこれからどうするか話し合おう。

俺は皆を集め、これからの事について話し合った。

「それで、次はどうするの?」

「短時間で家がバレたんだ。今度も早くしないとバレるかもな。幾ら母さんの秘密の場所でもな」

「そうね。金野なら不動産にも手を伸ばせるし、可能だね」

「そういえば夜の戦闘はやっぱりなかった事にされてたぞ。ま、金野と政府双方の取引の結果だな」

金野は半グレを多く失い、政府は精鋭を数人やられた。

しかも政府は自衛隊を使って御殿場を取り戻そうとしていたのが金野にバレてマズイと思った筈だ。

金野も人身売買の件を深掘りされたくなかっただろうし、互いに相談してなかった事にしたんだろう。

ログハウスに置いてきた私兵の死体をどう受け取ったかはまだ分からないが。

「政府は俺達をこれから利用するだろう。ま、利害は一致しているからな。下手に特戦群を出せなくなった以上、奴らがとれる行動はそれだけだ」

「金野も手下を多く殺られて、報復を渋るだろう。まだ時間はある」

「金野の下の状況が分かったなら、次は金野をどう攻略するか、だねお兄ちゃん」

金野は大手の銀行の頭取だからガードが固い。

真っ向から向かっても捕まるのがオチだ。

しかも頭取ってのは商談や用事以外は外に出ない。

どうにかしてヤツを外に引き摺り出したいのだが。

皆が悩む中、クレアがカタカタとパソコンを使って何か調べていた。

「クレア、何か意見は?」

「……プロテクトが固いな。だけど企業セキュリティーは軍用より脆い……あと少しだ」

ブツブツと呟きながらキーボードを打っているクレア。

何してんのかとパソコンの画面を見る。

そこにはおびただしい数列が止まることなく流れていた。

「お前、今何してんの?」

「……よし。破った」

クレアがガッツポーズを取り、ビターっと数列が流れる画面からある予定表のPDFに変わった。

クレアの後ろや横に皆が集まる。

「これは?」

「金野のスケジュール表だ。銀行のセキュリティーを破って、開示できるようにした」

「どうやって……ん?」

優子はクレアのうなじの差し込み口からパソコンに繋がるコードを見つける。

「まさか、お前のシステムをパソコンでも使えるようにしたのか?」

「この市販のパソコンでも基礎ソフトがあればハッキングも可能だ。軍用は時間がかかるが、企業のは容易い」

AIらしいハッキング能力ね。もうツッコミを入れる元気もない。だが、これはナイスだ。

予定表には明後日中部の奴の系列グループの金融機関のトップが集まるらしい。

場所は御殿場プレミアム・アウトレット。

正確にはその場所にある会場だ。

10年前に改装、増築をしたアウトレットは今や海外のセレブ達にも人気になった。

店の種類も増え、カジノや宿泊施設も建設された。

ちなみにプレミアム・アウトレットを豪華にしたのは金野だ。

「中部の金融機関のトップが、金野の集まりにくる。名目上はパーティーとなっているが……」

クレアが新たなファイルを開いて、皆に見せる。

「警備は紅蓮姉妹だ。架空警備会社で隠しているが、リストに載っている連中は半グレや私兵だ」

「だけどこのパーティーに金野が出る。数少ないチャンスね」

「他の予定を調べたが、直近で金野が姿を現すのはこのパーティーだけだ。警備のメンバーからこのパーティーがゼロ達を誘い込む罠かもしれない」

「構わんさ。クレアのそのパーティーの全容を調べれるか?」

「少し時間をくれ。そうしたら全て分かる。他の皆は温泉でも行って休んでくれ。この近くでコアな人しか知らない温泉がある」

「嘘っ!ハッキングしている間に調べたの?」

「ハッキングより簡単だからな」

マジか。クレア有能すぎる。

「今ならパーティーの準備期間や半グレ達の損害で監視が薄い。体を休めるなら今だ」

「すぐに行くわよ!優子、零、エマ!すぐに支度して」

響子が真っ先に飛び出し、後から2人が部屋に向かった。

そういえば響子は御殿場の温泉に入りたいと行ってたな。

「ゼロ。お前も行け。俺がクレアと残っている」

父さんは温泉に行かず、クレアとアジトに残ると言った。

「父さんは行かないの?」

「誰がこことクレアを守るんだ?母さんも連れてくれ。その方がリフレッシュになる」

「でも……」

「すべこべ言わずに行け!お前と響子の関係を皆に言いふらすぞ」

それはマジで勘弁してくれ。分かったから行くよ。

父さんに脅され、仕方なく母さん達と温泉に行った。

温泉久しぶりだけど、男俺1人はキツいぜ。


ゼロ達が温泉へ出掛けた頃、メイソンは調査中のクレアに話しかける。

「お前、高性能なAIを搭載したアンドロイドなんだな。おまけにコミュニケーション機能も付いてる」

「何が言いたいんだ?」

「そんなお前は色んな勢力に狙われ、俺達を巻き込んだ。ま、お前にとっては不本意かもな。クレア、何故裏切らないんだ?」

「…………」

その言葉にクレアは哀しんだ顔を出す。

「頭が良いAIなら最適予測で俺達を利用して、自分が助かる為に裏切る事もできた筈だ。悪いが今までのアンドロイドに善人はいなかった。俺はお前を少し信用できない。出所不明のアンドロイドなら尚更だ。どうなんだ、クレア」

「……確かにその方法は予測した。だけど、私はそれを拒否した」

「自らの意思でか?」

「ゼロは不良に絡まれている私を助けて、今でも助けている。アンドロイドだと知っても、私を人間として接してくれた。そんな人間を私は興味を持った。それに、私は自分でゼロを最重要人物に指定した。これで私が裏切れない」

「…………」

「最重要人物にしたのは、ゼロと共にいる為だ。そうすれば、私は……」

「もういい。これでお前を信用できるよ。ったく、ゼロはアンドロイドにまでモテるのかよ」

メイソンはソーダを飲み、豪快にソファーに寝転がった。

「お前は並のアンドロイドとは違う。明らかに心を持っている」

「心……?まだ人間の心は習得していない」

「もう備わってるよ。ゼロに尽くしたいと思っている時点でな」

クレアは自分の胸に手を当て、嬉しそうに目を閉じた。

「ゼロのお父さん。ありがとう」

「別に礼を言われる事はしてない。ただ白黒はっきりしたかっただけだ」

「……そうか。できればなるべくゼロを助けてくれ。拷問以来、精神が不安定だ。本人は気づいていないが」

「……昔からアイツは隠したがる。言えない事もな。今回は自覚なしか。ヤバいな。教えてくれてありがとうな」

「どういたしまして、私は人の生活をサポートするアンドロイド。このくらい当然」

メイソンは笑顔になり、スマホでアニメを観始めた。

それに多少気になったクレアだった。

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